心配させるね、詠斗君…
レクス社では依然として人体生成の実験は行われていた。
御内君の頭脳は結局、社会に出しても有用となることがなかった。それを踏まえて、難点を改善した完璧な人間を造ることに心血が注がれた。
そうして誕生したのが、詠斗君だった。
私は桜井司令官に呼ばれた後、詠斗君が連れていかれた実験室に急ぎ足で向かっていた。
何かができるわけでもない。側には永瀬君が付いているのだ。
永瀬君は知性もあり、細身でも常人をはるかに超える筋力を持っている。そういう風に造られたクローンだ。加えて、命令には忠実だ。私ではどうすることもできないだろう。
実験室の扉には、<実験中>の文字が赤く灯っていた。
一応ノックをすると、永瀬君が出てくる。
「黄瀬先輩。貴方がくるということは、詠斗の件ですね。奴には今、記憶の読み取りを行っています」
永瀬君は私のことを先輩と呼ぶ。
「もうすぐ記憶の抽出が終わります。桜井司令官殿に必要な情報は皆無でした。期待外れです」
わざと肩を落とすようなジェスチャーをする。有用な情報はあるはずなのだが。
「なにもなかったと?」
「ええ。司令官殿に語っていたことが全てでした」
「そうか。実験が終わったら、詠斗君を引き取ってもいいかね」
そんな会話をしていると、詠斗君は奥から出てきた。
「黄瀬さん。なぜここに?」
私が実験室の前に居るのが意外だったようだ。
「実験待機室に行くと聞いたから、心配でね」
「心配してたんですか…。たいしたことはしてもされてもいませんよ」
ポリポリと頭を掻いた詠斗君を、私は回収する。
「永瀬君、詠斗君も通常業務に戻らせてもらう」
「どうぞ…またお会いするのをお待ちしています」
永瀬君は一瞬詠斗君を見て、すぐに立ち去って行った。
「…サオリさんに関する情報かね」
「はい。何かされたという訳ではないんですが…やはり僕を泳がせるんでしょうね」
「しばらくはそうだろう。能力は未知すぎる」
やはり詠斗君はサオリさんに関することを聞かれたようだ。
「改竄されなかっただけ良しとしてます…。そういえば、黄瀬さんはあいつには先輩って言われているんですね。黄瀬さんも、まさかレクス社の…?」
「私は全く関係ないと言えば、嘘になるかな」
私は普段前髪で隠している右顔面を露わにした。
「この政府が行った実験の被験者だったんだ」
瞳には∀と刻まれ、額から顎にかけて三本の縫い後がくっきりと残っている。
「実験ですか」
「傷の再生速度を高める実験に参加させられてね」
「ご愁傷様です」
淡泊に、詠斗君に謝られた。
「私は実験に失敗して、刻印と傷跡が残ってしまってね。永瀬君はなぜか、私が被験者であることを知っていて、先輩と呼ぶんだ」
「じゃあ僕も、先輩って言った方がいいですかね」
「やめてくれ」
丁重に断る。私はそう呼ばれるのは好きではないからだ。
「さあ、仕事をしよう。今日も早く帰ってサオリさんに会いたいだろう?」
冗談めかして言うと、詠斗君はツンと別方向を見た。




