13.
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ヨハンネは街を駆ける。
陽の降り注ぐ昼間の公園。金髪くるくるカールが陽光を反射しながら、声を上げる。
「マッチはいりまへんかー?」
夕暮れ、南から西まで街の大通りを歩きながら。
「四十クローネのマッチです。お高いですけど、年末に如何です?」
夜、かじかむ手にマッチ箱を懸命に挟みながら、ヨハンネはカゴの中にたんまりと残った魔法のマッチを売ろうとする。
「マッチ売っとりますよー。四十クローネのマッチです。極寒なのに蝋燭や暖炉の火を灯すマッチのない方―……」
ヨハンネは、無策で動いた自分を笑った。
やっぱり売れないわ。
そんなこと、やり直す前の一回目でわかっていた。
ひと時の夢を見るだけの魔法のマッチ。ただし見れるかどうかは人によります。
そんな高いマッチを誰が買うんだ。わたしなら怖くて買わないよ。
でも、とヨハンネは唇を噛んで泣き言を飲み込んだ。
わたしは夢を思いだしたんだ。
家族皆でターキーを食べるんだ。
「マッチいかがですかー? パイプを吹かす資本家の紳士サマはいませんかー?」
「……なんだね」
ヨハンネが冗談交じりに叫ぶと、その後ろから黒いダウンコートを着た紳士が話しかけた。
「あなたは……」
ヨハンネはその紳士の男性に見覚えがありました。
一回目、雪の日の最後に出会った口ヒゲのおじさんでした。
周りを見ると、あの日と同じ場所、月もかげって夜も遅くなっていました。
ああ、一回目と同じだ。
わたしは間に合わなかったのです。
口ヒゲのおじさんはマッチを買わない。
だからわたしがターキーを買うだけのお金は手に入れられない。
未来を知ってしまうと、ヨハンネは涙が出てきました。
しかし溢れた涙は流れることなく、少女の頬で氷の粒へと変わりました。
「どうしたんだい?」
「なんでもありません。それより紳士サマ、あんさんは魔法のマッチに興味ありませんか?」
ヨハンネは最後のお客にマッチを売ろうとします。
普通に売っても断られてしまうのはわかっていたから、別の方法で。
「魔法のマッチかね?」
「せやで」
「どんな魔法のマッチなんだい?」
マッチ売りの少女は、たとえばここで嘘をつくことができました。
五千兆クローネの金塊を出せると言ってもよかった。家を建てることもできると嘯くこともできた。火が消えると夢も消えてしまうという事実を、隠すこともできました。
ヨハンネは、商売人でした。
値段をぼったくることはあっても、商品に対して嘘をつくことはありませんでした。
「あんさんの欲しい物を頭に思い浮かべながらマッチを擦ると、欲しい物が現れるんです」
「それは凄いねえ」
「ええ。せやけど、その効果は火が点いている間だけ。火が消えると、あったはずの夢は跡形もなく消えてしまうんや」
「ふむ……」
口ヒゲのおじさんは何事か考え込む素振りをしました。
ヨハンネは、同情に訴えることにしました。
「四十クローネとお高いですけれど、おひとつ、お買い上げくださいませんか?」
「初めて会ったはずなのに、キミが殊勝な言葉遣いをするのは初めて聞く気がするよ。おかしなことを言って済まないね」
「いえ。このマッチを全て売るまで、うちは家に帰れへんのです。全てを買ってくれとはいいません。貧しいわたしに恵みを与えると思って、どうかいくつか買うてくれまへんか」
「ふむ、そうだねえ。とりあえず、魔法のマッチが本物なのかを調べてみないことにはねえ。ひとつ、擦ってみてくれないかな」
少女のポケットにはマッチは一本もありません。
やり直した後に確認すると、カゴのマッチ箱の中のどこにも、金色のマッチ棒はありませんでした。
だから試供品用のマッチ棒はありません。
「一つは買ってあげるから、その一個をお使いなさい。それで、キミが夢を叶える姿を見ているよ」
「……マッチで叶える夢は、他人には見えません。あんさんが擦れば、あんさんにだけ見えるのです」
「それでもいい。キミが夢を叶えるんだ」
口ヒゲのおじさんは頑固でした。ヨハンネはマッチを擦るのを拒みました。
ヨハンネは、自分がマッチを擦れない記憶がありました。あれ以来、赤いマッチを擦ったことはありませんでした。
演技をするくらいなんでもない。だから大丈夫。
そう思いながらも、口ヒゲのおじさんの目つきはやけに真剣で、嘘をつくと叱咤が飛んできそうな雰囲気です。
ヨハンネは赤いマッチをしもやけで腫れた手で掴み、リンの頭をマッチ箱の側面に近づけました。
「マッチ売りの少女さん」
口ヒゲのおじさんがヨハンネに問いかけます。
「何を願うんだい?」
その質問が脳をはたらかせて、ヨハンネは頭に願い事を浮かべました。
赤いマッチが十二月三十一日に小さな火を点けました。
それは、例えば絵本を捲るときほど小さな紙ずれの音。そんなシュッという音を鳴らしてマッチは街灯の下で光ります。
数秒の後、雪を殴るような風が願いの灯をヨハンネの手から奪い取ってしまいました。
「あ……」
ヨハンネは涙を流しました。
