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祝福を 11

そして、渋滞していた問いをひとまず引っ込める。

「お前はしばらく食い物を盗まんでえくなったのぅ」

「そう…」

「おう。服もキレイになったんじゃけぇ、お前はなるべくこれまで盗んだ店でメシを買うんで?」

アオは立ち上がり、カクゲンの両肩を掴んだ。

……羨ましかった。

お金を持っている、それに対してではない。

形の意味は分からないが、正当な報酬を得てきたカクゲンのことが羨ましかった。

文教を軽く見ていた自分を、あの場所から離れてからの期間、恥ずかしく思っていた。

大人になった自分とカクゲンの姿を想像したこともしばしば。

「大事に使わんにゃぁいけんのんで。1個500円の弁当を……えーっと、20個買ったら終わりなんで?」

「うん、分かってる」

ムキになっているアオに対し、カクゲンの口調は飄々としていた。

そのカクゲンが一拍置いて、口を開く。

「……あのさぁ」

アオに肩を掴まれた状態のまま。

「何じゃ」

「新しい法律作ろう」

「何じゃ、何かエエの思いついたんか」

「うん。お金を手に入れた時は半分個ずつしよう」

「………」

カクゲンは持っていたお札を再びアオの目の前に差し出した。

「僕はさ、アオよりもうんと馬鹿だからさ、お金の使い方とかよく分かんないよ」

「………」

「だから半分個ずつにしよう。これまで通り、食べ物は分け与えない。だけどお金は半分個ずつ。僕もその方が助かるし、アオだって助かる時が来るかもしれないじゃん」

そう言って、カクゲンは首を傾げた。

……予定では、ワシが金を稼げるようになるのは何年後なんか。

そんなもん、分かりゃあせん。

このままずっと、カクゲンと一つのことを分業しながら生きていくとは思えない。

将来自分が何になるのか。せめて名前のあるものにくらいなっているだろう……その程度の楽観的展望しか頭にない。

だがその時、カクゲンよりは稼げる自信がある。

自分には体力がある。

たったそれだけのことで根拠はなく、漠然と将来カクゲンを助ける予定でいる。

「………」

差し出された一万円札を眺めてみた。

目の前のこれに目が眩むのではない。

自分が将来何をするのかも知らない。

ただカクゲンに今後負い目を感じさせないように……。

………。

自信に紛れた先ほどの悔しさ、逆撫でするかのようにもやもやとする感情が、思わずカクゲンの申し出に応えてしまう。

「……分かった。そうしょうか」

表情だけはどこか重々しかったカクゲンも、アオのその返事で一気に様を変える。

「だろ?いい考えだろ?2人で生きていくんだからさ、そうじゃなきゃ!」

自分の提案をすぐには聞いてくれないだろうと思っていたに違いないカクゲンは大きく喜び、また間断なく喋り始めた。

その日、2人は一万円札を握り、弁当を買い、今日だけは特別とふわふわの生地の中に白くて甘いクリームの入ったお菓子を一つずつ買った。


あの場所の利点とこちらの酔狂、見比べては誘発される毎日。

妥協したのだと言い聞かせた。

いつもより豪勢な食事を食べながら、小屋の中でいつもより遅い時間まで話をしている。

「だから絶対あのおじさん億万長者なんだって。一億万円くらい持ってるんだって!」

「う~ん…?」

一億万円……? 

