16.質問もんもん
「まぁ、名前なんかどうでもいい。話を進めよう。アリス」
「え、あ、はいっ」
いきなり名前で呼ばれて思わず背筋がシャンと伸びた。
「話をする限り、お前はどうもこの国の人間ではないようだな。当たり前のことが分からず、当たり前のことに驚く」
「悪かったわね。たぶん、恐らくだけど、この国の人間じゃないどころか、この世界の人間でもなさそうよ、私」
「ほう」
興味深そうに呟いてダリウスの体が前のめりになった。
「それはどういうことだ」
「私がいた世界ではチェシャ猫なんて不思議な猫はいなかったし、そもそも猫耳やウサギ耳が頭についている人なんていなかったわ」
「へぇ! おもしろい世界だね! じゃあ人さらいする時はどうしてたの?」
チェシャ猫が声をキラキラさせて食いついてきた。
「いや、人さらいなんて物騒なこと日常的に行われていなかったから……」
少なくとも一般人の私の知る範囲ではそんなことはなかった。
「じゃあどうしてこの世界に来たんだ?」
「私が知りたいくらいよ……」
ハァと、大きくため息を吐く。
「目が覚めた時にはもうラビの家にいたわ。ラビは私の質問をいつもはぐらかせていたからどうやって来たかは分からないの」
「……その時、既にお前の体はメアリーのものだったのか」
「……分からないわ」
「分からない?」
ダリウスが眉根を寄せた。
不穏な気配を察知して、私は慌てて弁解した。
「だ、だって、自分が自分じゃないかもなんて普通疑う? それに私がいた部屋には鏡はなかったし、窓は高い位置にあったから、全く自分の姿なんて見えなかったのよ」
「……他の部屋にはなかったのか?」
「鍵を閉められていて他の部屋なんかに行けなかったわ。時々、ラビの同伴で中庭に出ることはあったけど、その時は道を覚えられないよう目隠しをされていたし……」
言いながら、あまりにも自分の姿を見られない状況が揃いすぎていることに気づいてハッとした。
……偶然? いや、そんなことあるはずがないわ。あまりにもできすぎてる。
考えてみれば中庭までの移動中、目隠しをされたのも道を覚えさせないためじゃなくて、私に自分の姿が映るものを見せないためだったんじゃ……。
ダリウスも同じ答えに辿り着いたのだろう、私と目が合うと頷いた。
「つまり、あの男は故意にお前に自分の姿を見せないようにしていたということだな」
「……そうね、そういうことになるわね」
一体、何のために……。
そもそも、他人の体と入れ替わることなんて可能なのか。
まさか脳移植手術!?
私は慌てて頭を触って確認したけれど、傷らしいものはひとつもなかった。
「ちなみに、お前は白ウサギに何と呼ばれていた?」
「……アリスって呼ばれていたわ」
「つまり奴にとって重要なのはアリスというわけか」
ダリウスが自分の言葉に頷く。
私だけ理解が置いてけぼりだ。
「ちょ、ちょっと待って! 私にも分かるように説明して」
「今言った通りだ。奴はお前が大事なんだ」
「確かに大事にはされていたけど……」
何だかそれだけでは、ダリウスと理解が対等とは思えない。
「とにかく! 私が分かるように説明して!」
「お前が何を分からないか分からないのに説明なんかできるわけないだろう。何が分からないのか具体的に質問にしろ」
もっともだけれど腹の立つ言い方だ。
私はごちゃごちゃになっている頭の中を、整理というにはあまりにおおざっぱに混乱を払いのけて、ひとつシンプルな、そして根本的な疑問を口にした。
「……もしこの体がメアリーの遺体だというなら、どうして腐っていないの?」




