噴水の柱
やがてサオリは祈りを込めるように目を瞑り、小さく頭を下げた。
「…??」
何かが、佇んでいるような気がする。白藤かとも思ったが、そうではないようだ。
ぼんやりと霞のような薄さで、サオリの背後に男性が立っている?
身長はおそらく桜井司令官と同じくらい。半袖シャツに何色か分からない細身のズボンを履いているようだ。体つきも良く似ている気がする。
そんな男性は、声をかけようとすると一瞬でタバコの煙のようにフワッと消えてしまった。
「エイト、ごめんね。つい、噴水に夢中になっちゃった」
サオリは立ちあがり、ずっと向かいのベンチで待っていた詠斗に駆け寄ってきた。
「この像、お姉ちゃんみたいな感じがしたの」
「…白藤さんのことですか?」
「うん。お姉ちゃんの記憶にそっくりだったんじゃないかなあ」
サオリの中にも、無意識に白藤の記憶があるのだろう。
初めてサオリと話をしたとき、<約束>がなくても精神の成長が一時的に起きたことがあったのを思い出した。
培養液の中で眠っている間、サオリの夢の中には二人の男性が現れていたと言っていた。
後に記録を閲覧して知った、桜井拓と湯神震。おそらくこの二人をよく見ていたのだろう。
今うっすらと視えた男性は、今を生きる桜井司令官と同じ風貌だった。
もしかしたら未だ二人の魂は、白藤と同じように彷徨っているのかもしれない。
改めて彫り込みを見る。手を取り合う男女と、女性から離れようとする男性。
どんな記憶なのか自分には分からないが、捉えるとするならば蜜月時代の白藤と桜井、そして今の白藤の願いを桜井?が何か拒んでいるか、手放そうとしている?
そんな平凡なイメージしか詠斗には湧かないが、もしかしたらそうなのではないか、とも思っていた。
詠斗本人は下段に目が行っていた。サオリが言うに、初めて出会ったときのようなシーンを現わしている彫り込みだ。
サオリの表情を見たときに湧き上がった記憶の欠片のような、鮮明な表情。
その時の詠斗の顔と、彫り込みの男性の顔が似ているような気がする。
自身はそんなに感情を現わしたつもりはなかったが、口の空き具合や目の開き方が酷似しているように思えた。
「…不思議な噴水ですよね。何か思うことが出てきてしまう」
「うん。私初めて見たけど、この柱、すごい。引き込まれる何かがあるの」
「この柱、意味が分からないと造られた当時も酷評されたようですが…とてもそうとは思えないですよね」
この噴水の柱は、当初シンプルな一本柱で作られる予定だった。それを制作者が『味気なさすぎるから自分の手で無償でデザインする』と申し出て、数日で作り上げたらしい。
だが、当時からもう芸術は評価されない風潮となっていた。
世論からは『無駄で洗練されていない』と言われていたらしい。
既にシンプル、無駄のないものを追求したのが美徳とされる世になっていて、人間模様を現わした柱の掘り込みは不要で野暮なものに捉われていた。
「すごく、思いが込められているのにね」
「そうですね。私も思いなど不要と思っていた方ですが…」
続きの言葉が小さくなる。
(サオリさんが、世界を変えてくれたというか…ゴニョゴニョ)
「思い、大事。エイトにそれがちゃんとあるの、知ってる」
サオリが悪戯に笑って告げる一言に、詠斗は眉間に皺を寄せて気まずそうに顔を逸らすのだった。




