壮年の恋と、悪夢の実験
サオリは兵器として創られた。だが黄瀬の感想ではきっとその意義は変わっているという。
そうであることを、詠斗は信じることしかできない。
「一度、会ってみたいものだよ。人に興味を向けない君を動かしたサオリさんとやらをね。私が最初で最後の恋をした白藤さんと同じ存在なのか…」
固くしていた表情を緩め、いつもの黄瀬の表情に戻る。黄瀬は本気で白藤に恋をしたのだろう。白藤の名を呼ぶたびに、感慨深そうな、または目が蕩けたようになるのだ。そういえば書庫で一枚、白藤の写真を抜き取ってきたのだった。
「黄瀬さん、この写真欲しいですか?」
ポケットから写真を出して見せると、黄瀬は目を丸くした。
「この写真、書庫にあったのかい?」
ええ、と詠斗が答えるが黄瀬にはこの写真が書庫にあるとは思わなかったようだ。
「当時の関係者は、写真が残っていないはずだったんだけど…。譲ってくれるのかい、この写真」
「いいですよ。ただし一つ条件を」
「なんだい?」
「サオリさんのこと、くれぐれも黙秘でお願いします。私は父から、<政府にサオリさんを渡すな>との遺言を残されているんで」
「分かっているよ。彼女がどれだけ脅威になりうるかは、私が一番知っている」
写真を受け取った黄瀬は、大事そうに懐にしまい込んだ。
「では、今日の業務に戻ろうか」
二人は通常業務である能力者のデータ観察に取り組んだ。この日の観察者は二名。<氷柱を作る能力>を持つ女性と、<劇薬の刃を生成する能力>を持つ男性だった。それぞれ能力名は<バートリー>、<サーンス>。初めて実験を観察した時と同じように、被験者には悪夢を見せている。二人には効果て覿面だったようで、<バートリー>は実験室の天井を突き破るほどの巨大な氷柱を生成、<サーンス>は劇薬の刃で部屋の四方を数十センチ溶かしてしまった。
二人の観察が終わりいったん休憩すると、午後からはストレスカウンターで測定した情報を読み込み、身体の変化度合いを調べた。
二人とも悪夢で多大なストレスと負の感情が検出されたが、更に部屋で撮影したサーモグラフィ<サーンス>は右手を劇薬の塊に変移させていたことが判明した。<バートリー>はまだ謎が多く、今回の解析では氷柱を作る理論は分からなかった。
データをパソコンに打ち込み、詠斗は黄瀬から帰宅を認めれた。
「では、お先に失礼します」
「気を付けて。サオリさんによろしく」
「ただいま帰りました」
今日は家に電気が付いている。鍵を開けて入ると、玄関でサオリは立って待っていた。
「エイト、おかえり!」




