詠斗君の過去
カツカツと規則的な音を立てて、前を気怠そうに歩く詠斗を厳粛な顔で見張りながら永瀬は歩く。
後ろに立たれると、妙なプレッシャーがかかる。
「私は逃げも隠れもしないんで、後ろ歩くのは止めてもらえないですかね」
そう本音を言うと、永瀬は歩みを止めずただ無言で拒否の意を表す。
「だめですか、ハハ…」
永瀬はサングラスの左縁を擦り、顎で詠斗に進むよう指示する。
「つくづく…お前は出来損ないだ」
丁寧な言葉使いだった桜井との会談の時とは違い、威圧的な雰囲気を纏った言葉を永瀬は放つ。
「廃棄物であるお前が…まだ生きていることにも驚いている」
「何の話…ですか?」
廃棄物。何のことか、詠斗には心当たりがなかった。
「私の顔を覚えていないところをみると、記憶力の欠如は造り直されても改善していない…」
詠斗が立ちどまると、永瀬もすぐ後ろでピタッと立ちどまる。
「私と貴方が…会ったことがあるんですか?記憶にはないのですが」
「少し…お前の話をしよう。興味がなく忘れているだけの話だが…」
そう言って、永瀬はサングラスを外した。露わになった両眼は、燃えるように輝く朱色だった。右目には二ホンエリアに本社を構える大企業・レクス社の紋様が刻まれている。
「レクス社の紋様…でしたね。貴方の目に刻まれているのは」
「これは基準をクリアし、実験を耐え抜いた者にしかないものだ」
「実験…」
薄っすらと、何かを思い出しそうになる。期待を向けられて、人が離れていく。そんなフラッシュバックが浮かび上がってきた。
「お前も私も、生まれは一緒…試験管の中だ」
「造られた存在、だとでも?」
「お前は飛びぬけて期待されていた。御内詠斗という、優秀な頭脳を持った先人の脳情報から造られた…御内とやらも、お前と同じく情緒が欠落していた。それを改善して造ったのがお前だ…」
だが、書き換えをしたのにも関わらず詠斗は同じく情緒が欠落していた。頭脳は受け継いだはずだが、それを示すこともしなかった。
「御内は…お前の上司、黄瀬上級研究員の部下だった…研究員として、上戸前司令官にも気に入られていたようだが…病気で40代で亡くなっている」
「私は…サオリさんと同じく…複製だということですか」
自分の出自について特に気に留めたこともなかったが、幼少期の話を聞かせてくれる人物も、そんな環境も全くなかったとは言い切れる。ただ、遊び部屋のようなところでずっと置かれていた本を読んでいた、そんなような記憶しかないからだ。
雨の日に、崎下(記憶改竄を受けた上戸)が引き取りにきたのは、この過去が起因しているからなのだろう。
「あの雨の日に、社長が崎下灰理にお前を押し付けた…。『貴方の理論を使って失敗した廃棄物なのだから、責任を取ってください』と言ってな。私は人一倍聴力が高い故、社長の話は聞こえていた」




