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桜井拓の記憶

「だ、だれ?」

授業中に立っているサオリだけではなく、襟足を掴んでいるこの青年も生徒たちには認識されていないらしい。不自然にこの教室に立っている二人を、誰も気に留める様子がないからだ。

「話は教室を出てからするよ」

そう言って青年はサオリを引きずって廊下に戻る。サオリは湯神を引きずられている間見ていたが、湯神はずっと外を眺めるだけだった。

廊下の端に連れていかれると、青年の顔は先ほどの困り顔から穏やかな表情に変わる。

「質問から答えようか。僕は桜井。桜井拓」

「タク…??」

拓という名前を聞くと、懐かしい感じがする。どこか遠くで、会ったことがあるような…。

「ここは、どこなの?」

サオリがそう尋ねると、桜井は側にある窓に目を向ける。

「ここは、僕の生きている時の記憶の一ページ。君は確か、白藤…じゃなかった、サオリさん、だよね」

「うん。私はサオリ。タクは、死んじゃってるの?」

「僕は…50年前くらいに死んでる。本来ならもう、生まれ変わりをしていてもおかしくないんだけど、ある理由があってね。此岸と彼岸の中間にいるんだ」

拓は窓からサオリに目を移す。憐憫を込めているような、または深い愛情を潜ませているのか、そんな色々な思いを含ませた視線でサオリの顔を見つめていた。

「…本当に、同じ顔をしているよ」

「白藤って、あのお姉ちゃん?サオリ、似てないもん!」

少々むくれて否定するサオリに、桜井はプッとこらえきれず吹き出した。

「失礼。でもその表情、小さいときの白藤と同じだよ」

「もう!サオリはサオリなの!」

「ごめんごめん」

桜井が笑うと、サオリの胸も高鳴る。どこかでこの人が好き!と思っているようだ。本能とは違う何か…細胞の記憶が働いているようだった。

「話を戻すね。本来ここには生きているサオリさんは入れないはずなんだ。でも、君の身体は定期的に培養液に入っていないと形を保てない。眠っている間に、意識をどこにやっていいか分からなくなったのを、白藤がこの世界に誘導したんだろう」

「お姉ちゃんは?」

「白藤は…どこにいるか分からない。この世界に来るのも稀だし。記憶の中に君を置いて、すぐ姿を消してしまった」

「この記憶は…タクの学生時代?」

「そう。一番思い出に残っている時間、かな」

聞けば、この記憶は白藤が風邪で休んでいる時の記憶だそうだ。

湯神は白藤が風邪と聞いてテンションが上がらず、居眠りを繰り返し毎回パチンコ玉を当てられて起こされていた。集中力もなく、退屈な時に外を見るのが、昔からの湯神の癖だったのだそうだ。

桜井はいたのか?と聞くと、湯神の後ろの席にいたと桜井は笑う。

湯神に集中しすぎて、見えていなかった。

「…ここに来たのも何かの縁だ。少し、話をしてもいいかい」

桜井がそういうと、今までいた校舎がマーブル絵のように歪み、一番最初に居た交差点の風景に切り替わるのだった。

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