セレスティアの覚悟
ここからが新展開です!
【side セレスティア・フォン・アルヴェイン】
「――シッ!」
夜明け前の訓練場に、木剣が風を切る音が響き渡る。
踏み込みからの袈裟斬り。
切り返した剣を振り上げ、ピタリと静止させ横に薙ぎ、勢いを付けて突き込む。
「ふぅ」
一連の動作を終え、ゆっくりと息を吐き出す。
「……遅い」
まったく満足のいく剣閃ではありません。
脳裏に浮かぶのは、昨日のレオンハルト様の絶技。
あそこに辿り着くために、私は再び剣を振るう。
――レオンハルト・フォン・シュヴァルツェンヴェルク様。
私がお仕えする主は、あのアレクシア様をわずか二秒で倒してしまわれた。
公爵家最強の騎士が、まるで赤子のようだった。
もし私が相手だったら、一秒も持たなかっただろう。
「――っ!」
奥歯を噛みしめる。
私は、レオンハルト様の騎士だ。
あの方の剣となり盾となるために、腕を磨いてきた。
けれど、レオンハルト様の強さは圧倒的です。
私が護衛として前に立つことに、果たして意味はあるのでしょうか。
最終的に同行を認めてもらうことはできたものの、彼の言葉が今も私の心にトゲのように突き刺さっていて抜けませんでした。
レオンハルト様に悪気がないことはわかっています。
私達の将来を考えた末での言葉だったということも。
ですが私に、レオンハルト様のいない人生など考えられません。
「……もっと」
もっと速く、もっと鋭く、もっと強く。
魔力を体内で循環させ、身体強化を発動させながら何度も何度も剣を振り続ける。
大気と一緒に、内心の不安を斬り払うように。
「朝から精が出るな」
「……っ!? レオンハルト様!?」
後ろを振り向けば、そこにはレオンハルト様の姿があった。
短く切り揃えられた黒髪と、柔らかく丸い顔つき。
今日も鬼神の如き強さを誇るとは思えないほどに、優しい顔をしていらっしゃる。
「あまり無理はするなよ」
「大丈夫です、自分の身体のことは自分が一番理解していますので!」
背筋を伸ばしながら答礼をすると、レオンハルト様が手に持っていた剣を軽く左右に振った。
「ちょうどいい、一緒に稽古でもどうだ?」
「……よろしいのですか?」
「ああ、セレスティアと剣を交えるのは楽しい品」
「……っ! 喜んで!」
楽しいと一言言われただけで、どうしようもないくらいに胸が弾む。
私は木剣を構え、レオンハルト様と向かい合う。
「じゃあ、始めるぞ」
瞬間、レオンハルト様の纏う気配が変わった。
先ほどまで至る所に見えていた隙の一切が消え、ピンと訓練場の空気が張り詰める。
さすがはレオンハルト様です、どうやって攻撃を打ち込めば良いのか、まったく見当がつかない。
だがそれなら……全力で立ち向かうのみっ!
