約束だから、守りますよ
「やあ、詠斗君!待っていたよ」
桜井が執務机から大きく手を振ったのを、永瀬が冷ややかな目で見ている。
「…失礼します」
一礼して詠斗は室内に足を踏み入れ、執務机の前に立った。
「して、何用でしょうか?」
「相も変わらず死んだ目をしてるねー。そんな詠斗君も興味深いけど。今日呼んだのは、サオリさん…あの紛い物のこと。もう少し話を聞けないかなーって」
桜井の目が本気だ。いよいよサオリに関して何か突っ込んでくるのだろうか。
「単刀直入に言うのならば、穏便にサオリさんをこちらに引き渡してもらいたいんだけど」
桜井の眼の色は鮮やかな紫に変色し、雷光を迸らせている。
「それを私が同意するとでも?」
詠斗は動じない。崎下の遺言の通りにすると、一番初めに心に決めてあるのだ。不遜な態度に、永瀬も引力の渦を作りかけていたが、桜井がそれを手で合図して止めさせる。
「じゃあなんで、逆に同意しないのかな?詠斗君はサオリさんなんて、本来はどうでもいいんでしょ?」
パキュン、と雷が走る音がすると思うと、いつの間にか桜井は詠斗の背後に立ち首に手刀を押し当てる。
「…」
「君が全てに関心を持たないのは、ユタカから聞いてるよ。君もユタカと同じ、創られた人間だってこともね。詠斗君にとってサオリさんはお荷物以外の何物でもないはずだ」
桜井は本来の詠斗の心理に戻そうと囁いた。身体には電子を取り込ませ、思考の中でそれに関する感情になるように既に仕向けていた。
これで詠斗はサオリを放棄するだろう。そう桜井は考えていた。
「私にとって、サオリさんは特別です」
「へえ!詠斗君にとって特別なのか」
改竄をもってしても、詠斗の心は揺るがなかった。
「サオリさんを貴方たちには渡しません」
固い口調で、詠斗の決意が込められている。それを能力で感じ取った桜井は、手刀を収め、また神速で執務机に戻った。
「詠斗君の気持ちはよくわかったよ!…詠斗君に命令を下すね。君は司令官の権限で今日から無期限停職にする」
「停職、ですか」
「…サオリさんと、居てあげて。僕ができるのはそこまで」
「先ほど、サオリさんを寄こせといったのはなんだったんですか」
詠斗が呆れ気味に言っても、桜井は少し微笑むだけだった。
「僕から言えるのはここまで。まあ、君なら何か考えれば気付くかもね。それじゃ、バイバイ!」
桜井がストレスカウンターに触れると、部屋の中に軍人が3名入ってきた。
「あと、よろしくね」
「ハッ」
2人が詠斗の両脇を抱え、もう1人は背後から銃を突き付けて前進する。
そして施設の外まで行くと、玄関先で詠斗は放り出されたのだった。




