第32話 電裂・天穿ノ軌
爆ぜた火柱の中から、影が飛び出した。
焔――逆勇舎の幹部。その足元に黒く蠢く結が広がり、彼女の背中から灼熱の鞭のような炎が何本も伸びる。
「いい加減、うっとおしい雷だね」
焔が唇を歪めた瞬間、四方から炎の鞭がハヤトを襲う。だがその直前、空気が弾けた。
『鍛結変結混合結術疾電脚』
ハヤトの姿が雷鳴と共に消えた。次の瞬間、彼は焔の背後――炎の死角にいた。
「遅いで」
雷をまとった脚が、焔の身体を横薙ぎに蹴り飛ばす。しかし、焔は空中で姿勢を制御し、指先を鳴らした。
「《呪爆・赫牙》!」
彼の周囲に点在していた黒い火種が、一斉に爆ぜた。倉庫の天井まで届く炎の柱。だがその中心――雷の縦線が貫く。
「俺は全てを燃やしたい。この世の全てを燃やして、灰にする」
焔の声音は低く、しかし澄んでいた。狂気ではない。すべてを諦めきった者が持つ、静かな覚悟。
「それが俺の“願い”だ。正義も、希望も、未来も――全部、焼ければ平等になる」
鞭のようにしなる炎が空間を切り裂き、倉庫の壁を溶かす勢いで襲いかかる。
だが――
「……あほか」
ハヤトの足元に雷が奔り、姿がぶれる。
「それは願いやなくて、ただの“逆恨み”や」
雷が空気を切り裂く音とともに、彼の脚が再び疾走する。《疾電脚》――稲妻の閃きのごとき一撃が、焔の腹部を鋭く蹴り上げた。
焔は呻きながらも空中で体勢を立て直し、歪んだ笑みを浮かべる。
「それでもな……燃やすことしか、俺にはできねぇんだよ」
焔の目が赤く灯る。かすかに潤んで見えたのは、炎の照り返しのせいか、それとも。
「《呪爆・獄輪》」
焔の両掌から、黒炎の輪が幾重にも展開される。それらは音もなく空間を回転し、まるで意思を持つようにハヤトを包囲する。
「この逆結は“拒絶”だ。――選ばれた奴らへの、全力の拒絶だ」
輪が一斉に収束する。火焔の刃が風圧を伴い、稲妻の勇者へと迫る
「久我ハヤト、てめーも俺と一緒だろ?どれだけ頑張ろうと、誰も自分を認めちゃくれない。1番にはなれない。そうだろ?」
焔の言葉が、赤黒い炎の轟きと共に空気を裂く。
黒炎の輪――《獄輪》が、螺旋状に収束しながら迫るその中央で、ハヤトは微動だにしない。
「……せやな」
静かに、ぽつりと漏らす。
「お前の言うことも、わからんでもない」
足元に雷が走る。それは怒りではなかった。ただ――譲れないものが、彼の中にあった。
「けどな、“だから”こそ俺様は戦うんや」
雷が牙を剥く。その身体が光の残像と化し、炎の輪を逆走するように駆け上がる。
《雷光剣》が腕に生成される。青白く輝く稲妻の刀身が、螺旋の内側を駆け抜ける。
獄輪が猛る。火焔がうねり、牙を剥くように収束し――だがその刹那、閃光が空を裂いた。
「《迅雷陣》――!!」
瞬間、獄輪の中央を、垂直に切り裂く稲妻が貫いた。黒炎が悲鳴のように暴れ、次の瞬間には音もなく霧散していく。
焔の目が見開かれる。
「……ッ!!」
すでにその目の前には、ハヤトがいた。雷光の剣を逆手に持ち、その鋭い眼差しを、まっすぐ焔へと向けている。
青白い電撃が弾け、焔の足元を穿つ。
「拒絶されたまま終わるんが、俺はいっちゃん嫌いや!」
雷閃――!
雷光剣が、焔の黒炎の防壁を打ち砕き、その胸元へと迫る。
「ぐ……ッ!」
焔は必死に防御の構えを取るが、爆風と共に弾き飛ばされ、倉庫の鉄資材へと叩きつけられる。鉄骨が歪み、火花が散った。
――静寂。
煙が立ち込めるなか、雷を纏ったハヤトの姿が、ゆっくりと前へと進み出る。
悶え苦しむ焔は、うつ伏せに倒れたまま、拳を握りしめていた。唇を噛み、呻くような声を漏らす。
「……俺はそんなお前が嫌いだったんだよ。神城シロウという圧倒的な力が存在するのに、それでもその下に甘んじ勇者を続けるお前が鬱陶しかった……」
焔は血の滲んだ唇を舐め、口元に乾いた笑みを浮かべた。
「だから……やったんだよ。お前を、カラスに変えたのは――俺だ」
その言葉に、ハヤトの瞳が僅かに揺れる。
「……なんやと?」
焔はゆっくりと体を起こし、血まみれの腕で顔を拭った。黒い炎が、まだその背からわずかに漏れ出している。
「お前が強いことくらい、わかってた。だから、力を削ぐだけじゃ意味がねぇ。お前を“人間として扱えない存在”にする必要があった。……そうすりゃ、誰も、お前を勇者だなんて見ないだろ?」
声は静かだったが、その奥には燃え残る怨念があった。
「……それが、お前の逆結の源か」
ハヤトの声は、低く、冷えていた。
「他人を蹴落として、歪めて、自分が上に立った気になる。分からんでもないな。俺もそう思うときはあった……」
だがその声音は、次第に熱を帯びていく。
「せやけど、それでも俺は――」
バチッ、と雷が空気を裂いた。ハヤトの全身に纏う電撃が、感情と呼応するように脈動する。
「神城に勝ちたい!それは今も変わらん。いつか必ずあいつに追いついて、そんでもって追い抜かす。なんで諦めなきゃならないんだ。俺は諦めへん。俺はお前といっしょやないで!!」
その叫びは、空間を震わせ、焔の黒炎すら一瞬たじろがせる。
「選ばれへんかった?上に行けなかった?せやから何やっちゅうねん。せやから呪って、せやから歪んで、全部壊したら、そんなん――ただの“逃げ”やろ!」
焔の目が揺れた。怯えでも後悔でもない。ただ、その言葉の重さに、確かに心のどこかが揺れた。
「……うるせぇな……だったら、だったらてめぇは、何のために戦ってんだよ!」
焔の咆哮。黒い結が爆ぜるように膨張し、周囲に熱を撒き散らす。
ハヤトは、ひとつ深く息を吸った。そして――
「俺はな、誰かの“願い”のために戦うんや!その積み重ねが俺を神城よりも強くさせるんや!!」
その瞬間、ハヤトの背後で雷が唸った。まるで彼の決意に呼応するように、空気が軋み、倉庫の空間全体が震える。
雷光が一段と鋭く閃いた。《疾電脚》の結が再び足元に灯り、腕に雷が収束する。もはやそれは、ただの武器ではなかった。ハヤトの覚悟そのものだった。
『創結変結流結混合結術電裂・天穿ノ軌』




