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こぼれおちるもの 3

「ふーん。余所の学校の子が何で……まぁいっか。このボール何?体育館に忍び込んだの?忍び込んで取って来たの?」

するとカクゲンが奪うように女子からボールを取り上げ、

「違うよ!取らねぇよ!これ、僕んだよ」

珍しく眉を吊り上げて言った。

「ああ、何だ。だったら蹴ろうが何しようが自由だね。でも学校でバスケットボール蹴ってたら、誤解されて怒られちゃうからね」

それに反応したのはアオ。

「そりゃやっぱりルールってヤツか?」

急にトーンの上がったアオの声に、少し驚いたように女子が応える。

「う、うん、そうだよ」

その答えを聞き、アオは満面に笑みを浮かべてカクゲンを振り返った。

「おい!こりゃあバスケットボールなんじゃ!じゃけぇ蹴って遊んじゃあいけん!のう?そうよのう?」

「う、うん」

アオはますます笑顔を全開にする。

思い掛けない事実だった。

これまで何となくサッカーボールだと決めつけていたものは、実はバスケットボールだった。

そして、そのバスケットボールは蹴ってはいけない。

今日初めて出会ったこの女子から学んだ、一つ目。

アオはこの場で、思わず叫び出しそうになる。

勢い良く競り上がる、胸に迫るもの。

これを、どうしたらいい?

「…お前!暑うないか?」

「え?うん、暑いよ」

「よっしゃ!ほんじゃあワシがジュースを買うちゃるけぇ、ここで待っとれ。のう?」

口早にそう言うと、アオは2人を置き去りにし、走ってフェンスに近づくと再びそれを乗り越えた。

タンッとアスファルトに着地し、すぐに自販機を探して走り出す。


「やった!!」

両拳を握り、飛び上がる。

嫌々来たあの場所で、収穫があった。

例えどんなに小さなことでもいい。

収穫があった!

道路の左右を見渡して一刻も早く、と自販機を探す。

うるさいセミの声を掻き消すような思いで、大事な大事なお金から彼女にお礼をしたい気持ちでいっぱいだった。

「タダじゃ!タダで物を教えてもろうた!!」

「それに秘密で報酬を払うで!!」

すこし走った先に自販機を見つけた。

自分たちの素性がバレぬようこなれた嘘を従え、立場を忘れ、アオはジュースを抱えてまた小学校へと戻る。

自分とカクゲンの分はどうしようかとも思ったが、結局3本買った。

学んだものへの高揚を隠しきることができない。

自分たちが、知る機会すら与えられなかったこと。

アスファルトを駆ける足はとても軽い。

照り返しの眩しささえ、嬉々に変わる。

「早う!早う!!やった!!」


―――― この街に向かっている途中だった。

道端で、暗闇にぼんやりと光る鬼灯を見つけた。

あまりにも綺麗なその実を千切り、好奇を覚えながら包みを破り、口に入れてみた。

美味くはなかったが、あの見た目の美しさで相殺された思いがした。

鮮やかな花を摘み、当然裏から蜜を吸ったりもした。

頭がおぼろげになるほどに花弁を散らせ、また次、と手に取ったその花の中に見つけた、1匹の虫。

アオはその小さな先客のために、花をそっと元の葉辺りに戻してやった。

植物と虫から学んだルール。

今の生活から絞り出される欲求は、相手が花だろうが虫だろうが関係はない。

しかも今回は人からルールを教わっている。

白旗に裏切られた、そんな思い掛けない収穫。


ガシャガシャと器用に片手を使ってフェンスを乗り越え、グラウンドに降り立つと、2人はあのボールを弄りながら話をしていた。

そこへ駆け寄る。

「あ!こいつさ、名前サクラって言うんだって」

2人はアオのいない間に自己紹介を済ませていたようだ。


こんな時の法律。

カクゲンは『アオキタロウ』、アオは『アオキダイスケ』と名乗ること。

2人は1歳違いの兄弟。

体の大きさから、アオが兄でカクゲンが弟。

この法律を決めていた最中、カクゲンが不思議そうに問うてきた。

「何でわざわざ本当の年を嘘吐くんだ?」

「なるべく子供の方がええんじゃ。お前はチビじゃけぇ、ワシより年下ってことで堪えてくれぇや」

そう誤魔化した。

……自分の本当の年齢はまだ言っていない。


アオは1本のジュースをサクラの前に突き出し、

「そうか。じゃあサクラ、これ買うて来ちゃったけぇ、飲みんさい」

そう言ったのと同時に、先ほど自分がカクゲンの名を呼んでしまいはしなかっただろうかと不安になったが、気にしないことにする。

サクラはそのジュースを受け取り、

「……いきなり呼び捨てかよ。まあいいけど」

彼女の呟きの意図には心当たりがなく、アオは構わずカクゲンにも同じようにジュースを差し出す。

彼は当然のようにポケットから小銭を取り出し、アオに手渡した。

3人はその場で立ったまま、それを一気に飲み干す。

「あー、おいし!」

空になった缶をグラウンドの端に並べて置くと、サクラがボールを持って2人に笑った。

「じゃあジュース奢ってもらったお礼に、2人共バスケット知らないみたいだから私が教えてあげるよ」

「え」

『奢ってもらう』の意味が分からなかったが、そこには敢えて触れなかった。

2人は知らなかったサッカーのルールを飛び越え、バスケットを教わることになった。


サクラはボールを使い、身振り手振りを加えながらとても丁寧に説明してくれた。

2人は頷きながら、初めて聞く言葉に一心に耳を傾ける。

「……で、突き飛ばしたりしたらダメなんだよ」

「「うん」」

「覚えた?」

「「うん」」

2人が力強く頷くのを確認して、サクラが足でゴールの前に半円を引く。

「細かいルールはいろいろあるんだけどね。ダブルドリブルとかさ。ま、初めてだからいいか。でね、この線の中からボールをあそこに入れたら1点だけど、外からだったら一気に3点入ります。このルールで、今から3人でやろうか」

「「うん!!」」


人から教わる新しいルールは、何て新鮮。

自分たちがやっていた遊び、それらにもルールがあった。

あの場所で大人たちの目を盗み、隠れながらやったかくれんぼ。鬼ごっこ。

ワタル兄から教わったルール。

当然ではあるが、遊びにもそれぞれちゃんとルールがある。

知っている。

人が人とすることだから。

物事を円滑に進めるために決められた、決まり事。


3人でボールを奪い合う『バスケット』

それは実に楽しい時間だった。

これまでの人生で、恐らく一番楽しい時間。

何せ自由だ。

ルールすら心地良い。


「オラッ!!」

アオが投げたボールはゴールの板に当たって派手に跳ね返り、遠くへ飛んで行く。

それを見て、サクラがアオに助言する。

「ちょっとダイスケ!力任せにやりすぎだよ。そっとやらなきゃ入んないよ」

「お、おう、そうか」

「それよりもさ、」

「ん?」

「タロウってほんとに初めてなの?」

地面に石で書かれたスコア。

サクラが5点。

アオが0点。

カクゲンはもうすでに30点を取っている。

「タロウって3ポイント、百発百中で決めるじゃん」

「お、おう、そうじゃのう」

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