7話 衛兵と兵士
俺は怯えきった衛兵たちを引き連れ、薄暗い路地裏で足を止める。
シルビーのおかげで、計らずとも絶対的な立場で交渉を持ちかけられるのは好都合だった。
「あー、ワイロン・モラーウ衛兵小隊長」
俺が衛兵たちの中からワイロンを名指しすると、彼はビクゥッと肩を揺らす。
「ひぃっ……なぜ私のフルネームと役職を……」
なぜってそりゃあネットから聞いていたからな。
彼の衛兵小隊長って役職は、4人一組で巡回する衛兵小隊の隊長である。
ちなみにネットの衛兵長補佐は、小隊長より三階級ほど上だ。ただし、担当する地区が違って、ネットは門衛管轄の第1地区。
目の前のこいつは労働者階級が生活している23区の担当だ。
だからネットの階級が上だとしても、担当地区が違うからなかなか口が挟めない。そしてノコノコと俺を連行しに来たってわけだ。
「いいか、ワイロン衛兵小隊長。俺を事情聴取で監禁するのは構わない」
「な、ならっ」
「そうだ。お前に金を落とした奴の希望を叶えられるな?」
「……」
「何も問題はない。そう、何もな」
まずは懐にあった金貨を1枚チラつかせると衛兵たちは目の色が変わる。
残念なことだ。
戦争帰りの仲間たちであれば、こんな賄賂にはなびかない。
兵士たちは覚えている。
戦場は金なんか持っていても意味がなかった。
健全な身体と正常な精神状態の価値が、どれほど高かったか。明日もを知れぬ兵士たちにとって、何よりも命と、そして仲間との信頼こそが全てだった。
一度でも金を選んだ者は、信用ならない奴だと烙印を押される。
その烙印は極限状態の戦地で、どれほど罪深いものか。
『助けたってどうせこいつは金を選ぶ』『俺たちを救いはしない』『見捨てろ』『優先順位が低い』……いざって時は生き残れないに直結する。
最悪、味方から弓矢の誤射だってありえる。
そういうのが染みついてるからこそ、戦争帰りの元兵士たちは義理深い。
忠誠心もある。
信頼を失っただけ、死に近づく。
そして一度失った信頼を金貨で買い戻すのは難しいと、本能で理解している。
だが、目の前の衛兵連中は違う。
そしてきっと……時代遅れなのは俺たちの方だ。
「監禁中は美味いメシを金貨1枚で買おう。三食運ばれたら、一日で金貨3枚だな」
「!?」
「支払いは第一地区担当のネット・ラレール衛兵長補佐殿に任せてある」
ジュース屋のシュゴウ店主がネットに伝言を届ければ問題はない。
俺はシルビーに金貨を40枚ほど託してあるし、それをネットに渡してくれとも伝えてある。
ゲース・フーリンの狙いは格闘賭博出場の当日までに俺を弱らせること。
衛兵に監禁させ、飲まず食わずの状態で試合に出場させる気だったのだろう。
しかし食事は一食につき金貨1枚。
破格すぎる値段に、目の前の衛兵たちは抗えるだろうか?
食事を運んだか運んでないかは、ゲース・フーリンには詮索できない領域だ。
牢内の状況なんてのは、金貨に視線を吸い寄せられた四人の衛兵以外は確認できない。
そして状況はゲース・フーリンの要望通り、俺を牢に監禁しているわけで。
何も問題はなかった。
「わか、わかりました。温かい食事をお届けします」
「ああ。牢から出る時はフラフラの演技でもするさ」
「ご配慮、痛みいります」
「こちらこそな。今後は長い付き合いになるかもしれない」
敢えて、もっと美味い話があったらまた賄賂は弾むぞと仄めかす。
するとワイロンたちは喜色満面になり、さっきまで青ざめていたのが嘘のように足取りが軽くなった。
「まあ……こういう奴らとも、付き合いようか……」
俺は衛兵たちを連れ歩き、そして自らの足で牢へと入る。
ワイロンたちは最後まで俺に手かせをつけようとはしなかった。
「お客様のご宿泊だ。快適に過ごされるよう取り計らってくれ」
ご丁寧にもワイロンは、牢番にそう伝えてくれた。
◇
牢の中は退屈だった。
ただ、石畳が敷き詰められた硬い床で寝る羽目になるところを、簡素なベッドがあったのはありがたい。
窓は小さく、わずかな月明かりを頼りに退屈をしのぐ。
試合まであと二日。
このままボーっとしているわけにもいかないと思い、俺は改めてバッカス爺さんから授かったスキルを試してみる。
この力はシンプルに素材からSAKEや聖杯、そして性杯を錬成できる。
ふと、俺はまだ『性杯』とやらを錬成できていないと気付き、牢にある物でどうにか錬成できないか試行錯誤する。
:牢の石材、鉄格子の破片 → 『拷問のゴブレット』が生成できました:
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『拷問のゴブレット』【ランク:性杯】
人の叶わぬ欲望が染みついた350mlの鉄杯。
注いだ液体が及ぼす感覚効果を30倍にする。
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おいおい……できた性杯から予測するに、ここではかつて拷問が行われていたようだ。
幽閉された者の叶わぬ思いが、願った救いが、何層にも凝縮された気配を感じる。
感覚効果を30倍にするって、痛覚とかそういうのを30倍にするのか?
これは誰かで試してみる必要があるな。
俺はさらに石床に滴っていたドブ水も錬成してみる。
:牢の汚水 →『汗と涙の性水』が錬成できました:
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『汗と涙の性水』【ランク:美酒】
アルコール5.5度。コク深い苦みと力強いのどごしが特徴的。
状態異常【狂戦士】を付与する。
【狂戦士】……痛みを、力と快楽に変える。
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なんだろうな。
黄色く輝くSAKEは確かに美しいが……どことなく、何かの怨念めいたものを感じる。
例えるなら、拷問によって滴り落ちた汗と涙、そして欲望と共に解放される尿。
それら全てが混じり合い、無限の苦しみを快楽と捉えなければ、気が触れて生きてはいけない。拷問部屋の歴史にふさわしい、そんな修羅の如き逸品だった。
錬成した杯もSAKEも禍々しいオーラを放っているが、使いようによってはいい結果を生み出せそうだ。
そう、甲斐甲斐しく美味いメシを持ってくるワイロン衛兵小隊長のようにな。
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