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12.

12.


 少女の家は、まだ燃え盛っています。


 少女はひしゃげた玄関に体当たりして、燃えさかる家に飛び込んだ。

 煙は十歳の体躯でも膝をつかないといけないほど充満している。


 袖を口に当てながら短い廊下を突き抜けて、リビングの扉を開けた。


 そこには小さなちゃぶ台と料理も満足にするスペースのないキッチンが並んでいる。

 ただ、それだけの空間。見栄えもなければ遊び心もない。大人二人と子供一人が座になって座れば皆が窮屈な思いをする。


 そんな貧乏で貧窮で貧しくてお金のない家。

 ちゃぶ台の下に、大きな大人が二人して蹲っている。


 逃げるという選択肢すら頭にない愚かな人たち。


 私がいまさら手を伸ばしたところで、この人たちは助からない。

 もう、顔の半分も溶けていた。


「貧乏は嫌だ。無知も嫌だ。人に騙されるのも全く持ってくだらない」


 少女は飛びこんでしまった自分の行いに反吐が出ました。なんでこんなことをしたのか、自分ですら説明がつかない。


 説明をしようものなら、私は情けなくて自分で自分を殺したくなる。


「どうして、こんなボロボロのボロボロの、ボロッボロの! 家を捨てることさえできないのかしら。呆れて物も言えないわ」


 ちゃぶ台を蹴飛ばす少女。

 顔の溶けた親はまるで夏の日の銅像のよう。無関心のまま、目を向けられる。


「これは、なに……?」


 気になったのは、その下でした。

 ちゃぶ台の下に隠れた両親。その両親が抱きしめ合った下には、隠されるように何かがありました。


「へそくり? そんなもの溜め込んでいたの。貰っていくわね」


 少女は銅像の肩を足で押しました。


「あ」


 少女から足の力が、腰の力が、肩の力が抜けていきました。

 脱力した少女は必死に体を丸めて”それ”を護ろうとした二人の前に膝をつきました。


「あ、ああ、ああ」


 少女には、持っているものが三つありました。


 一つは魔法のマッチ。


 魔法のマッチには二種類ありました。赤いマッチで少女が最初の願ったのは、一人では食べきれないほど大きなターキー。


 二つ目に、商魂。


 別の時代に生まれていれば、少女はとても大成したことでしょう。時代や環境に左右されてしまった少女を、誰も責めることはできません。その商魂を褒めてあげましょう。


 そして三つ目に。


「馬鹿よ! あんたたちは、そろって大馬鹿よ!」


 少女は銅像に向かって大声で怒鳴り散らしました。


「私にマッチなんて売らせて! そりゃああんたたちじゃあマッチは売れなかったでしょう! マッチを売れるとしたら私だけだもの! わたしは商売がとっても上手だから、私だけがマッチを捌ける。そう思って私に、冬の日に、十二月三十一日に、高い高い四十クローネもするマッチを持たせたのでしょう」


 少女は涙を流しながら叫びました。


「売れるわけないじゃない! 四十クローネのマッチなんて、売れるわけないじゃない!」


 大馬鹿よ、と少女は叫び続けました。


「売れないマッチなんか私に渡すくらいなら、さっさとお祝いしてくれればよかったのに。そうすれば、わたしは死ななかったのに」


 少女は銅像の下に護られた、緑の包装紙に火の粉が散っている、小さなプレゼント箱を見つめていました。


 少女が持つ三つ目の宝物は、親からもらった名前。


 プレゼント箱の包装紙にはこう書かれていました。


『ディア ヨハンネ』


 マッチ売りの少女――ヨハンネは、消えない大きな火の中で一人、顔を覆って泣きました。


 黒い涙を流して、泣いて、崩れ落ちる家の光を一身に受けます。


「ああ、神様。路地裏じゃなければこの声は聞こえますか?」


 ヨハンネは焼け落ちた屋根の合間から見える冬空に尋ねました。


「わたしは悪い子です。だから今まで一度たりとも年の終わりにターキーを食べたことがありません」


 少女は願いを思いだします。

 どうしてターキーを欲しいと願ったのか。


「家族でターキーが食べたかっただけなんです。ただ、それだけのお金があればよかったのに、私は欲を出しました。お金より大切なものを見失っていました」


 だから魔法が使えなくなったのかもしれない、と少女はふと気づきました。


「誓います、神様。来年からわたしは――ヨハンネは欲に溺れた戒めとして、いい子にします。悪いことはしません。だから、お願いします」


 少女は願います。


「天国では、日当たりのいい場所を家族で分け合って過ごさせてください」


 ことり、と、肩に手が置かれました。


 ヨハンネが自分の肩を見ると、そこにはなんと、金色のマッチが置いてありました。


 振り向いても、誰もいません。


 さらり、と、今度は髪を誰かに撫でられました。


 でも両親の死に絶えた部屋、私が犯した最大の過ち。ここには私しかいません。


 自分の髪を少女は手で抑えました。


 金髪のくるくるカール。


 マッチを売るのに役に立つだろうと、家を出る前に、少女が父と母に施したものでした。


 その髪の毛は……少しだけ、量が減っているようでした。


「……まさかね」


 少女は金色のマッチを両手で包み込みました。


「わたしは願いに実直に。わたしは願いを叶えます。次のわたしは」


 少女は願います。


「私一人じゃなくて、家族でターキーを食べます」



 青白い発火。

 時計の短針は大仕事をします。




 そして、ヨハンネは最後の十二月三十一日を迎える。





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