6.まさか真っ逆さま
私は飛び上がるように後ずさって、硬い鉄格子に頭をぶつけた。
「……っ!」
「あはは、驚きすぎだよ、驚きすぎ。そんなにびっくりすることないだろう」
頭を抱えて痛がる私にチェシャ猫はケタケタと笑った。
その笑いが腹立たしく涙目で彼を睨み付けた。
「驚くに決まってるでしょう! あ、あなたどこから入ってきたのよ!」
「だからぁ、オレにとってはどこだって入り口で出口なんだよ」
「じゃあ早く出て行って!」
「うん、出て行くよ」
そう言うとチェシャ猫は私の腕を掴んだ。
そしてそのまま腕を引き、私を横向きにして抱きかかえた。
「ただし、君も一緒だ」
不気味な三日月が顔のすぐ近くまで迫ってきて全身に鳥肌が立った。
「い、いやよ! どこに連れて行く気よ!」
「うーんと、それは依頼主の秘密保持のためお教えできません~」
ジタバタと暴れてみるけれど、全く意に介さないようで私を抱きかかえる彼の腕はビクともしなかった。
おもむろにチェシャ猫は自分の親指をガリッと噛んだ。
親指に少し血が滲んでいる。
私はぎょっとした。
「な、なによ! 脅しのつもり?」
「違うよ。空間に自分以外の人間を連れ込むときは必要な儀式なんだよ」
「なにそれ」
訳わかんない、と言い掛けて私は言葉を失った。
チェシャ猫が血が出ている親指で横一直線に空を切ると、空間に切れ目が入ったのだ。
「な、なによ、これ……」
唖然とする私にチェシャ猫が喉を鳴らして笑った。
「何なんだろうね、オレも実はよく分かってない。でも使いこなせればそんなことはどうでもいいのさ。銃だってそうだろう? その仕組みを完全に理解して使ってる奴なんてそんなにいないのと同じことさ」
そう言って、チェシャ猫は切れ目に脚を突っ込んだ。
顔からサッと血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと待って! ま、まさか……!」
「そのまさかだよ」
チェシャ猫はもう片方の脚で勢いよくベッドを蹴って、そのまま空間の切れ目の中に飛び込んだ。
もちろん、私を抱きかかえたまま……。
「え、え、ええええ!」