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後日談

閲覧いただき、ありがとうございます。

後日談を書かせていただきました。おまけのようなものなので、ご興味がある方はぜひ。

お付き合いいただければ幸いです。

一体、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


私はどんどん意識が遠のく中で、これまでのことを思い返していた。



1ヶ月前。

ミハエルの誕生日を翌月に控えた私は独り、家計簿とにらめっこをしていた。


基本、自給自足の生活で足りないものは内職で補っていた私は誰かの誕生日を祝うほどの金銭的な余裕がないのだ。


私は暫く考えた後、ある決意をした。

……働こう。



「それで、俺のところに来たってわけか」


ルーカスは私の履歴書と私を交互に見ながら、唸った。


「裏方を希望しているんです。料理全般は問題ないと思います。一応、判断材料として、料理とケーキは作ってきましたが……」


ルーカスはタッパーに詰めた煮物とケーキを一口ずつ食べて、頷く。


「ミハエルの女の頼みだしな。それに、真面目そうだし、料理の腕も良さそうだ。初めは皿洗いからやってもらおうか。時給はこのくらいでどうだ?」


ルーカスは紙に金額を書く。

この時給であれば、誕生日プレゼントだけでなく、ディナーの用意もできるかもしれない。


「ありがとうございます。あと、もう一つお願いがあるのですが、私がここで働いていることはミハエルに秘密にしてほしいんです」


すると、ルーカスはニヤリと笑った。


「ミハエルの誕生日祝いの為だろ?分かってるよ!俺はミハエルを喜ばすことだったら、いつでも協力するぜ!」


私は自分の乙女チックな行動に恥ずかしくなり、頬が赤くなるのを感じた。


「ルーカスさん、今日のメニューで相談があるんですけど……」


面接が終わったことに気がついたのだろう。

エプロンを着た男がレシピの書いてある紙を持って、こちらに来た。


男はこちらに気がついて、軽く会釈をする。


「すみません。盗み聞きするつもりはなかったんですが……これからアルバイトされる方ですよね。俺はキッチン担当のアイザック・スウィフトです。基本キッチンは俺しか居ないんで、何かあればいつでも聞いてください」


アイザックは無表情で私に話しかける。

一見、気難しそうな人に見えるが、性格は優しそうで安心した。


「レティシア・ホーテンです。この前、ここのお店でご飯食べたんですけど、凄く美味しかったです。至らぬ点もあると思いますが、よろしくお願いします」


そう言うと、アイザックの表情は少し和らいだ。


キッチン担当はアイザックと私、フロア担当はルーカスが回しているらしい。

人気の離れたレストランだと思っていたが、まさか2人で回していたとは驚きだ。


暇を持て余していた私は週5フルタイムで働くことにした。


アイザックに一通り、店の情報やメニューの内容について教えられた私は1つの疑問が浮かんだ。


「アイザックさんは、どうしてルーカスさんのお店で働いてらっしゃるんですか?」


私が疑問をそのまま投げかけると、アイザックは目を伏せた。


「俺は人付き合いが苦手なんで、いくら裏方シェフでも、なかなか他の店では雇ってもらえなかったんです。でも祭りの時に出店出した時にルーカスさんに腕を認められて……それからここに来たんです。今ではキッチン全般を任され、一部のメニュー作成は俺が考えているんです」


