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こぼれおちるもの 4

2人の眼差しに気付かず、

「何だーコレ?メチャクチャ簡単じゃねーか」

カクゲンはそう言いながら、また3ポイントを決めた。

アオは勝ち負けには拘らず、ルールを覚えることに神経を注いでいたが、

「…なぁサクラ」

「ん?」

「例えばの、」

アオはボールを持ったまま、ゴールに向かって走り出した。

それから思い切り飛び上がり、カゴに直接ボールを放り込む。

ガコンッ!!

そのままゴールの枠とボードに掴まってぶら下がり、

「これはどうなんじゃ?これも1点か?これもルール違反か?」

サクラは目を見開いて、空中のアオを凝視している。

「……え、いや……ちゃんとドリブルすれば違反じゃないよ……」

「あ、そうか!球は突かにゃあいけんのんよのぅ。ルールいうんは難しいのう!!」

アオはそう言って、嬉しそうに笑った。

「な……何なの……」

サクラは驚いたように呟く。

「ジャンプ力があるとか、そんなレベルじゃないじゃん……。っていうか、何なのアンタたち。ダンクシュートができる小学生って……」

しかしアオにもカクゲンにも、サクラのその言葉の意味はさっぱり分からなかった。


楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。

校舎の時計はすでに12時前を差している。

スコアはカクゲンが60点、アオが45点、サクラが21点。

さぁもう1プレイ、とカクゲンがボールを突き始めたところだった。

突然サクラが「あ!!」と大声を上げた。

「何だー?どうしたんだサクラ?」

「ごめん!もう私の負けでいい!忘れてた!!」

「何だー?」

「エサ!エサあげなきゃ!私、生き物係なんだ」

「エサ?いきものがかり?」

「うん。しまったー…。お腹空かしてるよ。早くやんなきゃ」

急にバスケを止め、走り出すサクラの背中を2人はボーッと見つめていたが、彼女がふと振り返った。

「2人も来る?」

「ん?」

「中庭に小屋があるんだ。ウチの学校、孔雀もいるんだよ」

「くじゃく?」

生き物係

孔雀

意味も分からないまま、2人はサクラの後をついて行く。


サクラの言う中庭は、校舎を挟んだ向こう側。

そこには見たこともない、いろいろな植物が植えられていた。

その一つひとつに、名前が記されたプレートが掛けられている。

「さ・る・す・べ・り……何だー?さるすべり?サルがいんのか?」

「違うよ。この木の名前。多分サルでも滑るほど表面がツルツルしてるから、さるすべりって言うんだよ」

「そう」

つばき さざんか さくら ソテツ……

中には長い棒のようなサボテンまである。

2人はあちこちに目を飛ばし、次々とプレートの文字を読んで行く。

それらのほとんどが知らないもので、自分たちの振る舞いが生まれたてのように思え、我ながら怪しいと思った。

しかし、初めて中まで踏み込む学校というものへの興味津々は抑えられない。

そんな2人にサクラが声を掛けた。

「ほら、あれが小屋。あの中に鳥がいるの」

彼女が指差した小屋に、アオもカクゲンも掛け足で走り寄る。

座りダコまで出来ている2人の足は、ますます止まらない。


網が張られた四角い空間を覗き込むと、中にはたくさんのいろいろな鳥。

「お~!にわとりだ、にわとり!!こっちは何だー?あれ、キジだろ?ねぇ、キジだよね?その隣のデケェの何だ?」

2人に遅れて小屋に辿りついたサクラが、

「あれはキジじゃなくて孔雀のメスだよ」

「は~、孔雀かよ!孔雀って何だ?」

「何だって、鳥だよ。隣にいるのがオスで、オスの方がキレイで、羽広げたらすごいんだよ」

「ほんとかよ!」

「!」

鳥が『綺麗』などという表現は初めて聞いた。

確かにキラキラしとる…。

青い光沢をもつ『美しい』大きな鳥に、アオもカクゲンも目を奪われる。

更に網に張り付く2人に、サクラが小屋の裏側へと呼んだ。

「ここから入って、フンの掃除をして、エサをあげるんだよ」

「お~、そうか」

アオが引き戸になったその入口に目を遣ると、そこにはミントグリーンのストロング掛金に南京錠が取り付けられていた。

「鳥小屋に鍵?」

そしてサクラに詰め寄るように話し掛ける。

「こりゃあアレじゃろ!鍵掛けとるんは、誰も勝手に入って行かんように、鳥が勝手に逃げんように鍵をしとるんじゃろう!のぅ?」

勢いが余ったようなアオの表情と声量に、少したじろぐサクラ。

「う、うん、そうだよ」

アオはとても満足そうな笑顔を見せる。


全てが新しかった。

見たい。

聞きたい。

知りたい。

その欲求を満たすことに夢中になってしまう。

用心深いアオでさえ、人となるべく関わらないという法律を忘れ、サクラに質問しては答えを聞くことを繰り返している。

奮う心はとても野暮で、口はその振動を止めはしない。


そこへ、キュロットのポケットを漁っていたサクラがまた、

「あ!!」

と大声を上げた。

「何だー?」

「私、バカだ。家に鍵忘れてきた。…もー、何やってんだろ。取りに帰らなきゃ。2人どうする?来る?待ってる?」

それに対し、カクゲンが平然と、

「鍵がねえのか?でも平気だぞ、これくらい。なあダイスケ?」

「何、平気って?」

「ダイスケならこれくらい平気だぞ」

カクゲンの声を受け、アオは南京錠ごと、それが嵌っている丸カンを両手で握った。

「おう、平気じゃ」

そう応えると、丸カンが付いている柱に足を掛け、そのまま力を入れて、

メリメリッ!

バコッ!!

金具ごと柱から引き千切った。

「これでええか、サクラ」

サクラは一瞬呆気に取られ、次いで目を吊り上げる。

「何すんのよ!!壊しちゃダメじゃん!どうすんのよそれ!!」

「え、壊しとらんよ。こりゃ引っこ抜いたんじゃ」

「一緒だよ!」

これなら自分にも出来ると得意気にやって見せたが、サクラの激怒ぶりにアオは慌てて持っていた金具を元の位置に戻す。

それからネジの部分を手の腹でガンガン打ち付け、無理やり柱に捻じ込んだ。

「すまん、サクラ。でもこれで元に戻ったで。平気なんじゃないか?」

恐る恐るの心境で、サクラの様子を窺ってみた。

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