「だってさ、お風呂にさ、あれ何だ?トラじゃないな、何か動物のさ、石があってさ、その口からどんどんお湯が出てくんだよ!」

……動物の石。

「言うとる意味が分からん」

「とにかく大金持ちなんだって!」

「う~ん……でも金をくれる意味が分からんのぅ」

「そんなのどうだっていいじゃない。僕毎日行ってくるよ」

答えになっとらんじゃろ……。

「う~ん……」

「1人じゃなきゃダメって言ってたからさ、しょうがないから1人で行ってくるよ」

「う~ん……」


空には禿げかけた月。

格子の間からそれを見ながらゆっくりと、労るように咀嚼する。

機会なのか躊躇なのか。

しかし考えても気づかない自身の悪癖を思い出し、それを止めた。


カクゲンの言っている意味も、こんな現状の意味も分からぬまま、そんな日が4日ほど続くことになる。



カクゲンは次の日も例の場所へ元気良く出かけて行った。

極まらないアオの心情に対し、見えもしなければ聞こえもしないかのように。

昼過ぎには出て行き、帰って来たのはもう辺りが暗くなり始めた夕方頃。

この日も両手が塞がるほどのお土産を持って、カクゲンは小屋の中へと入ってきた。

箱に詰められた、いろんな色と香りに彩られた料理。

納得の方法がどちらを向こうと腹は減る。

アオは法律に従い、昨日分け合った五千円の中から500円を払い、その料理をカクゲンと一緒に食べる。

「そのさぁ、デッカイ家からさぁ、外に出たら、家の目の前に池があるんだよ。その池にさ、赤とか白とか金色とかの魚が泳いでてさ、それがコイなんだよ、コイ!僕らの知ってるねずみ色のコイとは違うよ? 赤とか白なんだから!」

口に入った食べ物を飲み込む間も惜しいかのように、カクゲンは話し続ける。

「その家もデッカイんだけどさ、木もいっぱい生えててさ、それがさ、こーんなに広いのに、それが全部あのおじさんのものだって言うんだから、ビックリしちゃうよね!」

カクゲンが喜んでいるのを見ながら、自分も同じように素直に喜ぶべきではないのかと、迷っている。

際限なく積まれる言葉に、アオは「そうか」としか返事のしようがない。


これから毎晩このデカイ声を聞くのか。

アオの心境は陽だまりの陰のよう。

見てもいなければ直に聞いてもいないカクゲンの時間に、ただ耳を傾けるだけ。



次の日。

アオは普段から、カクゲンより1時間は早く目を覚ます。

いつもカクゲンに話しかけられて邪魔されるトレーニングを1人でするために。

ここに住むようになってから、アオにはこの時間、毎日試していることがあった。

小屋のすぐ横には長方形の大きな石が3つ積まれている。

黒っぽい点々の模様がある、表面がつるつるしたとても綺麗な石。

アオは日課の腕立て伏せや腹筋を終えた後、必ずその石に手をかけ、渾身の力を込めて持ち上げてみる。

「う・ん――――ッ!!」

橋の上を車が通過する、その騒音に紛れ込ませるように大声で踏ん張り、気合を入れ、抱え込むように持ち上げる。

この小屋に来て何日になるか……初日に持ち上がらなかったこの石を1つは持ち上げられるようになった。

丈で言えば自分の喉元辺りのその大きな石。

一体何キロあるのか、この石が何なのか、比べる対象も導き出す知識もないが、アオはただこの3つを一度に持ち上げられるようになりたいと考えていた。


ガコッ!!

石から手を離す。

いつもこの1回だけでへとへとになり、いつもこの石の上に座り込む羽目になってしまう。

「ハ――――ッ……」

汗を流している時は自分の愚かさも沈黙さえも忘れられる。

とその時、小屋からカクゲンが勢い良く飛び出してきた。

いつもの起床時間より早い時間だ。

「何だー?何やってんだアオ?」

「お前こそ何じゃ。えらい早いじゃんか」

「今日はね、おじさんの家にちょっと早めに行くんだよ。お昼も食べさせてくれるって言うからさ」


2人の食事は1日1回。

朝と昼は摂らず、夕方に1食食べることにしている。

空腹になると眠りに就きにくいから。


「今日はお昼にもごはんを食べさせてくれるって言うからさぁ。アオには悪いんだけど、夕飯の分はさ、また貰ってくるから待っててよ」

「あ、イヤ、ワシャええよ。気ィ遣うなや」

「本当はさ、アオも一緒に2人で行きたいんだけど、1人じゃないとダメっておじさんがさ」

「……じゃけぇ、ワシャええって」


カクゲンはまた小屋に入り、貰った服に着替えて再び飛び出てきた。

そのまま走って土手の斜面を駆け上がる。

「夕ごはん貰ってくるから!買わないで待っててよ!!」

そう叫んでカクゲンは行ってしまった。





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