アイザックは、心なしか少し得意げな表情をしている気がする。


ルーカスもアイザックも自分のやりたいことに向けて一生懸命なんだな、と思ったと同時に、自分の動機の不純さに少し恥ずかしくなった。


ミハエルもまた、国のために自分の能力を使って、大きな仕事を成し遂げている。


私は一体何をしているんだろう。

手に職もない私に、何が出来るんだろう。


「レティシアさん、大丈夫ですか?」


アイザックに声をかけられ、私はハッとする。


「すみません、少し考えことをしていました。大丈夫です」


わざわざ質問に答えてくれたのに、呆けるなんて失礼なことをしてしまった。

私が首を振ると、アイザックは席を立つ。


もしかして、怒らせてしまっただろうか、とあたふたしていると、アイザックは冷蔵庫から何かを取り出して、私の目の前に置いた。


「面接後、すぐに休みもなしで色々説明してすみませんでした。休憩しましょう。試作品ですが、良かったら食べてください」


ピンク色をした可愛らしいデザインのケーキを差し出された。私はアイザックの優しさに思わず頬を緩ませてしまう。


「アイザックさんは、こんな繊細なデザインのケーキも作れる器用な人なんですね。ありがとうございます。お言葉に甘えていただきます」


私がケーキを美味しそうに頬張っていると、視線を感じた。視線を向けると、少し不思議そうな表情をしているアイザックがいた。


……黙々と食べてないで、キッチンアルバイトらしく感想を言うべきなのだろうか。


美味しいです、と笑顔で応えると、アイザックはハッとした表情で目を伏せた。


「すみません。食べているところ凝視しても困りますよね。普段、表には出てないんで、誰かが俺の作ったものを美味しそうに食べてくれているの、初めて見て……その、嬉しくて、つい……」


アイザックは無表情な人だと思っていたが、どうやら普通の人よりも感情表現が豊かなようだ。


私はアルバイト先が良さそうな場所で安心した。


こうして、私の秘密のアルバイト生活が始まったのだった。




「……留学ですか?」


国王に呼び出されたリヒャルトは交換留学の詳細の紙を見ながら、国王に尋ねた。


「ああ、お前は次期国王候補として、東にあるステラ国で研鑽を積んでほしい。社交界での評判も学業でもお前の評価は高いが……お前には欠けているものがある。それをこの留学で学んでほしい」


リヒャルトは少し眉を顰めて、尋ねる。


「私に……足りないものですか?」


「何が足りないかも自分で考えなさい。お前は国王としてはまだ未熟だ」


リヒャルトは分かりました、と言って、部屋から出た。




その日から、リヒャルトは残っている執務と講義に取り掛かり始めた。


リヒャルトの留学決定から1ヶ月後。

リヒャルトの様子を窓越しに見つめていたローズは溜息をつく。


(リヒャルト様も大変そうなのに、私は自分のことで精一杯だわ。この生活、息が詰まりそう……)


リヒャルトの留学が決まってから、ローズとリヒャルトの交流は一層減ってしまった。


(リヒャルト様が不在になる今、私も次期王妃候補として研鑽を積まないと……)


まるで、溺れているような感覚に陥る。

ローズは思わずベランダの窓を開けて、大きく深呼吸をする。


「全然すっきりしないな……」


ローズが独り言を呟くと同時に部屋のドアをノックする音が聞こえた。


ローズは溢れそうな感情に蓋をして、笑顔で応えた。


「どうぞ、お入りください」





「レティシアさんは本当に飲み込みが早いですね。1ヶ月の短期バイトじゃなくて、続けて欲しいくらいです」


アイザックの褒め言葉に思わず嬉しくなる。

最近、アルバイトを始めてから、生活にメリハリがつくようになった。


社会と関わりを持つのも悪いことばかりじゃないかもしれない。


「お役に立てて、光栄です。私もここで働くの凄く楽しいです」


「……そうだ。確か君は恋人の誕生日祝いでこのアルバイトを始めたんですよね。ケーキのレシピとかオススメの雑貨屋とか教えましょうか?……いや、こんなの他人が提案するものじゃない、か……」


