幸せはいつも突然に壊れる
歩こうか、と桜井はサオリを誘う。少々警戒しているサオリに、桜井は優しく微笑んで彼女の気持ちを解そうとしていた。
「どこに行くの?」
サオリがそう聞くと、桜井は
「少しこの世界を歩いたら、君も何かを思うかなって。行くのは三人でよく行った場所ばかりだよ」
と言って片手をスッと差し出した。
桜井は終始穏やかな表情で、本心を包み隠さず語っているような口調だった。
ゆっくり桜井の手を握ると、とても暖かい。夢ではないような、人のぬくもりを感じる。
「じゃあ、行こうか」
桜井はサオリの歩く速度を知っているかのように歩幅を合わせ、交差点の信号を渡って何処かへ向かう。
「…僕とシン、それとさおり…混同しないようにさっきから言っているように白藤と呼ぶね。僕たちは近所同士だったんだ」
「幼馴染?」
「うん。物心ついた時から、ずっと一緒に遊んでた。学生時代も全部同じ学校に通ってたんだよ」
学校から十分ほど歩いたところに、小さな公園があった。小山にくっついた大きな複合遊具と、グラウンドのような開けた場所の側に大きな一本の木がそびえたっていた。
「ここ、遊具が少なくてあまり人が来ないから、よくここで三人で遊んでたんだ。ほら、これ」
園内に入ると、桜井は大木の幹を指出した。何か鋭利なもので小さな横線が何本か刻まれている。線の横には何かアルファベットのような字らしきものが書かれているが、年月が経っているのか読むことが出来ないくらい薄れていた。
「三人でよく、背比べしてた。シンは少し小柄だったから、僕の背を抜いてやるって意気込んでた」
カラカラと笑いながら、桜井はこの遊具で遊んだ、ここでよくかけっこをしたと教えてくれる。
その説明を聞いているうちに、サオリは公園で遊ぶ桜井達の姿が見えるような気がしてきた。
(拓!またお前に勝てなかった!なんでお前そんなに足速いんだよ!
シンより背が高いからかな?
なんだとこの野郎、いつか勝ってやるからな!
まあまあ、落ち着いてよシン君。そんなムキにならないで…
なんだよさおり!というかお前はお前で走るの遅いじゃないか!
シン君たちが速いんだよ~
・・・・・)
「あれ…その話、知っているような気が…?」
サオリが首を傾げながら考えているのを、桜井は優し気な表情で見守っていた。
「白藤はいつも、一歩引いて僕とシンを見てたっけなあ。でも、楽しそうにしてくれていたんだ」
公園を出て、桜井はまた学校のある方角へ足を向ける。
「こんな何気ない生活が、ずっと続くと思ってた。学校で授業受けて、帰り道一緒に歩いて」
でも、と桜井はピタッと学校横の道路で立ちどまった。
「?どうしたの、タク」
「…砕けちゃったんだ」
桜井が急に手を離すと、兆候なく道路のアスファルトが割れ始めた。ひび割れなどというレベルではない。サオリの側に出来たものはクレバスのように底が見えなかった。
「タク!]
桜井は胸の辺りを左手で掴みながら吐血していた。
(拓!おい拓!なんで、なんで…!)
側には学校で見た湯神が突如現れ、桜井のことを深刻な表情で揺さぶっていた。
「僕は、シンに殺させてしまった。いつもここで、夢は必ず終わるんだ…」
それでも桜井は絞り出すように笑顔を作る。
「時間だね。バイバイ、サオリさん」
そう言って桜井の居た世界はまた歪むように消えていった。
「…さん、サオリさん」
培養液の中にいるサオリが目を覚ますのを、詠斗はずっと待っていたようだ。
崩壊していた肉体も回復している。
「出しますよ、サオリさん」
そう言って詠斗は培養液を抜いて、サオリを拭くタオルを用意する。
培養液が抜けきると、サオリはタオルを受け取り自分で身体を拭いた。
「エイト」
「どうしたんですか、サオリさん」
「また、お姉ちゃんに会えるかなあ?」
「白藤さんのことですか?」
「うん」
「…きっとまた、会えますよ」
「そっか…」
サオリは夢のことを思い出しながら、少々俯いていた。
「??何かあったんですか?」
「なんでも、ない」
「そうですか」
サオリらしからぬ大人しさに、詠斗は頭の上にはてなマークが浮かんでいた。




