1.とりあえずまったりお茶会
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これは夢でないことが最近になってようやく分かった。
分かったというより、その現実を受け入らざるを得なくなったという方が正しいかもしれない。
いくら待っても夢から醒める気配はなく、ウサギ男との生活は醒めない悪夢のように続いた。
男--ラビは、私が大人しく従順なペットに徹していれば、優しく接してくれた。
優しいというより甘いという言葉の方が合っている。
服はこんなに世の中に白のワンピースがあるのかと驚くほど毎日違うものを準備してくれるし、食べるものに関してはどれも口に入れると溶けてしまうほどおいしいものばかりだ。
午後にはイチゴタルトやアップルパイなど女なら思わず心が躍るものをデザートも用意してくれる。
これが一週間程度ならまぁいい。
けれど毎日となると、身の丈に合わない生活は庶民の私には息苦しいものがあった。
豪華な食事やデザートも胃がもたれてくるし、部屋から出られない生活でこんなに食べていいのかカロリーも気になるところだ。
「……アリス、どうしたの? 今日のおやつは好きじゃなかった?」
食が進まない私の顔をラビが心配そうに覗き込んだ。
私たちは中庭のバラ園でお茶会の真っ最中で、テーブルから少し離れたところに控えているメイドさんを除けばほぼ二人きりだった。
部屋には鍵がついていて自分の意志で外に出ることは出来ないけれど、時々こうして中庭くらいならラビ同伴のもとで出してくれる。
私は慌てて首を横に振った。
「ぜ、全然! すごくおいしいわ! 私こういうの大好き」
ケーキスタンドのプチケーキをひとつフォークで刺してそのまま口に放り込んだ。
ラビはその様子にクスッと笑った。
「そう、好きならよかった。でもそんなに慌てて食べなくてもまだいっぱいあるからね」
「あ、あははは。あ、ありがとう……」
私は口の端を引き攣らせながら笑った。
おいしいけれど別にたくさんはいらない、という言葉は甘いケーキとともに飲み込んだ。
以前、同じように食が進まないことを指摘された時に「あまり好きな味付けじゃなくて……」と言ってしまい危うくシェフが殺されそうになったのだ。
その時はシェフに銃を向けるラビを必死に止めたので、死人は出なかったけれど、自分の何気ない言葉が人の生死に直結する事実にぞっとした。
それ以降、言葉には慎重になった。
「それにしても今日は本当にいい天気だね」
「そうね……」
私は青空をぼんやりと見上げた。
空は私のいた世界と変わりないものだった。
端に控えているメイドさんもウサギ耳のない普通の人間だ。
もしラビの頭上に耳がなく、銃なんて物騒なものを持っていなければ、まだこの世界を現実世界として受け入れることができた。
けれど、ラビの存在はあまりに異質で、現実味がなかった。
もしこれが夢でないとすれば、ここはどこなのか……?
辿り着いた答えは、本当に非現実的で、痛い妄想と紙一重なのだけれど、どうやらここは異世界らしい、ということだった。
異世界トリップなんて漫画みたいなことがまさか自分の身に起こるなんて最初は信じられなかったけれど、ウサギ耳の男を私のいた世界に当てはめる方が極めて困難だった。
ということで、私は自分が異世界トリップした、ということでとりあえず落ち着かせることにした。