流星
書庫を出たときには、外は真っ暗になっていた。そういえば、サオリには早く戻ると伝えてしまった。
急いで帰らなければ。
白衣を更衣室にかけて、詠斗は足早に崎下邸へ戻った。
「遅くなりました」
崎下邸には、電気がついていなかった。出る前に会話をした人格は、年相応の落ち着きと知性を持っていたようだが、電気は分からなかったのか?
「サオリさん?」
家の鍵は施錠されたままだった。家の周りを歩いて窓を確認したが、どこも開いていないようだ。
サオリは中に居る。玄関の鍵を開けて、中に入り電気をつけると奥からドタドタと足音が聞こえてきた。
「エイト、お帰り!!」
サオリは満面の笑顔で詠斗に飛びついた。サオリのやや大きめの胸が、詠斗の無防備な身体に突撃して尻もちをついてしまった。
「サオリさん…」
サオリは言葉を話し始めたときの人格に戻っているようだ。あの時完全に人格は切り替わったのではないのか?いずれにせよ、また未知のやりずらい人格に戻っているのは確かなようだ。
「電気もつけないで、何してたんですか」
未だ離れようとしないサオリをどうにか宥めて、何をしていたのか尋ねた。
「あ、そうだ!エイト、来て!!」
サオリはパッと立ち上がり、未だ状況が掴めない詠斗を引っ張って二階のベランダに連れて行った。
力が思いのほか強く、非力な詠斗は引きずられるままだった。
「何ですか、まったく…」
「これ、見て!!」
サオリはテラスに入り、暗くなった夜空を指さした。
「すごいでしょ、黒い世界に白いのが駆けていくの!」
「流星群…ですか」
サオリと出会った日の夜空には、数多の流星群が流れていた。
「リューセイグン?あ、また流れた!エイト、見て!!」
サオリが興奮して詠斗に流星群を観ることを促したとき、彼女の身体に変化が起きた。
「!?」
背丈ほどある純白の鳥の羽が、サオリの背中を突き破って生えた。生えるという成長の痛みは全く感じていないようで、寧ろ興奮を表すように二度羽ばたき、大きな風圧がテラスを駆け巡った。
「さ、サオリさん?翼、生えましたけど…」
戸惑いぎみの素振りを見せながら、資料を事前に見た詠斗の心中はまだ平静を保っている方だった。
詠斗の戸惑いをみて、サオリは興奮を少し冷ましたのか羽ばたきをやめ、詠斗を不思議そうに見る。
「なんでだろ?あ、でもこれで…」
サオリはテラスの窓を全開にし、二階から飛び出した。大きく羽ばたくと、サオリの身体は夜空に浮いていた。
「へへっ。詠斗、捕まって!」
「え。ぼ、僕は遠慮しま…」
「だーめ!!」
詠斗が引き気味にしていると、サオリは強引に詠斗を抱きしめ、グングンと高度を上げて飛ぶ。
実は高所恐怖症の詠斗は無言で硬直していたが、サオリは気にせず体感で時速40kmくらいの速さで飛び続ける。
「…」
「エイト!綺麗でしょ!!」
サオリが眼差しを向けるのは、テラスで見たよりも間近で見る流星だった。その銀色の一筋が実に美麗で、思わず詠斗も息を飲む。
「エイトと近くで見たかったの!!」
「そう…ですね。本当に綺麗です」
サオリは空中で止まり、しばらく詠斗と藍色のキャンパスに浮かぶ銀光を眺めていた。