「はああっ!!」
踏み込みと同時に木剣を振り抜く。
全身のバネを使った、我ながら会心の一撃と言える斬撃は……見事なほどに空を切った。
そのまま跳ね上げられた一撃に耐えきれず、私の木剣が宙を舞う。
「相変わらず綺麗な剣筋だな」
剣を拾い直しながら、頭を下げる。
レオンハルト様が強いことなど百も承知、この程度でへこたれる私ではない。
「もう一度、お願い致します!」
「ああ、いいぞ」
再び構え、飛び出す。
せめて一撃だけでも入れてみせる……気合いを入れてどれだけ挑んでも、結果は変わらなかった。
何度戦っても、レオンハルト様の身体に剣が届かない。
動きが見えないわけではない。
おそらく手加減してくれており、速度は私に合わせてくれていた。
けれどそれでも、届かない。
まるで私が剣を振るう前から、未来を見ているかのようだった。
「はあっ、はあっ……参りました」
額に汗を掻き、肩で息をしながら頭を下げる。
「踏み込みの勢いは良かったが、最後の力みが勿体なかったな。それと身体強化の出力の出し方が少し甘かった。腕全体で振るというより使う上腕筋や指先に魔力を集中させれば、斬撃はもう少し鋭くなるぞ」
レオンハルト様のアドバイスはどれも的確なものばかり。
言われた通りに直すだけで自分の動きが良くなるのがわかる。
レオンハルト様は、こんなにも私のことを見て下さっている。
私の成長を喜んでくれるのも、これが初めてのことではない。
けれど……そんなお優しいレオンハルト様を守るための力が、今の私にはない。
「レオンハルト様」
「ん、どうかしたか?」
「私は……あなたのお役に立てているでしょうか?」
まさかそんなことを聞かれると思っていなかったからか、レオンハルト様の目が丸くなる。
「私はあなたを守るための騎士です。あなたをお守りするために剣を学んできました」
「そうだな」
「ですがレオンハルト様は私よりはるかにお強いです。私がいなくてもどんな相手にも勝たれてしまう」
考えないようにしていた暗い考えが、頭をもたげてきてしまう。
声は震え、思わずこの場で嗚咽を漏らしてしまいそうになるのをこらえるだけで精一杯でした。
「それなら、私が剣を取る意味は……」
「いや、あるだろ」
「……え?」
今度は、私が目を丸くする番でした。
こちらを見るレオンハルト様は、何を馬鹿なことを言うんだといいながら続けた。
「俺が強いこととお前が必要かどうかは、まったくの別問題だろ?」
「……」
そう……なのでしょうか。
レオンハルト様がお優しい方であるからこそ、私にはその言葉がこちらを慰めるためのものにしか聞こえませんでした。
「いいか、俺がどれだけ強かろうが俺一人でなんでもできるわけじゃない。たとえば二正面作戦をする時、もう一方の正面を誰に任せればいい? 俺が任せられるのなんて、セレスティアしかいないだろうが」
「それは……」
たしかに、レオンハルト様のおっしゃる通りです。
いくら強いからといって、一人でなんでもできるわけではない。
彼が私を必要となさってくれている。
それが理解できるだけで、私の心はぽかぽかと温かくなっていくのを感じる。
「それに……お前は強いぞ、セレスティア」
「……そうでしょうか?」
手も足も出ずに自信をなくしていた私の頭を、レオンハルト様がガシガシと力強く撫でる。
「ああ、俺が安心して背中を預けられるくらいにな」
その言葉の衝撃は、一瞬のうちに全身へ広がっていきました。
背中を預けられるほどの信頼。
それが嬉しくもあり、苦しくもある。
レオンハルト様はどうして、こんなにも私が欲しいものをくださるのでしょう。
一体何度私を救えば、気が済むのでしょうか。
アルヴェイン家は、かつては王国に仕える騎士の家系でした。
けれどそれも今や昔。
家は祖父の代で没落し、今では家名だけが残っているような有様でした。
幼い頃から私は、騎士になるために剣を取ってきました。
アルヴェイン家の再興のために両親から期待をかけられて育てられました。
けれど、現実は残酷で……
「お前には才能がないのかもしれんな」
「申し訳ございません……」
「せめてお前が男に生まれてきてくれていれば……」
騎士団に所属しあと一歩で騎士になることができたという父の期待に、私は応えることができませんでした。
