記憶改竄の刑
「父さんは」
崎下は過去の記憶を失っていた。そして家から出ようとしなかった。
「記憶を、失くしていました。まさかそれって<記憶改竄の刑>を受けたからですか?」
詠斗の言葉に、黄瀬は小さく頷いた。
「その通りだよ。能力者プロジェクトは白藤さんの能力発現で成立しなくなった。生き残りの当事者たちは私のような研究に深く携わっていたごく一部の者と、政府高官以外は全員その刑を受けた。上戸司令官は過去の記憶を消去され、軟禁を言い渡された。名前も上戸と名乗ることは許されず、崎下灰理という名前をあてがわれてね」
<記憶改竄の刑>は、このエリアで死刑に次ぐ刑罰だった。過去の記憶を奪われ、改竄されるのだが大抵は俳人の道に進むようになっている。刑を受ける人間の罪が心の多数を占めるくらい増幅(罪がなくても嘘の記憶をいれる)させ、罪悪感で人を参らせてしまうものだ。
「父はサオリさんのことだけは忘れていなかった。ずっと彼女のことを見守り続けていたようです」
「つくづく、白藤さんが特別であることを思い知らされるよ。上戸司令官だった頃は冷酷な面が強いひとだったんだがね」
「父が、冷酷だった?」
あの穏やかな表情からは想像できない。黄瀬は額に手を当ててジェスチャーし、言い過ぎたと訂正した。
「能力者は、一般の人間より記憶力が優れているケースが多いんだ。改竄されても、白藤さんのことはハッキリと覚えていたんだろうね」
「サオリさんは、やはり<兵器>として創られたんでしょうかね」
黄瀬なら、知っているのかもしれない。そう期待を込めて、詠斗は問いかけた。
「最初は、間違いなく<兵器>として創られていただろうね。でも刑を受ける少し前…湯神震と戦う前に、私にこのキューブを渡しに来た。あの頃から、サオリさん?のことを別の見方で見ていたんだろう」
黄瀬の見解を聞いて、詠斗の心中は安堵する気持ちと非合理的と蔑む気持ち半々くらいになっていた。サオリのことを人間として見ていた可能性があるということについては、不思議と心がホッとするのだ。だが研究者としては、彼女を最初から最後まで兵器として完成させ、試運転させるべきだという考えも頭に浮かんでいた。そんな入り組んだことを考えていても、詠斗は無表情のままだった。
ここまで色々深く自分の感情を考えるのも、サオリと会ってからだ。それまでは自分より優秀な人間にしか興味を持たず、興味を持ってもせいぜい名前と直近の会話内容しか覚えていなかった。
だが今は、サオリのことを考えることに思考力を割いている。何をしていてもふと考えるのはサオリのことなのだった。




