宿屋の再建、ぷるぷるスライムは万能清掃員 後編
アルファポリスで11話まで連載中!!
【辺境のもふもふ宿、今日も異世界を救います】
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「そろそろ腹が減っただろ?」
リーシェは呆気に取られたように悠真を見つめた。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「……はい。とても」
その瞬間、森の外で再び大きな音が響いた。
先ほど弾き飛ばされた赤いマントの男が立ち上がったのだ。
顔を怒りで歪め、剣を掲げる。
「舐めるな! この程度の結界、破壊してくれる!」
男の剣に赤い炎が集まる。
悠真の視界に、警告が表示された。
《敵対行動を確認》
《対象:王都直属・封印監察隊》
《攻撃対象:月見亭》
《防衛機能を使用しますか?》
悠真は、ためらわずに答えた。
「使用」
月見亭の紋章が、銀色に輝いた。
ガルムが低く唸る。
ぷるんが嬉しそうに跳ねる。
モクの甲羅に、緑色の模様が走る。
次の瞬間、宿を中心に巨大な光の輪が広がった。
炎の剣は男の手から離れ、空中で消滅した。
五人の兵士たちは、まるで見えない風に押されたように森の奥へ吹き飛んでいく。
誰一人、傷を負ってはいない。
ただし、全員の鎧には大きな文字が刻まれていた。
《宿泊客への無断侵入は禁止》
森の静寂が戻る。
悠真は光が消えたあと、ぽつりと呟いた。
「……便利だな、この宿」
リーシェは、呆然としたまま悠真を見上げていた。
「あなたは、本当に宿屋の主人なんですか?」
「そうだと思う」
「今の防衛魔法は、王都の城壁にも使われていない最上級結界です」
「そうなのか?」
「それに、あの銀月狼は伝説級の魔獣です。白尾月猫も、白紙スライムも、腐木喰らいも……全部、普通の魔獣ではありません」
「そうなのか?」
悠真が首をかしげるたび、リーシェの表情が引きつっていく。
ガルムが悠真の肩へ鼻先を寄せた。
ミルはリーシェの足元へ近づき、匂いを嗅ぐ。
ぷるんは朝食を要求するように、悠真の靴を叩いた。
モクは、いつの間にか古い壁の腐食部分を食べ始めている。
「まずは飯だな」
悠真は腕まくりをした。
「リーシェ、食べられないものはあるか?」
少女はしばらく答えられなかった。
命を狙われ、逃げ続け、ようやくたどり着いた廃屋で出会った青年。
彼は、伝説級の魔獣を従え、王都の兵士を追い払い、壊れた宿を直しながら、まるで当たり前のように朝食の心配をしている。
理解できない。
けれど、不思議と怖くなかった。
「……温かいものが、食べたいです」
リーシェは小さな声で答えた。
「分かった。できるだけ頑張る」
悠真は厨房へ向かった。
厨房と呼べる場所には、壊れた竈と、錆びた鍋が一つだけ残っていた。
食材はない。
調味料もない。
水すら出ない。
普通なら、朝食どころか一週間かけても宿として営業できないだろう。
だが、悠真の視界には別の情報が表示されていた。
《月見亭・厨房》
《修復可能》
《必要素材:火、鍋、水、食材》
《所有者権限により、簡易修復が可能です》
「簡易修復?」
試しに、壊れた鍋へ触れる。
《修復しますか?》
「修復」
鍋の底に浮かんでいた錆が消え、ひび割れが塞がった。
古びた鍋が、新品のように輝く。
悠真は固まった。
「……修復って、そういう意味か?」
厨房の壁に置かれた木箱へ触れる。
《保存箱》
《状態:破損》
《修復しますか?》
「修復」
木箱が淡く光り、蓋が自動的に開いた。
中には、見たこともない野菜が並んでいた。
赤い実。青い根菜。黄色い葉。小さな卵。
鑑定すると、名前と用途が表示される。
《赤月トマト:酸味が強い。煮込み料理に適する》
《青根芋:加熱すると甘くなる》
《星葉菜:疲労回復効果》
《森鶏の卵:栄養価が高い》
「食材まで出てくるのか……」
どうやら、保存箱の中身は百年以上前に封じられたまま残っていたらしい。
悠真は鍋に水を入れ、青根芋と赤月トマト、星葉菜を切って放り込んだ。
水は、ぷるんが地下から見つけてくれた井戸水だ。正確には、ぷるんが古い水道管の汚れを吸い取ったことで、地下水が厨房まで流れるようになった。
火は、悠真が魔力炉から引いた魔法火を使った。
