1話 人と悪魔と
俺は絶対にアイツらを守る。
この身を滅ぼしても、絶対に。
「準備はいいか」
「俺はいつでも行けるぜー」
「私も準備完了です」
俺の言葉で、この場にいる全員の目が変わる。
皆顔に笑みを浮かべ、そして瞳には憎しみが浮かんだ。
「気合は十分だな」
さて、俺もやるか。
『いいか?』
『クハハハ! 殺戮の始まりだ!』
俺達の目標は敵の無力化。
そして、大切な人達を守る。
この場にいる者達全員が同じことを思っているだろう。
「じゃあ行くか。お前達、敵は全て殲滅しろよ」
「「「了解!」」」
俺の掛け声に皆の声が重なる。
さあ、始めよう。
俺は大きく一歩を踏み出す。
それと同時に、俺の体は黒い霧で包まれていった。
◇◆◇
木が覆いしげる森の中にある村で、1人の男が木を持って運んでいた。
その男こそ、この俺だ。
「お前は本当に何も出来ねぇなぁ!」
「す、すいません!」
「謝る暇あったら早く働けや!」
怒鳴りながら太い脚を持ち上げると、俺の腹に向かって蹴りを入れてきた。
「がはぁっ……!」
息が……出来ない……。
腹を蹴られたせいで息ができず、運んでいた木を地面に落としてその場でしゃがみ込んだ。
冷や汗が流れて地面に垂れる。
不規則な呼吸音が口から漏れ出ていった。
俺はこの村で奴隷のように扱われている。
毎日重いものを運ばされて、昼夜問わず働いて、少しでもミスをすれば殴られ蹴られる。
なぜ、俺がこんな目に遭わないといけないのか。
理由は単純だ。
魔法が使えないから。
ただそれだけ。
この世界では魔法と使うというのは、石を蹴ったりするくらい簡単な事なのだ。
魔力があれば、どんな魔法も使える。
最初は簡単な魔法しか使えなくても、体が成長していくと共に、魔力もその分増える。
だが俺は、生まれた時から魔力が存在しなかった。
そのせいで、産みの親からも捨てられ、拾ってもらえたと思えばこんな毎日。
もう親の顔なんて覚えていない。
魔法が使えなければ、人間の扱いはされない。
家畜と同じ。
ただ働く道具のような存在。
俺はただ、普通に生きたい。
「おい何寝てんだ? 起きろコラァ!」
顔を狙った蹴りが向かってきたが、俺は腕を前に出して何とかその蹴りを受け止めた。
「おいおいおいおい……! 人間じゃないお前が! 俺の足に勝手に触って生きていられると思うなよ!」
俺の体には次々に蹴りが入れられ、全身に激痛が走る。
何で俺がこんな目に……、何回同じことを考えたことがあることか。
でも、毎回辿り着く答えは同じだ。
俺が魔法を使うことができないから。
こんな問題、どうしようもない。
自分で魔力が増やせるならとっくにやってる。
恨んでもどうしようもない。
今頃、変えることは出来ないのだから。
「ディナルド」
「なんだ!?」
「忘れたのか? 今日は騎士団長様がお越し下さる日だぞ」
「今日だったのか。そうなれば今すぐ準備を――」
「その前に」
俺を殴りつけてきたディナルドに声をかけた細身の男は、俺を上から睨みつけるとそこで言葉を止めた。
「そいつ、どうする」
「どうするって、このまま働かせるに決まってるだろ」
「馬鹿なこと言うなディナルド。騎士団長様が来るのだぞ。こんな汚いやつを置いておけるか」
散々こんな村のために働かせた挙句、汚いやつ呼ばわりか……。
一体どっちの方が汚いことやら。
「確かにドラーニの言う通りだ。こいつをこのまま村に置いておいて、騎士団長様に見つかったら恥でしかないなぁ」
「そうだ。こいつは村の恥なのだ。こんなやつをいつまでも置いておくわけにはいかん」
「となれば、片付けるしかないな」
俺の目には、ディナルドの凶悪な笑みしか映らなかった。
◇◆◇
俺はディナルドに馬車で運ばれて、誰も入らないような森の奥に来ていた。
岩や太い木の根のせいで、何度も荷台が大きく揺れてそのたびに体を強くぶつけた。
魔法によって手足を拘束されているため、どこかに捕まることさえできない。
「降りろ」
足だけ拘束が解除されて荷台から降りると、すぐに顔を殴られて近くの木に背中を打ちつけた。
俺はこの場から逃げようとするが、もう一度足を拘束されて派手に転がった。
「魔法が使えねぇお前が、俺から逃げられると思うなよ」
俺を見下ろす目は、狂気そのものでしかない。
その目と目が合ってしまえば、あとは殴られるだけだ。
体中に遠慮なく殴られ、所々感覚がなくなっていく。
いつもよりも力が強い。
今は俺を殺す気で殴っているから、手加減など必要ないんだろうな。
もうどのくらい蹴られたかわからない。
ただこれだけは分かった。
俺は今日死ぬのだと。
長い地獄が幕を閉じるのだと。
俺がほとんど動かなくなったのを確認すると、乱れた服を整えて馬に跨った。
「じゃあな。今まで食わせてやったこと感謝するんだな」
それを言うと、ディナルドは馬を走らせて村へ戻っていった。
感謝?
