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第120話 ななか先輩は今日も僕の前でだけかわいい~幼馴染も嫉妬でぷっくり〜

 春の日の縁側を思わせる、あの密やかで甘い静寂。そんな心地よい錯覚を打ち消すように、外の世界の喧騒が再び、容赦なくその輪郭を取り戻していく。


「……おい、見たか今の!?」

「ななか先輩が、めっっちゃくちゃ可愛い笑顔で笑ったぞ!!」

「しかも甘野にだけ! なんだよさっきからのあの甘い雰囲気!」

「よっ! ベストカップル! うらやましいぞっ!!」


 ドッ、と。

 地鳴りのような歓声と冷やかしの声が、教室を一気に包み込んだ。


「えっ……!? あ、あの……っ」


 割れんばかりの拍手と口笛に、ななか先輩はハッと我に返った。

 そして、自分がとんでもなく無防備な笑顔をフロア中のクラスメイト――いや、他クラスからの客も含めた大勢のギャラリーに見られていたことに気づき、ボンッと音が鳴りそうなほど顔を真っ赤にして両手で顔を覆ってしまった。


「ち、違う! これは僕の作った和菓子が美味しかったからで、その……!」


 僕も慌てて立ち上がり、真っ赤になりながら必死に弁解しようとするが、すっかりお祭り騒ぎとなった教室で僕の声など届くはずもない。


「ヒュー! 甘野、隅に置けないねえ!」

「高嶺の花をスイーツでオトすとは、さすが和菓子屋の息子!」


 完全に出来上がったカップルを冷やかすような熱狂。

 ななか先輩の「ガラスの箱」が完全に粉砕され、クラス中が彼女の等身大の可愛さに熱狂した瞬間でもあった。

 だが、そのお祭り騒ぎの前に、仁王立ちで立ち塞がる二つの影があった。


「ちょっと男子ぃ!! カフェの営業中なんだから、あんまり騒がないでよね!」


 ひなたが低く結んだツインテールを激しく揺らしながら、クラスメイトたちに向かってビシッと指を突きつける。


「そうだよ、先輩が困ってるでしょ。持ち場に戻らないなら、特別ペナルティで激辛クレープ追加しちゃうよ?」


 絵海里もふんわりとした笑顔のまま、一切笑っていない目で牽制する。

 看板娘とパティシエールの見事な連携(と脅し)に、クラスメイトたちは「お、おう」「すんません……」と苦笑いしながらそれぞれの持ち場へと戻っていった。


 フロアの熱気を力技で押し留めた幼馴染たちは、くるりと僕の方へ振り返った。


 その瞬間。


「「…………んむっっ!!」」


 ひなたと絵海里のシュッとした頬が、限界まで「ぷくーっ」と丸く膨らんだ。

 右と左で完璧にシンクロした、怒りと嫉妬がたっぷり詰まった、過去最大級の『ダブル・ぷっくりほっぺ』だ。


「ちょ、二人とも……」

「もうっ、バカ伊織! ななか先輩とあんなエモい空気出しちゃって!」

「先輩だけあんなに笑顔にするなんてズルい……! 絶対、絶対! 後でわたしにも特別メニュー作ってもらうんだから!」

「私もよ! 最高の和洋折衷プレート要求するから、覚悟しておきなさい!」


 僕の両腕をガッチリとホールドし、これでもかと頬を膨らませて抗議してくる二人。

 そんな幼馴染たちの容赦ない詰め寄りに僕がタジタジになっていると。


「……ふふっ、あははっ!」


 顔を覆っていた手をそっと外したななか先輩が、可笑しそうに吹き出した。


「伊織くん……大変だね。ふたりとも、すごく、可愛い」


 先ほどのミステリアスな高嶺の花はどこへやら。

 完全に毒気を抜かれたような、明るくて柔らかい、等身大の先輩の笑い声が響く。

 その声につられるように、ぷりぷりと怒っていたひなたと絵海里も、やがて噴き出すように笑い始めた。


「もう……伊織が変なことするから、調子狂っちゃう」

「ほんと。伊織のせいで、私たちまでお腹空いてきちゃったじゃない」


 賑やかに笑い合う三人。

 右に元気な幼馴染、左に甘いパティシエール。そして目の前には、お菓子が大好きな可愛らしい天使の笑顔。

 秋の高く澄んだ空の下、大盛況の学園祭はまだまだ終わらない。


(……ああ。やっぱり、僕は)


 ななか先輩を隔てていた透明なガラスの箱は、もうどこにもない。

 これからはきっと、もっと騒がしくて、もっと温かくて、甘い日々が待っている。

 お人好しだって言われてもいい。和菓子職人の卵として、そして甘野伊織として、彼女たちのこの笑顔のそばにある「特等席」だけは、誰にも譲るつもりはなかった。


【第三部・完】

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