初めての出撃
高橋が先に執務室のドアをノックすると、永瀬の『入れ』という声が聞こえる。
「玄森漆特殊隊員をお連れしました」
左胸に手を当て、一礼をしてから入室すると、桜井は初対面の時とはまるで印象の違う真面目な表情をしていた。
「ご苦労。高橋、君は室外で待機していろ。話はすぐ終わる」
桜井の目線は玄森に向けられたまま動かず、ただ言葉だけで促す。
高橋は特に逆らうこともなく、静かに退室していった。
「特殊任務とは何でしょうか」
玄森が質問すると、桜井の真面目な表情がいつものフニャッとしたものに戻る。
「プレスキーエリアで、軍事的な動きが確認された。あのエリアは元々ニホンエリアと敵対しているんだ。我がエリアに侵入してくることが増えていたけど、いよいよ一部を占領しようとしているらしい」
先ほどまでの態度は高橋のために作ったのではないだろうかと思うくらいの豹変ぶりに、玄森は心の中で空笑いをした。
「衛星で全世界をリアルタイムで観測しているから、そんな大々的に動いたらすぐ分かるんだけど」
バカだね、と桜井はため息交じりに嘲笑した。
「でもあいつらは諦めが悪いんだ。全世界の覇者になることを夢見た一族の末裔だからかね。装備を見る限り、どこかで体制を整えていたみたいだ。玄森君には、跳宰率いる能力者部隊と共にプレスキーエリアに行き、奴らを殲滅してもらうよ。初めての実戦だ」
再びノックする音が聞こえ、永瀬が扉を開ける。
入ってきたのは跳宰と、意思を無くした男女合わせて10名だった。男女の周囲には、跳宰の能力で造られた精巧な土人形が囲むように配置されている。
「桜井司令官、こちらも態勢が整いました。いつでも出撃可能です」
跳宰の動作は柔らかで、過去の伝統舞踊を感じさせるように滑らかだ。
掴み所のない所作とは裏腹に、出陣を心待ちにしているかのような好戦的な目つきをするギャップが激しい。
「調整は順調のようだな。転送室ではもう座標を合わせてある。直ちに出撃し、対象を殲滅しろ」
どうやら桜井は親しい、親しくなりたい人の前では砕けた口調になるが、それ以外では一応TPOを弁えて固い口調や表情を使っているようだ。
「かしこまりました。玄森特殊隊員、ついてくるように」
「…」
跳宰が右腕をグルンと振り上げドアの方を向くと、男女や土人形も一斉に同じ方向を向いた。永瀬が扉を開けると、行進するように跳宰たちは一列に並んで出て行った。
その様子を淡々と見ていると、永瀬から小突かれる。
「早く行け」
「…はい」
やや遅れるように退室すると、高橋がすぐに玄森の後ろに控えて付いてくる。
「転送室でストレスカウンターの基礎プログラムが解除されます。能力を存分に発揮してください」
小声で高橋がそう玄森に告げると、隊列から抜けるように下がっていった。
「転送室へ集団ワープ」
跳宰が立ち止まり、ストレスカウンターを装着している左腕を上に伸ばすと青い光の網が隊列を囲み、瞬間移動でまとめて転送室に移動した。
(そんなこともできるのか…)
「驚いた?玄森特殊隊員」
ちゃんと玄森のことは把握していたようだ。
「あ、ああ」
「さあ、闘りましょう」
転送室では研究員達が跳宰に一度全員で敬礼をし、大型コンテナの形をした転送機のハッチを開けた。
「行くわよ、皆」
コンテナに全員で乗り込むとハッチは閉められ、ガタガタと何回か大きく揺れた。




