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辺境のもふもふ宿、今日も異世界を救います  作者: 月見屋
第1章 辺境の宿の開業、最初の魔獣たち、リーシェとの出会い、温泉と畑の開拓辺境の宿の開業、最初の魔獣たち、リーシェとの出会い、温泉と畑の開拓
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宿屋の再建、ぷるぷるスライムは万能清掃員 後編

アルファポリスで11話まで連載中!!

【辺境のもふもふ宿、今日も異世界を救います】

https://www.alphapolis.co.jp/novel/211659621/538086401


「そろそろ腹が減っただろ?」


 リーシェは呆気に取られたように悠真を見つめた。


 そして、ほんの少しだけ笑った。


「……はい。とても」


 その瞬間、森の外で再び大きな音が響いた。


 先ほど弾き飛ばされた赤いマントの男が立ち上がったのだ。


 顔を怒りで歪め、剣を掲げる。


「舐めるな! この程度の結界、破壊してくれる!」


 男の剣に赤い炎が集まる。


 悠真の視界に、警告が表示された。


 《敵対行動を確認》

 《対象:王都直属・封印監察隊》

 《攻撃対象:月見亭》

 《防衛機能を使用しますか?》


 悠真は、ためらわずに答えた。


「使用」


 月見亭の紋章が、銀色に輝いた。


 ガルムが低く唸る。


 ぷるんが嬉しそうに跳ねる。


 モクの甲羅に、緑色の模様が走る。


 次の瞬間、宿を中心に巨大な光の輪が広がった。


 炎の剣は男の手から離れ、空中で消滅した。


 五人の兵士たちは、まるで見えない風に押されたように森の奥へ吹き飛んでいく。


 誰一人、傷を負ってはいない。


 ただし、全員の鎧には大きな文字が刻まれていた。


 《宿泊客への無断侵入は禁止》


 森の静寂が戻る。


 悠真は光が消えたあと、ぽつりと呟いた。


「……便利だな、この宿」


 リーシェは、呆然としたまま悠真を見上げていた。


「あなたは、本当に宿屋の主人なんですか?」


「そうだと思う」


「今の防衛魔法は、王都の城壁にも使われていない最上級結界です」


「そうなのか?」


「それに、あの銀月狼は伝説級の魔獣です。白尾月猫も、白紙スライムも、腐木喰らいも……全部、普通の魔獣ではありません」


「そうなのか?」


 悠真が首をかしげるたび、リーシェの表情が引きつっていく。


 ガルムが悠真の肩へ鼻先を寄せた。


 ミルはリーシェの足元へ近づき、匂いを嗅ぐ。


 ぷるんは朝食を要求するように、悠真の靴を叩いた。


 モクは、いつの間にか古い壁の腐食部分を食べ始めている。


「まずは飯だな」


 悠真は腕まくりをした。


「リーシェ、食べられないものはあるか?」


 少女はしばらく答えられなかった。


 命を狙われ、逃げ続け、ようやくたどり着いた廃屋で出会った青年。


 彼は、伝説級の魔獣を従え、王都の兵士を追い払い、壊れた宿を直しながら、まるで当たり前のように朝食の心配をしている。


 理解できない。


 けれど、不思議と怖くなかった。


「……温かいものが、食べたいです」


 リーシェは小さな声で答えた。


「分かった。できるだけ頑張る」


 悠真は厨房へ向かった。


 厨房と呼べる場所には、壊れた竈と、錆びた鍋が一つだけ残っていた。


 食材はない。


 調味料もない。


 水すら出ない。


 普通なら、朝食どころか一週間かけても宿として営業できないだろう。


 だが、悠真の視界には別の情報が表示されていた。


 《月見亭・厨房》

 《修復可能》

 《必要素材:火、鍋、水、食材》

 《所有者権限により、簡易修復が可能です》


「簡易修復?」


 試しに、壊れた鍋へ触れる。


 《修復しますか?》


「修復」


 鍋の底に浮かんでいた錆が消え、ひび割れが塞がった。


 古びた鍋が、新品のように輝く。


 悠真は固まった。


「……修復って、そういう意味か?」


 厨房の壁に置かれた木箱へ触れる。


 《保存箱》

 《状態:破損》

 《修復しますか?》


「修復」


 木箱が淡く光り、蓋が自動的に開いた。


 中には、見たこともない野菜が並んでいた。


 赤い実。青い根菜。黄色い葉。小さな卵。


 鑑定すると、名前と用途が表示される。


 《赤月トマト:酸味が強い。煮込み料理に適する》

 《青根芋:加熱すると甘くなる》

 《星葉菜:疲労回復効果》

 《森鶏の卵:栄養価が高い》


「食材まで出てくるのか……」


 どうやら、保存箱の中身は百年以上前に封じられたまま残っていたらしい。


 悠真は鍋に水を入れ、青根芋と赤月トマト、星葉菜を切って放り込んだ。


