『新しい世界(本番前)』
『あと残すところ3日で約束の時だが』
通訳以外ではほとんど話さなかった魔王さんが久しぶりに私に話しかけてきた。
ヘルさんはずっと無表情だったが魔王さんを撫でる手の感じである程度今の気持ちが分かるようになっていた。
今はなんとなく嬉しいと思っているような気がする。
『セント、お前に言っておく。これからお前は世界で一番自由で、一番不自由な役目をやってもらう』
『』
『いいんだよ。こいつみたいなのにはハッキリと言わないと解らないだろう』
『どういうことですか』
『ほらな』
『』
ヘルさんが何を言ったのかはわからない。
『続けるぞ。世界中の流通、物、金の管理をする場所の責任者をやってもらう』
『私にできるでしょうか』
『できる、できないかは俺にはどうでもいい。俺はお前に世界中の富を自由にできる力を与えた。それと同時に世界中に自由を与えられるかもしれない可能性も与えた。自分の自由を選ぶもよし、自分を殺して人々に自由を与えるもよし。好きにしろ』
魔王さんの言葉に私は強い不安に包まれる。私だけが自由になってもそれは自由じゃない…でも、できるのそんなことが私に…
『』
私の頬をヘルさんが優しく撫でる。
『ちょっと準備してくるわ…』
魔王さんは不機嫌に出て行った。ヘルさんに濃厚な口づけをした後に。
はぁ、面倒なのも後少しか…
『約束の日まであと3日。今日は共通通貨の発行を行なう』
誰も居ないところで1人空に向かって声を出す。この世界の人間は空から俺の声を聞いていることだろう…
『黒いもこもこした奴が地面から結構な数湧いてくるから、そこに今の貨幣を入れれば共通貨幣に代わる。本日限りだ』
一応言っとくか…
『各国の代表に告ぐ。本日作った急造の貨幣は変更不可だからな』
俺の目は誤魔化せないから大丈夫だな。
『では、モッキーよろしく。また明日…』
今日の事は終わり、早く俺の安息の地に戻らなければ。
『だっはっは、何じゃこりゃ』
『モッキーでございます』
魔王の声を聞きポント様はイマジニアの奥から戻ってきた、ポント様はお腹を抱えて砂まみれになって大笑いだ…この黒いもこもこ、ある程度会話が出来る様子。
殆どの者は恐る恐る交換を行なうだけのものがほとんどだろう。
『本当にモッキーって言うんだな。あちらのモッキーとお前は違うモッキーなのか』
『我らは個ではありません。あのモッキーも私と言えます』
『モッキーはどこまで知っていて、どこまで話せるん』
『内容によりますが。あの方からは我々を怖がる方への配慮として会話を与えられております』
ポント様は笑うのをやめて、少しの驚きと強い好奇心を前面に押し出してモッキーをもちもち触りながら話しかける。
『この会話は魔王に届くのか…』
『直接は届きません。あの方は聞こうと思えば我々を通さずとも聞くことが出来ますので』
『魔王の目的はなんだろうか』
『あるお方に自由を与えることです』
驚いた…このモッキーは魔王の為に何かを企んでいるのではないかと私は考えていた。真剣な顔で目を見開いているポント様も同じだろう。
そして更にこちらは驚くことになる…
『他にお知りになりたいことがあれば、私達でわかることならばお答えしますが』
何かあれば聞いてくれればいいと、このもこもこは言ったのだ…
『自由を与えるあるお方の名前を聞いてもいいか』
『それに関しては、あなたのお名前を先にお教え願います』
どういう意味だろうか…
『ポントだ。「荒野」のホルダーをやっている』
『ポント様、迂闊ではありませんか』
『いや、モッキーは本日限りで消えるのだろう、迷っている時間はねぇ』
『ポント殿、ある方はあなたがご存知のセント殿です』
「本当だったか…」と呟くポント様はどこか楽しげだった。
『他のホルダーはモッキーと話しているか』
『それについてはお答えできません』
ポント様はその後様々な質問をこのもこもこにし続けた。
『他のホルダーも似たような情報は手に入れたって感じかねぇ』
ポント様は崩れ行くモッキーを見ながら私の頭にポンと手を置いた。
『イマジニアに戻るわ。クロネ…明日と明後日同じようなもんがでたら俺の代わりに情報聞き出してくれよ。じゃ、行ってくる』
『ご無事で…』
『まだ、俺は負けーねよ』
ポント様はイマジニアに戻っていった。
ポントの読みは当っていた。方法は違えど「森林」「山脈」「島国」は「荒野」と同じようにモッキーから情報を得ていた。
モッキーの出現に救われた者が1人………キチィである。
