管轄違いの見当違い
黄瀬は詠斗を最奥内の小さい個室に通し、革張りの茶色いソファに座る。
「また50年前の話ですか」
「50年前の話は、お偉いさん方には大層大事な話でね」
ポリポリ頭を掻いて、黄瀬は難儀な顔をした。
「で、なんですか」
「50年前の危険人物…柳祥子と玄森漆という名前は見たかい?」
「名前が記録されていましたね。確かその時柳さんは上戸司令官に引き立てられていて、玄森さんとやらは当時の連続殺人犯だった。柳さんの能力は<狂気を操る>力、玄森さんは<肉体をあらゆる兵器に変えられる>力でしたっけ?」
「流石の記憶力だ、詠斗君。柳祥子は湯神震との戦いに破れ死亡、玄森漆は潜伏地を張り込みして射殺された…だがね、研究サンプルとして遺体はニホン政府に回収されていたんだ」
私も知ったのは昨日だった、と黄瀬は付け加える。能力者研究は一人の人物が全てを把握することを避けられており、管轄が違えば上級研究員でも充てがわれた研究以外のことを知ることは完成した時以外は知ることができないらしい。
「その二人の遺体は、長い時間をかけて復元が試みられていたみたいでね。数年前に肉体の修復は終わり、政府に従順な気質の人格を入れる実験が続けられていた。そして詠斗君の休暇の間に、人格の植え付けが完了した。目を覚まさせると、実験は成功していたらしいんだが…ひとつ、問題が発生した。問題というより、その偉業とされることをはるかに超える発見」
「何があったんですか」
「…白藤さおりが、その現場に現れたようだ」
「白藤さんが…!?」
思わず声が裏返りそうになった。白藤は能力を使った後、一度も現れなかった。この厳重な管理区域になぜ姿を現したのか?
「彼女は突然姿を現し、間も無く粒子となって消えた。その際に粒子がいくつか二人の体に入ったのが目撃されている。目を開けていた二人は、植え付けた人格とは全く違う人格になっていた…。それはどうもオリジナルの人格とも違い、消極的でおとなしい市民に変わった。身体に残っていたはずの因子も、検査で消滅していることが確認されたんだ。柳と玄森は、一般市民に戻すことが検討されている」
「このエリアの高官たちの次の目標は…」
「当然、白藤さおりの確保だ。彼女がまだこの世界に存在していることが確認されたのだから」
白藤というオリジナルを確保できれば、研究は飛躍的に進歩する。
「今の司令官…桜井一馬氏は、君が極秘書庫で見た桜井拓という人物の甥に当たる。随分能力者のことにご執心でね。白藤さおりが現れたとの報告を受けた時には歓喜してたようだ。ここまでは、私の愚痴だ」
本題に入ろう、と黄瀬は仕切り直す。
「詠斗君、君は休暇明けにとある女性と会ったと言っていた。その女性…白藤さおりではないかい?」