 水は、ぷるんが地下から見つけてくれた井戸水だ。正確には、ぷるんが古い水道管の汚れを吸い取ったことで、地下水が厨房まで流れるようになった。


 火は、悠真が魔力炉から引いた魔法火を使った。


 鍋を火にかけると、湯気が立ち上る。


 トマトの酸味と、芋の甘い香りが厨房いっぱいに広がった。


 ミルが鍋の前に座り込み、尻尾を左右に振る。


 ガルムは涎を垂らしながら、じっと鍋を見つめている。


「まだだぞ。味見をする」


 悠真は木の匙でスープをすくった。


 口に含む。


 トマトの酸味。芋のほっくりとした甘さ。星葉菜の爽やかな香り。


 塩がないため少し物足りないが、十分に食べられる味だった。


 鑑定画面が表示される。


 《料理:月見亭の野菜スープ》

 《品質:良》

 《効果:疲労回復・小》

 《宿の所有者補正により、効果が上昇しています》


「効果まで付くのか……」


 悠真は器にスープをよそった。


 最初に、ガルムの前へ置く。


 銀狼は一瞬、悠真を見た。


「食べていいぞ」


 ガルムは静かにスープを飲み始めた。


 大きな体に似合わず、行儀がいい。


 しかし、二口目からは速度が変わった。


 器が空になる。


 ガルムは器を悠真の前へ押し出した。


「おかわりか?」


 頷く。


「分かった。たくさんあるからな」


 ミルは小さな器から、少しずつスープを舐めている。


 ぷるんは器の中へ体ごと入った。


「ぷるん、それは食べ方なのか?」


 白い体がスープを吸収し、ほんのり赤く染まる。


 《ぷるんが野菜スープを吸収しました》

 《料理効果を解析します》

 《新しい能力を獲得しました:簡易調理》


「何だそれ」


 ぷるんの体から、湯気が立ち上った。


 次の瞬間、ぷるんの中から、小さな白い団子が三つ飛び出した。


 皿の上に落ちる。


 鑑定する。


 《ぷるん団子》

 《効果:空腹回復・小》

 《味:ほんのり野菜風味》


「料理を覚えたのか……?」


「ぷる!」


 ぷるんは得意満面だった。


 最後に、リーシェへ器を渡す。


「熱いから気をつけて」


「ありがとうございます」


 リーシェは両手で器を包み込んだ。


 湯気が彼女の顔を柔らかく隠す。


 しばらく、彼女はスープを見つめていた。


「……いただきます」


 小さく呟き、口をつける。


 その瞬間、リーシェの瞳が揺れた。


 スープを飲み込んだあと、彼女はもう一度、ゆっくりと口へ運んだ。


「美味しいです」


「それはよかった」


「……温かい」


 リーシェは、器を胸元へ引き寄せた。


 頬に、一筋の涙が流れる。


 悠真は何も言わず、追加のスープをよそった。


 リーシェは涙を拭おうとしたが、すぐには止まらなかった。


「すみません。こんな……」


「謝らなくていい。泣くほど美味しいなら、作った側としては嬉しいから」


 悠真がそう言うと、リーシェは目を伏せた。


「……母が亡くなってから、温かい食事をするのは久しぶりでした」


 その言葉に、悠真は何も返せなかった。


 代わりに、彼女の器へスープを足した。


 ガルムが静かに伏せ、ミルはリーシェの足元へ寄り添う。ぷるんは彼女の膝へ跳び乗り、モクは少し離れた場所で壁の修復を続けていた。


 小さな宿の中に、穏やかな時間が流れた。


 外では、追手たちが逃げていく足音が遠ざかっていく。


 やがて、月見亭の魔力炉が二度目の音を立てた。


 ごうん。


 家全体に、淡い光が走る。


 《宿の機能が更新されました》

 《新機能:宿泊客の疲労回復》

 《新機能:宿泊客の状態安定》

 《新機能:食事の効果上昇》

 《初回宿泊客の満足度が一定値を超えました》

 《報酬を付与します》


 悠真の目の前に、新たな表示が浮かぶ。


 《報酬:月見亭の畑・一面》

 《報酬:温泉源・発見》

 《報酬:宿の従業員契約書》


「……温泉?」


 悠真が呟いた瞬間、地面の奥から、どん、と大きな音が響いた。


 月見亭の裏手。


 そこにある枯れた雑草の地面から、勢いよく湯気が噴き上がった。


 ガルムが立ち上がる。


 ミルが尻尾を膨らませる。


 ぷるんは嬉しそうに跳ねた。


 リーシェは目を丸くした。


「何が起きたんですか?」


「たぶん……温泉が出た」


「温泉?」


「たぶん、身体を温めるための湯だ」


 悠真が裏手へ回ると、そこには小さな泉ができていた。


 透明な湯が地面から湧き出し、石の間を流れている。白い湯気には、ほんのり硫黄の香りが混ざっていた。


 鑑定結果が表示される。


 《月見の癒やし湯》

 《効能:疲労回復、軽度の呪いの緩和、魔力循環改善》

 《備考:リーシェ・アルヴェインの呪印に有効》


 悠真は、隣に立つリーシェを見た。


 少女はペンダントを握ったまま、泉を見つめている。