そんなものするわけがないだろ。
お前といた時間は地獄でしかなかったんだから。
だけど、これで地獄が終わる。
もう苦しまなくていいんだ。
俺は光りさえ見えなくなり、視界が暗闇に包まれる。
体の感覚がなくなり、どうにも出来なくなる。
あと少しで終わる。
俺の地獄の人生が終わる。
……だけど、俺は地獄しか見てこなかったから、天国も見てみたかったな……。
そんな願いを胸に抱きながら、俺は死んだ。
◇◆◇
もう何も見えないし、感じることができない。
森の中なのに風の音も、虫の鳴き声も聞こえない。
あぁ……俺って死んだんだ。
酷い人生は呆気なく幕を閉じたな。
悲しいと言えば悲しいが、特別生きたいというわけでもない。
もうあんな思いしたくないからな。
このままどこかいい場所に――。
『おい』
誰かが俺を呼んでいる。
確か呼ばれた方に行ったら駄目なんだっけ?
でも、今頃どうしようもない。
あんな体で生き返れるわけもないし、このまま呼ばれた方に行った方がマシだ。
「今行きます」
『馬鹿かお前は。俺は、お前を死の世界に連れて行こうとしているわけではない』
暗闇の空間に人の姿は見えないが、何故かすぐ隣で喋りかけられているような感覚だ。
いや、隣でというよりも、頭の中に直接話しかけられていると言った方がいいか。
『お前の死に方無様だな』
「顔も知らないやつに、死に方をどうこう言われたくないね」
『ハハハハッ、面白いことを言うな』
「別に面白いこと言ってないだろ」
どうして死んでからも、めんどくさい奴に絡まれなくてはいけないのか。
俺には《静》というものがないのか。
「お前誰だよ」
『誰かに名を聞く前にお前から名乗れ』
「はぁ……俺の名前はベスウィだ」
『そうか。ベスウィというのか。俺は悪魔のリュグルだ』
「悪魔だと? そんなデタラメを――」
俺はそこで言葉を切って考える。
俺は死んだんだ。
死んだなら、悪魔やら天使やら神に会ってもなんの不思議もない。
それに、俺に喋りかけてきている奴が何者であろうと、死んだ俺にはなんの関係もない。
『信じるか信じないかは、別に俺はどうでもいい。お前がどう思おうと、俺が悪魔ってことは変わりないからな。そんなことより、ベスウィ。俺に良い話があるんだが、聞かないか?』
ああ……、いかにも悪い話に引き込もうとしている時の話し方だ。
良い話って言われて、俺は経験上いい話だったことはほとんどない。
だから俺は、相手にとっていい話だけど、俺にとっては悪い話だと思って聞くことにしている。
「別に興味ない。俺はもう死んだんだ。今頃いい話聞いたって、どうしようもないだろ」
『それが、どうしようもなくないんだな』
俺はその言葉に、少しだけ反応してしまった。
『やっぱり興味あるよな』
「ないね」
『本当にか? ならもし、生き返れるとしたら?』
生き返れる、その言葉に、もうすでにないはずの心臓が跳ね上がる音がした。
上手いご飯が食べたい。
好きな店回ってみたい。
友人が欲しい。
恋人が欲しい。
自由に動きたい。
綺麗な風呂に入りたい。
普通の生活がしたい。
「確かに生き返れたら、したい事は山ほどあるさ……。だけど、俺は魔法が使えない。そのせいで、どこに行っても人の扱いはされない。だから、生き返ったって何の意味も――」
『そんな事関係ない』
「はぁ? 俺の話聞いてた? 生き返ったって魔法が使えなかったら、どうせ奴隷のように扱われるだけだろ」
『だから、魔法なんて関係ない。俺がいればな。俺の条件を受け入れれば、お前は魔法が使えなくても強くなれる。
魔法を使うやつよりも強くなれるかもな。お前がやりたい事も全部できる。 さぁ、どうする』
やりたい事が……全部できる……。
この悪魔の条件を受け入れれば、俺は普通の生活ができるのか……?
上手い飯が食えるのか……?
自由に動いていいのか……?
俺はやりたいことを考えるだけで、考えが揺らいでしまう。
ずっと生きてきて、俺は何一つ自由がなかった。
ずっと囚われて、人でないように働かされた。
でももし……悪魔の言うことを聞いて生き返って自由に生きれるなら……俺は……俺は……。
「そうかよ……。お前がそこまで言うなら、俺を生き返らせてみろよ! それで、俺を自由にさせてくれよ!」
『クハハハ! 俺の条件を聞かずに生き返らせろとは! いいぜ! お前を生き返らせて自由にしてやる!』
そして俺の意識は、さらに深い闇に堕ちていった。