時はモッキー出現に遡る。
暗く閉ざされた部屋の中で、キチィは抜け殻のようになっていた。魔王への怒りも砕け、飲まず食わずでもホルダーの力の効果か死の気配は近づいてこない…
肥大した身体を細かく震わせ、その手には今は無き妻と生死のわからぬ娘の肖像を抱えていた。
暗い部屋の中に突如として現れる気配に声をかけることも無く、ただ震え続ける。
それがよかった。モッキーは魔王から怖がる者への配慮として会話の機能をつけた。モッキーは目の前で震える存在に対して声をかける。
『私はモッキー、何も怖がることはありませんよ。あなたの知りたいことをわかる範囲でお答えします』
キチィはモッキーの相手をいたわるようなやさしい声かけに徐々に震えが収まっていくのを感じた。
モッキーが2時間ほど声かけを続けた辺りでモッキーとは違う声が微かに漏れる…
『…私はなぜ魔王に勝てなかったのだ…』
『どんな条件で勝ちたかったのでしょうか』
わからぬ…
『魔王は私をどうするつもりだ…』
『3日後にあなた方の力を消し去るのではなかったですか』
『その後の…ことだ』
『何もされないでしょうね』
なにも…されない…
『魔王は何を企んでいるのか』
『あの方はセント殿に自由を与える、あの方の願いによって』
セントは生きているのか。
『あの方はあの方の願いを叶えたいだけです。他の事はどうでもいいのです』
魔王…
『モッキー、私はどうしたらよいと思う』
『あなたにはまだ力がある。あなたの思うようにされればよいのではないでしょうか』
私は部屋を飛び出す…
『誰か、誰かいないか』
大きな声は出ない、かすれた声で王座の部屋を目指す。扉を押し開け、中には煌びやかな宝飾品を見つけた女達。
口々に取り繕うような媚びるような言葉が浴びせかけられる。
『今、国を取り仕切っている者はどこにいるか教えてはくれまいか』
『お父様、こちらです』
小柄であどけない表情だが、その目の奥の鋭さは…いや、今は時間が無い。
『ナセキでございます。お父様』
『名も覚えていない私を許してくれとは言わない。今は時間が惜しい。すまないな』
会議室では、文官武官が忙しく話し合いを行なっている…が、雰囲気は悪いようだ。
『静まれ、皆すまなかった…時間が無い。少しでも多くこの国の貨幣をモッキーへ与えるのだ。民にも早く伝えろ、いやそれは私がやる。文官諸君は急ぎ国庫を開けて取り掛かるのだ』
机の上にある誰かのコップの中身を飲み干す。
『武官諸君、魔王の装置はどうなっている』
『はっ、現在調査をしていますが進みは悪く犠牲が多くでております』
『私が行く。負傷者の治療と腕に自信のない者は国境周辺の警備を強化するのだ』
『お父様、イマジニア攻略には私がお供いたします』
正面の武官の腰から剣を素早く引き抜き、その勢いのままナセキの首に向けて刃を滑らせる…
『すまないなナセキ』
『お父様、決して足手まといにはなりません』
『お前の目に留まる者を数名連れて準備せよ。このような頼もしい息子がいたとはな…急いでくれ』
『お任せください。お父様』
素早く立ち去るナセキの背中を見ながら、「末恐ろしい才であるな」
ホルダーの力なし、それに鈍った腕ではあったが私の剣を止めるか…まだ子どもであるのに…
城の外に出て力を解放しながら空を向く…
『平原の民よ。貨幣を交換するのだ。頼む、頼む、今一度私を信じて欲しい。頼む』
息が切れる、肥えて動き難い、すべては自ら招いた事…
『平原の民よ。頼む、私を信じて欲しい。貨幣の交換を、頼む』
『頼む…お願いだ。皆、貨幣の交換を、頼む』
力の使いすぎか、ふらふらする。時間がないのだ、時間が…
『王、しっかりしてくだされ』
古くから城勤めをしていた者たちか…
『お前達は隠居したのではなかったか、ごっふぐうっ』
『これをお飲みください。わしらが使えていた平原の王は居なくなってしまったが。今、我らの王は戻ってこられた。ホルダーと言えど飲まず食わずでは力はでん。王が言っていた言葉ではないですか』
『すまぬ…お前達、すまなかった』
『賢王は我らの誇り。お止できなかった我々も同罪ですぞ』
『手分けして国境周辺、中間の街で防衛の準備を。何が起こっても民の血は一滴たりとも流させてはならん』
『お任せを』
口に食べ物を詰め込み、飲み物で流し込む。
『お父様、準備整いました』
返事を返せぬ口で馬車に乗り込む。腕だけでなく気も利くらしい…馬車内には食べ物、飲み物が所狭しと積まれていた。
今は、食べなくては、力が今こそ力が必要なのだから。