アイザックがモゴモゴと提案したアイデアを私は即答で提案を受けた。


プロにケーキのレシピを教えてもらえれば、クオリティの高いものを作れるし、男性が好きな雑貨屋を教えてもらえれば、ミハエルの好みと合うかもしれない。


こうして、私はアイザックからレシピと雑貨屋を紹介してもらうことになった。





ミハエルは最近、レティシアにあまり会えていないことに気がついていた。


レンは事情を知っているらしく、その話題を振ると、はぐらかされてしまう。


レティシアの事を考えながら、城に戻る途中、ローブを被った小柄な人とぶつかった。


「すまない、大丈夫だったか?」


小柄な人はミハエルとぶつかったことで、尻餅をついていた。ミハエルが手を差し伸べると、ローブで覆われた顔が見えた。


それは、今にも泣きそうな表情をしたローズだった。


「君は……」


「ごめんなさい、見逃してください!」


「待ちなさい。護衛も付けないでどこに行くのですか?」


ミハエルはローズの腕を思わず掴んだ。


「……乳母が危篤状態なんです。実の母は仕事で忙しかったので、私が大きくなってからも世話をしていただいてたんです」


「では、護衛を付けて行けばいいだろう」


「リヒャルト様がもうすぐ留学を控えているのです。大事な時期にあの方を心配させたくないのです。護衛をつけたら、嫌でもリヒャルト様の耳に入りますから」


護衛をつけずに無断で城を抜け出す方が心配させると思う、とミハエルは反論しそうになるのをぐっと抑える。


目の前にいるローズは、迷子のような表情をしていたからだ。


「分かりました。このことは誰にも他言しないようにします。ただし、私をお供にして下さい。またお見舞いに行かれる際は私に声をかけてください。貴女は王子の婚約者なのですから」


自覚を持ってください、と言おうと思ったが、ローズの切羽詰まった表情を見ると、とても口に出すことは出来なかった。


「……何でも自分で処理しようとしないでください。頼る人が居ないなら、私でもいいので頼ってください」


「……ミハエル様はレティシア様と婚約されてると伺いました。貴方はこんな私を守ってくれるのですか?」


ローズの言葉は、レティシアを窮地に陥らせた自分を守るのかという自嘲めいたものに聞こえた。


「……目の前に困っている人が居るのに見捨てられません。私はこの国のすべての人を幸せにする為に今の職に就いているのですから」


ミハエルの言葉にローズは押し黙った。





「色んなホールケーキの種類があるんですね。アイスケーキも自分で作れるんですか?」


閉店後、私は約束通りアイザックと様々なレシピを見比べていた。


「意外と簡単に作れるんですよ。アイスケーキがお気に召しましたか?」


「ええ、この前アイスクリームを美味しそうに食べていましたから、きっと気に入ります」


「……そうですか。コピーして、いくつかのトッピング案もメモしますね。あとは雑貨屋なんですけど、ちょっと辺鄙なところにあるので、案内しますね」


レシピを片付け、コピー機に向かうアイザックに私は慌てて答える。


「でも、そんなにしていただいたら、悪いですよ」


「いえ、何かあったら困るので。今日は遅いですし、休業日の明日はいかがでしょう?」


私は少し戸惑いながらも、折角のアイザックの厚意に甘えることにした。





そして、次の日。

私はアイザックと少し離れた所にある雑貨屋まで汽車に乗って向かうことになった。


「レティシアさん、朝食は摂りましたか?」


汽車に乗って、しばらくしてアイザックが尋ねてきた。私が首を振り答えると、アイザックはプラスチックの容器に入ったマフィンを差し出してきた。


「エッグマフィンです。まだ温かいと思うので、冷めないうちに食べてください」


「あ、ありがとう……ございます」


私は厚意に甘えて、エッグマフィンを頬張ると、アイザックは少し嬉しそうに微笑む。


「……あの、アイザックさんはどうしてそんなに優しいんですか?朝食用意していただいたり、今日もこうして付き合っていただいたり……」


「そんなことないですよ。俺はレティシアさんが美味しそうに食べてる姿とかが好きなだけですよ」


おそらく、他意のない発言だと思うが、このストレートな発言は心臓に悪い。

私はひたすら食べることに集中した。


「……レティシア?」


私がマフィンを口に頬張っていると、聞き慣れた声が私の耳に届いた。


顔を上げると、そこにはミハエルとローズの姿があった。


2人の姿を見て、胸の奥がずしっと重くなった。


(何で……この2人が一緒にいるの?)


