リーゼロッテが好きなもの
【side リーゼロッテ】
私は、幼い頃から好きだったものは二つありますの。
それが数字と、人です。
数字は嘘をつきません。
一足す一が二以外になることはないし、数字の増減には必ず因果関係がある。
人は嘘ばかりをつきます。
けれどそれは皆が、自己の利益を最大化させようとするから。
その心の動きを推し量ることができれば、こちら側に有利になるように思考を誘導することは容易い。
私は小さな頃から、こんなことばかりを考えている賢しらな子供でしたわ。
そんな私が幼い頃から商会の仕事を手伝うようになったのは、ある種当然のことと言えるでしょう。
自分で言うのもなんですが、私には商才があります。
様々な情報から未来の物品の価格を想像することは、そこまで難しいことではありませんでした。
数字の扱いが上手かっただけの頃は、父も無邪気に私のことを褒めてくれましたわ。
けれどそれが金になるとわかった瞬間、あの人は私のことを家族ではなく金を稼いでくれる安価な労働力としか見ないようになりました。
父が私の成果を自分のものとして喧伝し、商会の規模はどんどんと大きくなっていきました。
私はそれでもいいと思っていたんです。
家族は支え合うものだという父の言葉を信じていましたから。
けれどそんな私が心を失ったのは、家を出る二年ほど前にあったある事件がきっかけでした。
隣国である帝国との戦争による鉄価格の高騰……この戦争が早期に終わるという私の推測を無視して、彼らは大量の武具を買い込んだのです。
そして結果は、私の想像通りに終わりました。
戦争は終わり鉄価格は暴落し……その責任の全てが、私に押しつけられました。
「家族だから助け合うのは当然だろう?」
と、父はそう言いました。
私の手柄は父のもの、父のミスは私のミス。
責任を押しつけられた私はそのミスの尻拭いをすることに四苦八苦し、ひたすら己を殺して馬車馬のように働き続けました。
私の存在がが喜ばれるのは、役に立っている間だけ。
誰かに必要とされるためには、利益を出し続けなければならない。
だから今日もまた一日中帳簿とにらめっこを続ける……レオンハルト様にお会いしたのは、そんな風に自分の心を押し殺して数年が経ってからのことでした。
「あ、あの……一体なんの御用でしょうか?」
商会の部屋にいた私の下にやってきたのは、美しい切れ長の瞳を持つ少年でした。
商会に軟禁されほとんど外に出ることもできなかった私は、人と出会うのも久しぶりでした。
「あの棒グラフ、作ったのは君だろう?」
「棒グラフ……ああ、推移表のことですわね」
正に打てば響くとはこのことを、私が知らないこともレオンハルト様は非常にわかりやすく教えてくれました。
円グラフの作り方や収量の偏差の取り方などは、聞いてみてなるほどと頷いてしまうほどに見事な考え方です。
「しかしすごいよ、ここまで数学的な素養を持っている子を見るのは初めてだ。実際ベルンシュタイン商会が最近飛ぶ鳥を落とす勢いなのも君が寄与している部分が大きいだろう?」
私がした努力を認められたのは、生まれて初めての経験でした。
ですから楽しくて、いっぱいいっぱいお話をしてしまいましたの。
私は数字の話をするのは好きです。
そして私は人のことも好きです。
ですから人と数字の話をするのが、嫌いなわけがありません。
気が付けば時間があっという間に経ってしまいました。
ですが今日中にこの仕事を終わらせなければ、父に叱られてしまいます。
「なんでこんな劣悪な状況で働いてるの? 見たところ、大して良い境遇でもないんだろ?」
「それは……」
家族だから。
その言葉を私はなぜか飲み込みました。
本当に家族として大切に思っているのであれば、こんな処遇にはならないことを、心のどこかでは理解していたからだと思います。
「それならうちに来なよ。ちょうど数字に強い人材を探してたんだ」
私のことを認めてくれた、私のことを理解してくれる人。
彼の手を取ることに不安は、まったく覚えませんでした。
「わ、私は……」
今までの記憶が走馬灯のように駆け巡る。
先ほどまで生じていた震えは、気付けば止まっていました。
視線を上げればそこには、こちらをジッと見つめてくれるレオンハルト様の姿。
先ほどまで狭まっていた視野が一気に開ける。
昔のトラウマを刺激されて失いかけていたものが蘇ってくる。
私が本当にしたかったこと、本当に欲しかったもの。
「私は商会に戻るつもりはありませんわ」
「な……なんだとっ!?」
先ほどまで猫なで声だった父の声に怒気が含まれる。
怒鳴り声を上げ、物に当たり、機嫌が悪くなればこちらに手を出す人でしたわね。
けれど、どうしてでしょうか。
以前は怖かった彼の姿が、不思議と小さく見えました。
「私にはやりたいことができましたの。ですから私のことを大切にしてくれないベルンシュタイン商会には戻りません」
けれど一応は家族です。
私は集めていた情報を下に利益率が悪い現在の商会のラインナップや、おそらくマージンが入って居るであろう商品について教えておくことにしました。
けれどどうやら父はそれではまったく納得できなかったらしく……
「商会にいないリーゼロッテなど、何の価値もない人間だろう! お前は金稼ぎ以外に能のない人間だ!」
「――黙れ」
レオンハルト様の声が、部屋の中の大気を震わせる。
その身体から漏れ出す莫大な魔力量に、父が震えながら情けない声を出していた。
レオンハルト様が、私のために……怒ってくださっている!
それが何よりも嬉しいと思ってしまう私は、臣下失格なのかもしれませんわ。
「リーゼロッテの価値を決めるのはお前じゃない。彼女の努力や人柄を見ようとしなかったお前に、とやかく言われる筋合いはない。ウェスティア村で彼女が慕われているのは、金を稼いでくれるからじゃない。……もちろん俺が側に置いている理由もな」
ああ、やっぱりそうなのだ。
レオンハルト様は私のことを……ただ金を稼ぐしか能がない私のことを、認めてくれる。
私が自分のことを価値のある人間だと思えるのは、レオンハルト様がいてくれるからだ。
彼が居てくれるのなら、私は何も怖くない。
「失せろ、ゲスが」
「ひいいいっっ!!」
転びながら必死に部屋から飛び出していく父の姿を見て、私は思わずくすりと笑ってしまいました。
あんな人のために人生を捧げるのは馬鹿らしいですわ。
目の前にこんなにも一生を捧げるべきお方がいるというのに……当時の私は、なんて馬鹿なことをしていたんでしょうね。
「レオンハルト様……ありがとうございます」
「何、気にするな。馬鹿にお灸を据えただけだ」
レオンハルト様、お慕いしております。
あなたがいなくなったら、私は自分に価値を見いだすことができません。
もしそんなことになったら……自棄になって、今ある財産全てを使って世界経済をめちゃくちゃにしてしまうかも。
ですが、そんな心配はありませんよね?
大好きです、愛しています……この世界の誰よりも。