鍋を火にかけると、湯気が立ち上る。
トマトの酸味と、芋の甘い香りが厨房いっぱいに広がった。
ミルが鍋の前に座り込み、尻尾を左右に振る。
ガルムは涎を垂らしながら、じっと鍋を見つめている。
「まだだぞ。味見をする」
悠真は木の匙でスープをすくった。
口に含む。
トマトの酸味。芋のほっくりとした甘さ。星葉菜の爽やかな香り。
塩がないため少し物足りないが、十分に食べられる味だった。
鑑定画面が表示される。
《料理:月見亭の野菜スープ》
《品質:良》
《効果:疲労回復・小》
《宿の所有者補正により、効果が上昇しています》
「効果まで付くのか……」
悠真は器にスープをよそった。
最初に、ガルムの前へ置く。
銀狼は一瞬、悠真を見た。
「食べていいぞ」
ガルムは静かにスープを飲み始めた。
大きな体に似合わず、行儀がいい。
しかし、二口目からは速度が変わった。
器が空になる。
ガルムは器を悠真の前へ押し出した。
「おかわりか?」
頷く。
「分かった。たくさんあるからな」
ミルは小さな器から、少しずつスープを舐めている。
ぷるんは器の中へ体ごと入った。
「ぷるん、それは食べ方なのか?」
白い体がスープを吸収し、ほんのり赤く染まる。
《ぷるんが野菜スープを吸収しました》
《料理効果を解析します》
《新しい能力を獲得しました:簡易調理》
「何だそれ」
ぷるんの体から、湯気が立ち上った。
次の瞬間、ぷるんの中から、小さな白い団子が三つ飛び出した。
皿の上に落ちる。
鑑定する。
《ぷるん団子》
《効果:空腹回復・小》
《味:ほんのり野菜風味》
「料理を覚えたのか……?」
「ぷる!」
ぷるんは得意満面だった。
最後に、リーシェへ器を渡す。
「熱いから気をつけて」
「ありがとうございます」
リーシェは両手で器を包み込んだ。
湯気が彼女の顔を柔らかく隠す。
しばらく、彼女はスープを見つめていた。
「……いただきます」
小さく呟き、口をつける。
その瞬間、リーシェの瞳が揺れた。
スープを飲み込んだあと、彼女はもう一度、ゆっくりと口へ運んだ。
「美味しいです」
「それはよかった」
「……温かい」
リーシェは、器を胸元へ引き寄せた。
頬に、一筋の涙が流れる。
悠真は何も言わず、追加のスープをよそった。
リーシェは涙を拭おうとしたが、すぐには止まらなかった。
「すみません。こんな……」
「謝らなくていい。泣くほど美味しいなら、作った側としては嬉しいから」
悠真がそう言うと、リーシェは目を伏せた。
「……母が亡くなってから、温かい食事をするのは久しぶりでした」
その言葉に、悠真は何も返せなかった。
代わりに、彼女の器へスープを足した。
ガルムが静かに伏せ、ミルはリーシェの足元へ寄り添う。ぷるんは彼女の膝へ跳び乗り、モクは少し離れた場所で壁の修復を続けていた。
小さな宿の中に、穏やかな時間が流れた。
外では、追手たちが逃げていく足音が遠ざかっていく。
やがて、月見亭の魔力炉が二度目の音を立てた。
ごうん。
家全体に、淡い光が走る。
《宿の機能が更新されました》
《新機能:宿泊客の疲労回復》
《新機能:宿泊客の状態安定》
《新機能:食事の効果上昇》
《初回宿泊客の満足度が一定値を超えました》
《報酬を付与します》
悠真の目の前に、新たな表示が浮かぶ。
《報酬:月見亭の畑・一面》
《報酬:温泉源・発見》
《報酬:宿の従業員契約書》
「……温泉?」
悠真が呟いた瞬間、地面の奥から、どん、と大きな音が響いた。
月見亭の裏手。
そこにある枯れた雑草の地面から、勢いよく湯気が噴き上がった。
ガルムが立ち上がる。
ミルが尻尾を膨らませる。
ぷるんは嬉しそうに跳ねた。
リーシェは目を丸くした。
「何が起きたんですか?」
「たぶん……温泉が出た」
「温泉?」
「たぶん、身体を温めるための湯だ」
悠真が裏手へ回ると、そこには小さな泉ができていた。
透明な湯が地面から湧き出し、石の間を流れている。白い湯気には、ほんのり硫黄の香りが混ざっていた。
鑑定結果が表示される。
《月見の癒やし湯》
《効能:疲労回復、軽度の呪いの緩和、魔力循環改善》
《備考:リーシェ・アルヴェインの呪印に有効》
悠真は、隣に立つリーシェを見た。
少女はペンダントを握ったまま、泉を見つめている。
「リーシェ。この温泉、君の呪いに効くかもしれない」
