御内君との出会い
御内詠斗。今の崎下君のオリジナルだ。
上戸司令官は記憶改竄の刑を受ける前に、私にメモリーキューブを譲渡した。
「貴方次第ですよ。未来の世界は」
渡された直後は、何を意味するのか分からなかった。彼や他の者たちが、記憶改竄の刑を受けることも私は知らなかった。
私と当時の政府高官は、刑を免れた。明確な理由は明かされなかったが、思うに完全に記録を抹消することは高官たちは避けたかったのだろう。
メモリーキューブは、長らく厳重に保管していた。閲覧することもしなかった。
触れてはいけないもののような気がしたからだ。
御内君は、レクス社で造られた人間だった。
エリア中枢で構築した研究を、レクス社は裏で同じ時期に実践することが裏業務で行うことを認可されている。レクス社は政府の臨床実験場と言った方がいいだろうか。
御内君は、世界最高の頭脳を持つ人間を造ろうとするコンセプトで生まれた存在だ。
産まれた結果、彼は目標レベル以上の頭脳を持って生まれたが、反面他人との交流をすることができなかった。誰が話しかけても、無視をする。
それは交流に難を示しているのではなく、単純に他者に全く興味を持たないことが原因だった。
他人を愚かにみているわけではないのだが、彼らとは話す必要性を感じないようだった。
成人するまで観察を続けられたが、御内君が変わることはなかった。
御内詠斗、という名前は当時のレクス社の社長が気まぐれに付けたものだったが、本人は認めているようだった。
研究施設では御内は失敗作ということで、頭脳を買われて政府直轄の研究員になることになった。
私の部下になったのもその時だ。
当時30代後半だった私は、今思えば受け答えが面倒になるほど御内君に話しかけていたのだと思う。挨拶はもちろん、彼を取り巻く日常のことを話させるようにした。
最初は無視されていたが、徐々に御内君は私のことを見るようになってきた。
「…僕に興味があるんですね」
それが、御内君の初めての一言だった。
「僕に話しかけても、何もないですよ。えっと…誰でしたっけ、貴方は」
どうやら名前を覚える気もなかったようだ。
「私は黄瀬。黄瀬由紀人だ。私は君のことが知りたいんだ」
何回も告げたはずの名前を言うと、初めて御内君は咀嚼するように頷いた。
「面白い人ですね…黄瀬サン」
その日から、御内君は話しかけると私の名前を呼んでくれるようになった。
「どうして今まで喋らなかったんだい?」
そう問いかけると、御内君は別の方向を向いたまま
「僕、今まで生きるもの全てに興味がなかったんですが…黄瀬さんのように才能ある人は、面白いなって思うようになったんですよ」
と少しクシャッとした笑みのようなものを浮かべて告げるのだった。