おじさんは笑顔でした。
「ああ、寒そうな手だ。しかし、キミは、とても、いい夢を見ていたようだね?」
ヨハンネはうれし涙を流していました。
「……はい。私だけでは食べきれないほどの、家族が皆で食べれるほどの、大きな大きなターキーが、見えました……!」
マッチ売りの少女は雪の降る街並みの中で、たしかにターキーを幻視しました。
「魔法のマッチは嘘ではないらしい。それでは魔法のマッチを全て、買わせてもらおうか」
ヨハンネは目を見開いて驚きました。
「全てですか?」
「ああ、全てさ。実はね、わたしは禁煙中でね。けれど禁煙をしなければいけないほど、わたしはパイプを吸うのがたまらなく好きなんだ」
口ヒゲのおじさんは懐からなめし皮の財布を取り出して、大量のクローネお札を少女に手渡しました。
「この魔法のマッチがあれば、どれだけパイプを吸っても、体には悪くないだろう。なんせ、いくら吸っても体からその成分は消滅するんだから」
ヨハンネがお金を呆然としながら受け取ると、おじさんはカゴを優しい手つきで少女から降ろしました。
「あ、あの!」
マッチ売りの少女はカゴの持ちてを掴みます。
「念のため、夢が見れるかご確認ください。もし見れなかったら粗悪品を全て押し付けたようで、それはあなたに悪くて」
「大丈夫さ」
口ひげのおじさんは笑いました。
「それは魔法のマッチなんだから。叶えたい夢が、叶うと信じていれば、応えてくれるだろう。キミもその夢を信じているのだろう?」
ヨハンネはカゴから手を離しました。
「それとも、夢が叶わないと思っているのかい? もう一本、マッチを擦るかい? 金色の目のお嬢ちゃん」
マッチを売り切った少女は、もうただの女の子でした。
「いいえ。その夢は、これから叶うもの!」
家に帰れば両親が、プレゼントを用意して待っている。
あとは私がターキーを買って帰るだけだ。
「そうかい。それじゃあよいお年を」
「ええ。あなたも。夢が叶うことをお祈りしていますわ。最後のお客様」
口ヒゲの紳士は年相応の子どものようにはしゃぎながら駆けだしたヨハンネの背を見ていました。
視線からヨハンネが消えると、紳士はカゴのマッチ箱から一本の赤いマッチを取り出して、願いを思い浮かべました。
紳士の瞳に見えた白い煙は、吐息だったのか、それとも……。
マッチを売り切った少女はデンマークの街を駆けました。
ぽつぽつと立つ街灯と、住宅から漏れる窓越しの光が彼女の道しるべです。
頭の中はターキーとプレゼントの中身でいっぱいです。
ヨハンネはマッチを持たず、売り上げのお金が入った袋を大事に大事に胸に抱えて、年中やかましい声を挙げてるターキーを売るお店へと走りました。
家の通り道にあるそこに向かう道すがら、少女は幸せな想像をたくさんしました。
肉汁が溢れるターキー。足が八本あるターキー。タップダンスを踊るほど足の長いターキー。マジシャンの帽子から羽ばたいて飛び出すターキー。狐色に焼けたターキー。
「ああ、もう、お腹が空いたよ!」
ヨハンネは今にも涎が垂れそうでした。幸せや喜びの感情を発露させながら、笑って街を走り抜けました。
雪が降っているというのに。
街灯が切れたというのに。
月は雲に隠れているというのに。
空は白銀に輝いていました。
そして白銀の世界は――少女の最後の夢を叶えた世界は、火が消えるように音もなく、終わりを迎えました。
一月一日。
昨夜の大雪が止んで、太陽が陽気な声で挨拶をしました。
デンマークの朝はスロースタートを切ります。これからの一年を穏やかに過ごしたいがため、人々はゆったりとした朝を始めるのです。
誰かは朝から公園で遊び。
誰かは朝から男を思い浮かべ。
誰かは朝から行方知れずの金色のマッチを探し歩き。
そんな街の活発さとは裏腹に。
街頭の下、降り積もった雪の下、たくさんのマッチの燃え屑に囲まれた十歳のヨハンネという名のマッチ売りの少女は、幸せな顔で眠っていました。
あとがきその1
『冬の童話祭2018』のために投稿した作品でした。
転生モノだと触れ込んだのですが、実際にはタイムループモノとなりました。
この作品の投稿に合わせて過去作の推敲も行うつもりです。卒論次第ですが……。
世界観は異なりますが『冬になれ!』もお楽しみいただければ幸いです。
あとがきその2
この物語を考える上で、最後の展開をどうするかを悩んでいたところ、別口でアンデルセンの童話を読みました。
「ああ、なるほど。アンデルセンはこういう話を書くのか」と、納得して最後の展開を決めました。
アンデルセンがテーマに据えた希望のように、少女の中に希望が生まれたことを描けていたら最良です。
ちなみに、ヨハンネという名前はその作中の登場人物から拝借しました。
あとがきその3
十一話についてです。
十一話の流れをわかりやすく改稿する予定です(いつになるかは不明)。自分で読み返していてもあまり綺麗ではない文章だと感じます。
冒頭のヨハンネの独白と、カリオストロの対峙の構成を主に書き直します。という、自分に向けた書き直せ!という戒めのあとがきでした。