護衛が居ないこと、2人が変装をしていることから、お忍びで来ているのが分かった。


嫌な予感に震えが止まらなくなる。


「……レティシア、その方は?」


私が動揺を隠せずにいると、アイザックが代わりに答えてくれた。


「アイザック・スウィフトです。レティシアさんの友人です。今日は俺の買い物に付き合ってくれているんです」


「そうか……俺はレティシアの婚約者だ。ミハエルと呼んでくれて構わない」


お忍びで来ている為、素性を隠したいからか、ミハエルはいつもより小さく、低い声でアイザックの挨拶に答えた。


「婚約……されていたんですね」


アイザックの呟きを最後に、しばらく気まずい沈黙が流れた。


沈黙を破ったのは、車内アナウンスだった。

ちょうど、私達が降りる予定の駅にまもなく着くそうだ。


「すみません、私達は間も無く降りるので、失礼します」


私は2人のことが見れずに、俯いたまま答えた。

ミハエルとローズは何も言わずに、その場から離れた。


やけに遠ざかる2人の足音が耳に響いた。





「すみません。もっと俺が上手い言葉で答えれば良かったんですが……」


「いえ、アイザックさんは何も悪くないです。私から後でちゃんと伝えなければいけないと思うので」


ただ、相手の喜ぶ顔を見たかったはずなのに、何故こんなことになってしまったのだろう。


(……ミハエル、傷ついていた)


私を呼んだ時の顔、今まで見たことのない、複雑そうな表情をしていた。


ちゃんと話さなければ。

物だけじゃなくて、ちゃんと言葉にして、想いを伝えなければ。



「……そう思ってたのに、全然ミハエルと会えないんだけど」


私はミハエルの家の門で独り呟いた。

レンは中で待つように促してくれたけれど、今ごろローズと一緒に居ると思うと、どうしても待つ気になれなかった。


私が帰る旨をレンに伝えると、レンは心配そうな表情をした。


「何カアッタラ、僕ノ名前ヲ呼ンデ。スグニ駆ケツケルカラ」


レンはそう言うと、手作り感溢れるブレスレットを私に渡した。

青い石が光に反射して、光って見える。


「……レン、ありがとう。御守りにするね」


こんなことで、拗れてしまっては仕方ないと頭で分かってはいても、なかなか行動に移せずにいる。


(まだ夕方だし、少し散歩でも行こうかな)


気分転換したら、きっと素直になれる。

そう思った私は自分の家とは別の方向に進んで行った。





どれくらい歩いただろう。

見慣れない景色が広がる。人気もなく、そろそろ日が暮れてしまうので、帰るべきだろう。


(何をやっているんだろう……帰ろう)


不意に我に返った私は、踵を返して、帰路に向かおうとした。


「やめてください!」


不意に女性の声が聞こえた。

声のした方を見てみると、そこには複数の男性に無理矢理、馬車に押入れられそうになっている女性の姿があった。


(誰かを呼ばなきゃ……ああ、でも誰もいない!)