誰より早く起きて鍛錬をしても、模擬戦で勝つことができない。
体格で劣り、力で押し負け、どれだけ努力しても結果は変わらない。
十一歳の春、私は最後の試験を受けることになりました。
受けることになったのは、シュヴァルツェンヴェルク公爵家の従士見習いの採用試験。
これでダメなら潔く騎士の道を諦めて嫁入りをする。
そう父と約束をしたのです。
「絶対に……勝たなくちゃ」
試験会場に向かう馬車の中で、真っ白になるほどに拳を握りしめました。
会場に到着すると、そこには同年代の少年達の姿がありました。
皆自身に満ちた表情を浮かべています。
対して今の私は、ただ足をすくませることしかできませんでした。
これが最後の機会。
ここで失敗すれば、今までの頑張りの全てが無駄になる。
「大丈夫、大丈夫」
何度も自分に言い聞かせる。
それが自信ではなく不安の裏返しであることは明らかでした。
試験が始まり、ランニングや剣術の型稽古。ここまではいつも問題ありません。
そして最後に、模擬戦が始まりました。
ここまで残っている受験生達は、既にこの年で身体強化が使えるような猛者達ばかり。
純粋な剣技だけならば勝っていても、私は力の差で勝つことができませんでした。
試験結果は芳しくなく、失意の中去ろうとしたところで……
「勿体ないな……おい、そこの君!」
背後から声をかけられました。
そこにいたのは黒い髪と鋭い瞳を持つ少年……試験を見に来ていた、レオンハルト様だったのです。
「鋭い踏み込みと、相手の技を見てからの適切な状況判断は見事だ。今は体格差があるせいでものになってないが……しっかり身体強化が使えるようになれば、化けると思うぞ」
「私が……勿体ない、ですか?」
「ああ、間違いなく強くなれる。少なくともゴリ押ししかできない他の受験生達より、よっぽどな」
「……」
その言葉に、気付けば私は目から涙をこぼしていました。
ぽろぽろとあふれてくる涙が地面に染みを作り、それを見たレオンハルト様が慌て出す。
「お、おい、どうして泣くんだよ!?」
「……わかりません」
手で泥だらけの顔を必死に拭っていると、レオンハルト様は自分のハンカチを貸してくれました。
家でも厳しくしつけられていた私がこんな風に誰かに優しくされたのは、生まれて初めての経験で。
涙は収まるどころか、より一層あふれ出してきて止まらなくなりました。
「ただっ……嬉しくてっ!」
「……そっか」
レオンハルト様はそれ以上何も言わず、ただ私が泣き止むのを待ってくれていました。
他の受験生達からの白い目も気にせずに、ずっと、ずっと。
そして私が泣き止みその場を去ろうとすると、スッと手を差し伸べてくれたのです。
「もしよければ、俺の護衛見習いとしてうちに来ないか?」
「……え?」
「強くなる方法は俺が教えるよ。君みたいな可能性のある子の芽が摘まれるのは、世界の損失だ」
その瞬間。
生まれてからずっと灰色だった私の世界が、鮮やかに色づいたのです。
「……セレスティア?」
昔に思いを馳せていた私は、レオンハルト様の声でハッと我に返りました。
「すみません、つい考え事を」
「別に気にいいさ、そういうこともある」
私が顔を上げると、レオンハルト様はこちらを見てくれていました。
あの頃と何一つ変わらぬ優しい眼差しで……あの頃よりもずっと、精悍な面構えをされながら。
「レオンハルト様……」
「なんだ?」
「私は、もっともっと強くなります。いつか必ず、あなたを守れる騎士になってみせます」
「ああ、楽しみにしてる……そうだ、今日は独立先の候補地を見に行くつもりなんだけど、護衛を頼んでも良いか?」
「……私に、ですか?」
「ああ。俺の背中は、お前に任せてるからな」
「……っ!」
胸に手を当てながら背筋を伸ばす。
興奮で声が震えてしまわないように、必死に感情を押し殺す。
「必ず、ご期待に応えてみせます!」
私の言葉に、レオンハルト様が嬉しそうに頷かれました。
――レオンハルト様のためなら、なんだってできる。
この命だって、惜しくない。
私は、改めて心に誓いました。
レオンハルト様の信頼に恥じぬような騎士になってみせると。
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