「リーシェ。この温泉、君の呪いに効くかもしれない」


「……私のために?」


「宿の設備だからな。客が使えるなら、使ったほうがいい」


 あくまで自然に答える悠真に、リーシェは困ったように笑った。


「あなたは、本当に不思議な人ですね」


「よく言われる」


「異世界から来た人みたいです」


 悠真の動きが止まった。


 リーシェは、彼の反応を見逃さなかった。


「やはり、そうなのですね」


「分かるのか?」


「この世界の人間なら、月見亭の魔力炉を一日で再起動させたり、伝説級の魔獣を従えたりしません」


「それは俺も知らなかった」


「知らずにやっていたんですか?」


「知らずにやっていた」


 リーシェは、とうとう小さく吹き出した。


 その笑顔を見て、悠真も笑う。


 そのとき、月見亭の屋根の上から、聞き慣れない声が響いた。


「ギャウ!」


 空から何かが落ちてきた。


 小さな青い竜だった。


 竜は屋根に着地しようとしたが、修理途中の梁に足を取られ、そのまま滑り落ちてくる。


 悠真が両手を伸ばして受け止めた。


 竜は悠真の腕の中で、ぷるぷる震えている。


 鑑定結果が表示された。


 《対象:幼竜》

 《属性:蒼炎》

 《状態:空腹。迷子。軽度の飛行不安》

 《望み:温かい場所と甘い食べ物》


 悠真は腕の中の幼竜を見た。


 幼竜は大きな青い瞳で、悠真を見上げる。


 そして、遠慮がちに鳴いた。


「……お前も、泊まるか?」


 幼竜の尻尾が、勢いよく揺れた。


 リーシェが頭を抱える。


「また増えるんですか?」


「客が増えるのは、宿屋としてはいいことだろ」


「魔獣の宿泊客ばかりですが……」


 ガルムが誇らしげに胸を張った。


 ミルが幼竜の匂いを嗅ぐ。


 ぷるんは、すでに食事の準備を始めている。


 モクは壁を食べながら、新しい仲間をちらりと見た。


 悠真は幼竜の頭を撫でた。


「名前が必要だな。青い竜だから……ピコでどうだ?」


 幼竜の体が、淡い青い光に包まれる。


 《真名登録:ピコ》

 《幼竜ピコが仲間になりました》

 《称号効果により、成長限界が解除されました》

 《固有能力:蒼炎の料理火》


 ピコが小さく息を吸い込む。


 そして、ぽっと火を吐いた。


 火は鍋の底へ命中した。


 鍋の中のスープが一気に沸騰し、部屋中に香ばしい匂いが広がる。


「火加減はできるのか!」


 悠真が驚く。


 ピコは得意そうに胸を張った。


 次の瞬間、火が少し強すぎた。


 鍋の蓋が飛び、天井に煤が付く。


「……少しずつ練習しような」


「ギャウ……」


 ピコがしょんぼりと鳴く。


 リーシェが、口元を押さえて笑った。


「賑やかですね」


「そうだな」


 悠真は、壊れた宿を見回した。


 屋根はまだ不完全。


 壁も継ぎはぎ。


 部屋は一つしか使えず、客室の扉には蜘蛛の巣が残っている。


 けれど、ここには温かい食事がある。


 安心して眠れる仲間がいる。


 そして、今日から泊まる客もいる。


「月見亭へようこそ」


 悠真はリーシェに向かって、改めて頭を下げた。


「これから、よろしく」


 リーシェは少し驚いたあと、静かに頭を下げ返した。


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 その瞬間、遠く離れた王都で、封印監察隊の隊長が報告書を握りつぶした。


「たった一人の異世界人と、数匹の魔獣に敗れただと?」


 部下は震えながら答える。


「はい。あの廃宿には、王都の結界を上回る防御が……」


「ならば、もっと強い者を送れ。あの娘を取り戻せ。封印石を失えば、我々は終わりだ」


 男は窓の外へ視線を向けた。


 空の彼方。


 古い封印のひび割れから、黒い霧がゆっくりと漏れ出している。


「異世界人が何者であろうと関係ない。あの宿ごと、消し去れ」


 王都の命令書に、赤い封蝋が押された。


 一方そのころ、月見亭では――。


「悠真さん、温泉に入る前に、まずこの呪印を見てもらえますか?」


「ああ。夕食のあとで鑑定しよう」


「夕食も作るんですか?」


「宿屋だからな」


「……本当に、ここは不思議な宿です」


 リーシェはそう言って、少しだけ笑った。


 湯気の向こうで、銀狼が丸くなる。


 白い猫が薪の上で眠る。


 スライムが床を磨き、腐木喰らいが柱を直し、幼竜が火加減の練習をする。


 辺境の小さな宿に、最初の宿泊客がやって来た。


 そしてその日、世界で最も危険な魔獣たちが、一人の少女を守るために家族になった。

次回予告


第3話

「温泉と呪われた少女、宿の初めてのお客様」

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