「レン!」


切羽詰まった私がレンを呼ぶと、ブレスレットが青く光った。


私はレンが来るのを待たずに、近くにあった小枝を持って、馬車に向かって走った。


「ちょっと、貴方達!何しているの!」


私は無理矢理、集団の中に入り、女性の腕を掴む。女性は突然の私の介入に驚いたように顔を上げる。


「……レティシア様?」


「……ローズ様?」


私達が一瞬呆けていると、隙をついた男達が私達に何かを嗅がせた。


私達は急激な眠気に誘われ、抵抗する間も無く、無理矢理馬車に押し込まれた。


「レティシア!!!」


馬車の扉が閉まると同時にレンの声が聞こえた気がした。





執務を終えたミハエルは片付けを終わらせて、深いため息をついた。


レティシアに何を話せば良いか分からず、いつも以上に城にある執務室に篭ってしまっている。


執務中もレティシアとアイザックの顔が浮かび、全然仕事が捗らない。


どうしたものかと逡巡していると、部屋にノック音が響いた。

入るように促すと、扉が開いた。


「リヒャルト様。いかがなさいましたか?」


「執務中に失礼します。いくつか質問したいことがありまして……」


リヒャルトが書類をパラパラと捲り、説明を始めようとすると、窓が勢いよく叩かれた。


ミハエルはリヒャルトに断りを入れ、窓を開く。


すると、レンが勢いよく入ってきた。


「レン?どうしたんだ、慌てて……」


「レティシアガ拐ワレマシタ!アト、多分ローズ様モ一緒カト……」


レンの言葉にリヒャルトもぴくりと眉を顰める。


「それは本当か?」


ミハエルは慌てながら、レンに状況を確認する。


「ミハエル様二教エテイタダイタ召喚魔法デ作ッタブレスレットヲ、レティシア二渡シタンデス。呼バレテ行ッテミタラ、集団二変ナ薬ヲ嗅ガサレテ馬車二押シ込マレテ……」


レンの言葉を聞いたリヒャルトはすぐさま執務室から飛び出した。


「リヒャルト様お待ちください!……レン、場所の目処はついているか?」


「ハイ、ゴ案内シマス!」


ミハエルもリヒャルトの後を追いながら、慌てて駆け出した。





「……レティシア様、起きてください」


ローズに揺り起こされた私はゆっくりと目を覚ます。


私が目を覚ますと、安堵したような表情のローズがいた。


「ここは……小屋?」


「ええ、水音が聞こえますので、池か海の中に立つ小屋みたいです。さっき、少し歩いたら床が腐ってたところがあったので、動く際は気をつけてください」


淡々と答えるローズに私は少し驚く。

私がローズに対して抱いていた印象は常に誰かに守られるか弱い少女のイメージだったからだ。


「随分と冷静なのね」


「……ここに来たのは自業自得です。騒ぎ立てるわけには行きません。レティシア様も巻き込んでしまい、申し訳ありません」


深々と頭を下げる、ローズに何て答えれば良いか少し迷ってしまった。


「それだけではありませんね。レティシア様には謝らなければならないことが沢山あります。謝って済む話ではありません。赦していただく必要はございませんが、一度謝らせて欲しいんです。数多くの非礼をお許しください」


私が困惑しているのを見たローズはさらに頭を深く下げた。


「いえ……人の心は移りゆくものですから」


ローズを責めることは出来ない。

仕方のないことだ。運命に逆らっても良いことはない。


「……私から説明することでもないと思いますが、この前ミハエル様と一緒に居たのは、私が勝手に城を抜け出そうとしたので、ミハエル様のご厚意で護衛をしていただいただけですので」


「そうだったの……」


ローズの言葉に私は少し安堵する。


「でも何故城を抜け出そうとしたの?」


「乳母が危篤になって、リヒャルト様に迷惑を掛けたくなくて……いえ、それだけではありませんね。きっと昔の環境に少しの間でも戻りたかったんだと思います」


ローズは眉を顰めて、淡々と話す。

私はローズと面と向かって話すことは少なかったが、勝手に抱いていた幼い少女のような印象とはかけ離れていた。


(いや、あの時の彼女はそうだったかもしれない。今の環境が彼女を成長させざる得なかったのね)


あの環境に居たからこそ分かる。

国の顔として、王妃は常に冷静に物事を対処し、国王を支える存在にならなければならない。


あどけない少女が急にあの環境に投げ込まれたら、逃げ出したくもなってしまうだろう。


「……逃げ出したらダメですよね。何回かミハエル様に護衛してもらって、こっそりお見舞いに行ったんです。日に日に容態が悪くなる乳母が心配で仕方がなかった。そして、今朝、乳母の訃報を聞きました。でも、ミハエル様を独占してしまったら、ミハエル様にもレティシア様にも迷惑がかかると思って、最後に独りでお別れをしに行こうと思ったんです……結局、レティシア様にも皆様にもご迷惑をお掛けする状況になってしまいましたけど」


ローズは堰を切ったように涙を零しながら、流暢に話す。


私は思わずローズを抱きしめた。


「同情なんて要りません。私にはそんな資格ありませんから……」


無理に強がろうとするローズを見た私は哀れみでもない、優越感でもない、ただ彼女を励ましてあげたい気持ちになった。


かつての恋敵だけれど、放っておけなくなってしまったのだ。


「資格とかそんなの関係ありません。目の前で困っている人を見捨てるわけにはいきませんから……」


私がそう言うと、ローズは少し笑った。


「本当にお似合いの二人ですね」


私はローズの言葉に疑問を抱いたが、それよりも状況の整理が必要だ。


しばらく、話し合いを続けて、状況を整理していると、誰かの足音が聞こえた。


もしかして、あの集団が戻ってきたのだろうか。


荒々しい音が扉から聴こえてきた。


しばらくして、大きな音が響くと、扉が思い切り倒れ、砂埃が舞った。


「ローズ!レティシア!」


「リヒャルト様……」


そこには、リヒャルトの姿があった。

リヒャルトは私達の手足を拘束していた縄を切ると、外に出るよう促した。


ローズの手を引くリヒャルトを見て、私は何も思わないことに気がついた。


(……もう完全に過去と決別出来たんだな)