「……私のために?」
「宿の設備だからな。客が使えるなら、使ったほうがいい」
あくまで自然に答える悠真に、リーシェは困ったように笑った。
「あなたは、本当に不思議な人ですね」
「よく言われる」
「異世界から来た人みたいです」
悠真の動きが止まった。
リーシェは、彼の反応を見逃さなかった。
「やはり、そうなのですね」
「分かるのか?」
「この世界の人間なら、月見亭の魔力炉を一日で再起動させたり、伝説級の魔獣を従えたりしません」
「それは俺も知らなかった」
「知らずにやっていたんですか?」
「知らずにやっていた」
リーシェは、とうとう小さく吹き出した。
その笑顔を見て、悠真も笑う。
そのとき、月見亭の屋根の上から、聞き慣れない声が響いた。
「ギャウ!」
空から何かが落ちてきた。
小さな青い竜だった。
竜は屋根に着地しようとしたが、修理途中の梁に足を取られ、そのまま滑り落ちてくる。
悠真が両手を伸ばして受け止めた。
竜は悠真の腕の中で、ぷるぷる震えている。
鑑定結果が表示された。
《対象:幼竜》
《属性:蒼炎》
《状態:空腹。迷子。軽度の飛行不安》
《望み:温かい場所と甘い食べ物》
悠真は腕の中の幼竜を見た。
幼竜は大きな青い瞳で、悠真を見上げる。
そして、遠慮がちに鳴いた。
「……お前も、泊まるか?」
幼竜の尻尾が、勢いよく揺れた。
リーシェが頭を抱える。
「また増えるんですか?」
「客が増えるのは、宿屋としてはいいことだろ」
「魔獣の宿泊客ばかりですが……」
ガルムが誇らしげに胸を張った。
ミルが幼竜の匂いを嗅ぐ。
ぷるんは、すでに食事の準備を始めている。
モクは壁を食べながら、新しい仲間をちらりと見た。
悠真は幼竜の頭を撫でた。
「名前が必要だな。青い竜だから……ピコでどうだ?」
幼竜の体が、淡い青い光に包まれる。
《真名登録:ピコ》
《幼竜ピコが仲間になりました》
《称号効果により、成長限界が解除されました》
《固有能力:蒼炎の料理火》
ピコが小さく息を吸い込む。
そして、ぽっと火を吐いた。
火は鍋の底へ命中した。
鍋の中のスープが一気に沸騰し、部屋中に香ばしい匂いが広がる。
「火加減はできるのか!」
悠真が驚く。
ピコは得意そうに胸を張った。
次の瞬間、火が少し強すぎた。
鍋の蓋が飛び、天井に煤が付く。
「……少しずつ練習しような」
「ギャウ……」
ピコがしょんぼりと鳴く。
リーシェが、口元を押さえて笑った。
「賑やかですね」
「そうだな」
悠真は、壊れた宿を見回した。
屋根はまだ不完全。
壁も継ぎはぎ。
部屋は一つしか使えず、客室の扉には蜘蛛の巣が残っている。
けれど、ここには温かい食事がある。
安心して眠れる仲間がいる。
そして、今日から泊まる客もいる。
「月見亭へようこそ」
悠真はリーシェに向かって、改めて頭を下げた。
「これから、よろしく」
リーシェは少し驚いたあと、静かに頭を下げ返した。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
その瞬間、遠く離れた王都で、封印監察隊の隊長が報告書を握りつぶした。
「たった一人の異世界人と、数匹の魔獣に敗れただと?」
部下は震えながら答える。
「はい。あの廃宿には、王都の結界を上回る防御が……」
「ならば、もっと強い者を送れ。あの娘を取り戻せ。封印石を失えば、我々は終わりだ」
男は窓の外へ視線を向けた。
空の彼方。
古い封印のひび割れから、黒い霧がゆっくりと漏れ出している。
「異世界人が何者であろうと関係ない。あの宿ごと、消し去れ」
王都の命令書に、赤い封蝋が押された。
一方そのころ、月見亭では――。
「悠真さん、温泉に入る前に、まずこの呪印を見てもらえますか?」
「ああ。夕食のあとで鑑定しよう」
「夕食も作るんですか?」
「宿屋だからな」
「……本当に、ここは不思議な宿です」
リーシェはそう言って、少しだけ笑った。
湯気の向こうで、銀狼が丸くなる。
白い猫が薪の上で眠る。
スライムが床を磨き、腐木喰らいが柱を直し、幼竜が火加減の練習をする。
辺境の小さな宿に、最初の宿泊客がやって来た。
そしてその日、世界で最も危険な魔獣たちが、一人の少女を守るために家族になった。
次回予告
第3話
「温泉と呪われた少女、宿の初めてのお客様」




