ことの始まり・3 <特殊型因子>
<白藤さおり>という名前に、詠斗は目を奪われた。名前を見るだけで、引き寄せられる何かがある。
そういえば、黄瀬が恋したという女性の名前は<白藤>だった。
もう少し、白藤さおりという人物を知りたい。書庫から当時の関係者の詳細が書かれた記録を探し見つけたのは、彼女もまた特殊な因子を持っていたという記録だった。
現在、プロジェクトで研究しているのは攻撃型と呼ばれる因子のみだ。攻撃型因子はその名の通り、<攻撃に使用する能力>しか発現しない。50年前も、この因子しか存在しないと思われていた。
だが50年前には、その因子と異なる能力者因子を持つ人間が3名いた。<特殊型因子>とい名付けられたその因子は、持つものが感情を高ぶらせ能力を発現させるときに攻撃以外の能力を引き出す可能性がある、というものだった。数守砕、白藤さおり、また梵の共同研究者である上戸拝もその因子を持つ人物で、この三名は特殊な能力を保有していた。
数守は<治癒能力>。肉体から精神まで、全てを治癒させることができた。
上戸は<力の倍増>。あらゆる現象を一旦吸収し、2倍から10倍に威力・効力を増幅して放つことができた。
そしてその三名の中でも、白藤は更に特殊だった。能力は一人に一つしか宿らない(考察によれば細胞がその力を放つために変化し、そこからさらに変化させることを肉体と脳が認めないらしい)が、白藤は理論だけでいえばあらゆる能力を無限に使うことができる体質だったようだ。
本来の白藤の能力は、<実体の不明瞭化>だけだった。これは回避に特化したもので、物理攻撃や火炎放射のような特殊攻撃を受けても効果を受けることがない。能力発現後、彼女の身体構成は非常に不安定になった。大きな精神負荷を感じることで、彼女の身体は<あらゆる状態になることができる>肉体になった。
この能力に、さらに彼女が持つ<吸血鬼因子>と呼ばれる有形無象から無意識にごく微量の生命エネルギーを吸収する力が組み合わさり、彼女が感情を高ぶらせその気になれば、吸収したエネルギーを元に湯神のような<歪み>も、あるいは数守のような<癒し>も、全て使用することが出来た。
彼女が実際に使った能力は二つ。<実体の不明瞭化>と<驚異的な治癒>だった。
<驚異的な治療>は、50年前にプロジェクトを中断した大きな要因の一つでもある。湯神と上戸が戦った際に、上戸が湯神に挑発をするため白藤を強制的に戦いの場に輸送した。その際に白藤は二人の戦いを止めようと自己犠牲の感情を高ぶらせたが、その際に白藤の肉体及びエネルギ-を全て<人間のあらゆる身体の悪い部分を取り除く粒子>に変え、全世界に飛散させた。
彼女の存在が消滅する反面、粒子によって全ての人間の病魔や身体欠損がなくなり、また<能力者因子>も『なかったこと』にした。
その後、白藤さおりは一度も姿を目撃されていない。
プロジェクトは成立しなくなったため、元能力者たちと上戸は機密情報漏洩を恐れた政府に『記憶改竄の刑」を執行され、政府高官やごく一部の研究者以外はその計画を知るものはいなくなった。
黄瀬曰く、高官が能力者因子への野望を捨てきれなかった。(高官が)信頼できる研究者の記憶を残したのも、『なかったことにされた』因子を復元したかったからだ。
白藤の容姿が気にかかり、次は彼女の写真を探した。
だが、公式の情報では不可解なことに50年前の計画に関わった人間の顔写真は一つも残っていなかった。
全ての書棚をくまなく探すと、能力者研究に全く関係ない一番端の書棚の隅に、隠されて忘れ去られたアルバムがあった。
だれが隠したのかは分からない。白いプラスチックのファイルに、何枚か写真が入っていた。