鼠、そして人
「ミノ、道具屋に桶を届けてくれないか。」
家の外から声がしたので窓から顔を出すと、父ブルガノが桶を20個ほど台車に乗せていた。
「分かった。どこまで?」
「町の西側にあるイーノさんの農場だよ。代金は先に貰っているから、届けるだけでいい。」
ミノは父親から羊皮紙の注文票を受け取って商品を確認した。
ここで個数の間違いがあっては洒落にならない。
重い台車を引いて2往復するのなんて御免だ。
「水を運ぶための中型の桶が5個、飼葉を貯めておく大型のものが5個、
それから…井戸から水を汲む井戸が2個と、残りは絞った乳を受ける大型のが12個ね」
「ああ、台車があれば一人で運べるだろう?」
「任せておいて」
そう言って、ミノは荷車を引いて歩きだした。
正直言うとかなり重いが、それは桶ではなく荷車の重さだ。
少々のことではひっくり返ることがないように、ある程度は重く作られている。
ここで重いと駄々をこねると父と二人で荷車を運ぶことになる。
つまり、子ども扱いされていると道中宣伝して回っているのと同じだ。
医者の弟子が医者にくっついているのとは訳が違う。
「疫病が流行っているこんなときに、ミノを一人で遠くに行かせるんですか」
物音を聞きつけた母のローラが出てきた。
背が高く、ブロンドの髪を後ろで三つ編みにしている。
若い頃はよく笑う美人だったと聞くが、情報源が父親なので半信半疑だ。
少なくとも、今は笑っていない。
「物騒も何も、私たちは仕事をしなければ生きていけないんだよ。
それに、町の中じゃないか。知らない場所でもあるまいし」
「それでも、何かあったらどうするんです。
子供は体ができていない分、病に弱いでしょうに。
マレイン商会のお嬢さんだって」
「人がいるところで、そんな話はするもんじゃない」
父が母の言葉を遮った。
「お母さん、心配しなくてもすぐに帰ってくるから」
母が後ろから何か叫んでいるが、ミノは構わず歩き出した。
心配性の母だが、心配はもっともだ。
猫の疫病が原因で町中の猫が排除され、町では鼠が増えた。
それも由々しき事だが、その鼠もまた、猫と同じように痙攣を起こしているのが見つかったのだ。
程なくして、町の商人の娘が痙攣を起こして寝込んでいるという噂を聞いた。
さっき母が言いかけたのはそれだ。
3日経った今でも、症状は全く改善していないらしい。
だからといて、商売を止めては生活ができなくなってしまう。
特に、うちの客先は酪農を営んでいる。
動物たちの世話を止めるわけにはいかないのだ。
ミノは西に向かって台車を進めた。
帰り道、ミノは森の傍でワタルを見かけた。
一緒に伯父はおらず、ワタル一人のようだ。
「ワタル、こんなところで何をしているの?」
「ミノ、3日前にマレイン商会の娘が疫病にかかったのは聞いているかい?」
ワタルは森の方を見ながら言った。
「聞いているわ、それを聞いて母さんは私の外出を嫌がるの」
「今日、分かっているだけで、5人が同時に疫病にかかった」
説明色が強い回が続きましたが、次からミノがオタクを爆発させる予定。




