自由と悪夢と
「治療代に関しては、何も発生しません。肉体再生の技術は、未だ臨床数も少なく未知の領域です。柳さんは強制的に被験者になったのと同じ扱いになっています。それと、しばらくはここで生活していただきます。身体の変化を調べたり、体力を回復しないといけないですからね」
だから何も心配はいらない、と男性は言った。
「それと、私…大変申し遅れました、礎が同伴するという条件で検査時間以外には外出も許可されています」
「外出まで、許可されているんですか」
思わず口から言葉が出てしまう。この施設から出られないか、若しくは何も分からない状態で外に出るかもしれないと考えていたからだ。
「何もなければ、柳さんの脳が寝ぼけてしまうからとのことでした。中央総合大学で上位成績の頭脳をお持ちなら、ボケてしまえばもったいないですからね:
どこまで嘘か本気か分からない態度で、礎は機械の操作を終えた。
「今日はこれから脳波と身体全体のスキャンをします。私に付いてきてください」
礎は柳から外したヘッドギアを片手に持ち、彼女を部屋の外へ連れ出した。
玄森漆は、夢を見ていた。
親と思しき人物に、左顔面を板の切れ端で思いっきり殴られる夢だった。父親はストレス発散と言わんばかりに何度も玄森を打ち据え、母親はケラケラと笑いながらまるで生ゴミを見るように見下した視線を向ける。
「お前は俺たちの道具だ」
父親がそういうと、母親は訂正する。
「道具じゃないわよ。ただの汚物。私たちの邪魔でしかないんだから」
アハハハ、と母親は嗤う。記憶の中の自分は幼児なのか、逆らうということもできない。ただ、すすり泣くだけだった。
「そうだ、これ試してみようぜ」
父親は板を放り投げ、ポケットからライターを取り出した。側にあった酒を玄森の左顔面にかけ、怯む彼の顔に火種を近づけた。
「やめて、やめてよお!!」
引火し、玄森の左顔面に勢いよく火が回った。夢なのに痛みが現実のように襲い掛かったころで、玄森は目を覚ました。
「はあっ、はあっ…!夢、か…」
玄森は悪夢でベッドから転げ落ちた。目を開ければ、そこは冷たい牢獄のようだった。
藍色の鉄格子に、寝かされれていたのは粗末な木製のベッド。それ以外にはトイレしかなかった。
「なんで俺、こんなところにいるんだろう…」
トイレの水に顔面を映すと、玄森の左顔面は古い火傷跡がほぼすべてを占めていた。
(あれは…現実、だったんだ…!)
同時に映った首には、血管に沿って大きな縫い目があり、唇下にも同じように一本縫い跡があった。