2人の後を追って、出口に向かおうとすると、急に水音と共に視界が暗くなった。


2人が切羽詰まったような声で私の名前を呼ぶのが聞こえて、初めて自分が落ちたことに気がついた。


どんどん息が苦しくなり、意識が遠のく。


どうして、私はいつも空回りをしてしまうのだろう。

自分が情けなくて仕方がない。


限界を迎えた私は意識を手放す瞬間、ミハエルの声が聞こえた気がした。






私は暗闇の中で独りでいた。

出口も見えない状況で闇雲に走っていると、声が聞こえた。


『お前はホーテン家の人間として、王妃になるんだ。そして、ホーテン家に箔をつけるんだ』


『レティシアは良い子なんだけど、ローズのことが気になってしまう』


『あんたのせいで、俺達は路頭に迷ってるんだ!』


私を責め立てる声が頭の中に響く。

やめて、これ以上、責めないで。


私が耳を塞ぎ、蹲って唸っていると、ふと、手が温かくなるのを感じ、別の声が聞こえた。


『レティシア、頼む。目を覚ましてくれ、君なしでは私は生きていけない』


ああ、そうだ。

私は貴方が居たから、生きていけるんだ。


目を覚まさなきゃ。私を必要としてくれる人がいるのだから。





私がゆっくり目を覚ますと、そこには泣きながら私の手を握るミハエルがいた。


「おはよう。目覚めるのが遅いぞ」


「……おはよう」


どうやら、私は溺れてから、二日間眠りこけてしまっていたらしい。


集団はリヒャルトが拘束し、摘発し、ローズも無事に城へ戻ったとのことだ。


「良かった……って今日ミハエルの誕生日よね?」


私は思わず勢いよくベッドから飛び上がる。


「ああ、そうだが……」


結局、ケーキもプレゼントも何も用意していない状態でミハエルの誕生日を迎えてしまった。


「ミハエル、誕生日おめでとう……今度ちゃんとお祝いさせて」


「いや……君が居てくれればそれだけで十分だ。他には何もいらない」


ミハエルは私の言葉にそう答えると、額にキスをした。


ミハエルの優しい表情に思わず泣きそうになる。


「……私もミハエルが居てくれればそれでいい。ありがとう、私を必要としてくれて」



その後。

私が誕生日祝いの為にルーカスのところでアルバイトをしていること、アイザックは同僚だということを告げた。


「……それで、アイザック君にケーキとプレゼント選びに付き合ってもらったと」


「ええ、アイザックさんに選んでもらえれば、外れないかな、と思って。それにしてもアルバイト楽しかったわ。貴方の喜ぶ顔が見たかったのがきっかけだけれど、これからも続けて行こうかしら」


私がそう告げるとミハエルは深いため息をついた。


「君の気持ちは嬉しいし、何かやりがいを見つけたなら応援するが、他の男と仲良くしてるのは、少し妬けるな」


額と額をくっつけて、今にもキスをしそうな状態でミハエルは私に告げる。


「君は私の婚約者だ。誰にも渡すつもりはないから、君もそのつもりで居て欲しい。ずっとそばに居てくれ」


「……はい」


思わず、恥ずかしくなって、近いと抗議すると、ミハエルは目を離すとどこかに行ってしまいそうだからと、意地悪そうに笑った。


こうして、突然の波乱は終わりを告げたのだった。


これからも色んなことがあるだろうけれど、きっとこの人となら乗り越えられていける。


不敵に笑うミハエルを見て、私はそう思うのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

評価、ブックマーク、コメント等宜しくお願いいたします。


本章で掘り下げきれなかったエピソードはまたいつか投稿します!宜しくお願いします。

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