【何にも無い、何にも無い】
世界は平和だ。
人を脅かす、強大な力は無い。
国同士の間も険悪なものは無い。
取引による交流、「平原」への移住者も今では自然な流れとして行われている。
イマジニア攻略は徐々に進んでいるが、一時期の熱狂は見られて無い。
それは、人が豊かになったから。
欲しいものを手に入れるために、自分の為に…
人の欲は徐々に大きくなる。
各国は国内の安定を終えようとしている…
鉱石の力は人が増えるより早く大地を均し、危険を遠ざけ、快適な環境を人にもたらした。
人々は喜ぶ…すべてのでは無いが…
『元気かい、子猫ちゃん』
『貴女のフランはもちろん元気でございます』
バブエ様は以前に比べ中央に来られる事が多くなった。愛しい人に触れる事ができる喜び…甘く濃密な時間はこの人の傍を離れ頑張っている私への極上のご褒美…
そのような時間を重ねたからこそ解る。
バブエ様は何か悩んでいるのではと…
『バブエ様は…あまりお元気に見えません。このフランに、貴女のフランに出来ることはないでしょうか、バブエ様』
『イマジニア攻略を止めようかと思っている…』
『それは…危険ではないでしょうか』
『だろうね。今はいい…そう、今はね。フランの言うとおり危険になるね。でも、本当に危険になると思うかい』
『それはどういう意味で…』
少し遠い目をしたバブエ様がゆっくりとこちらを向く。
『あの娘がそんな状況を見過ごすと思うかい。あの子の気持ちがある限り危険は摘み取られる。そう思うのさ』
『しかし、今はそうでも、今後もそうとは限りません。セントさんに限ってと言いたいですが。絶対ではありません』
『フランは私なんかより王の器かもしれないね』
『バブエ様の為にと命を懸けているだけです。私を過大に評価してくださるのは嬉しいですが。すべては貴女の為です』
『あんまりごちゃごちゃ考えるのは向いてないね。今はただ、楽しもう…さあ、おいで』
まどろむ意識の中で漠然とした不安を私は感じていた…私がしっかりしなければ…
バブエ様が帰られるのを送り出し、その足で私は人を訪ねに行く…
『オッ、さる。珍しい…珍猿…珍、珍、珍しくもないお猿。珍、珍、チン…』
『久々にしては随分なあいさつですわね。天下の往来で…あの、その…チンチン言うのはいかがなものかと』
『私の連呼しているのはあくまで珍、声高らかに言おう。珍珍珍珍チン珍…』
『お待ちなさい、明らかに違うチンが混じっていましたわ』
『それは聞き手の心次第じゃ』
『2人とも道の真ん中で何卑猥な事を言おうとしているの』
クロネさん、これは偶然か、何か狙いがあってか…考えすぎですわね。
『ほらみたことか。猿よ。この女郎蜘蛛の色ボケ脳には珍は疑う事なくチンなのだ』
『なるほど、ユーロさんの意見も一理あることが証明されましたわね』
ユーロさんが差し出した手をしっかり握る。
『何かしら。確実に私の扱いがろくでもないことになっているのだけが解るわ』
『そういえば、私に何か用事でもあったのか』
『話を聞いていただきたくて参りました。悔しいですがユーロさんは私よりも賢いと私、思っていますの是非、お願いしますわ』
『ほほう、フランが私に頭を下げるとは…聞きましょう。しかし、私があなたを誘導するかもしれない…とは、考えないのかしら』
『そんなに、簡単に誘導されるのならばわたしのバブエ様への愛もその程度であったという事…そうはなりません。…それにあなたは弱っている者につけこむ様な人ではない』
『あんまり人を買いかぶらない方がいい。救われないで掬われる』
目と目が合う…そして、どちらからともなく頷く。
『蜘蛛女、荒野の区画のサンライズに予約を。急げ、すぐにだ』
『う、うん。なんかよく解らないけど、やってみるわ、あそこ人気店だから大丈夫かしら』
『大丈夫、自分を信じろ…お前は出来る子…』
『じゃあ、先に行ってやってみるわ』
駆け出すクロネさんの背中を2人で大きく手を振りながら見送る…
『では、私達はゆっくり歩いて行くとしよう…』
さすがは私のライバル。悔しいですけれどまだ敵いませんね…バブエ様、すべては貴女の為に…
「荒野」の区画へ向かう間、お互いに一言も言葉は交わさずに並んで歩く。
思えば不思議なものね…私がユーロさんを頼っている。
店の前にはクロネさんが待っていた。
『何とかお願いして、個室を用意してもらったわ』
『うむ。やはりできる子だった…では、案内してもらおう』
小さめの個室に、女3人席に着く。
『ちょっといい。そもそも私がここに居るのはなぜ…』
『偶然、通りかかったからつかっ…運命だと思った…』
『いやいや、今、使ってやろう的なことを言いかけたでしょう』
『蜘蛛女はいい奴。きっとフランを助けてくれると思った…』
まあ、クロネさんは正直どうでもいいけれど。もう少し様子を見てみよう。
『なんか、騙されてるわよね私』
『…そんな事、ない、と思う、いや、ない、はず…』
『まあ、いいわ。それよりもフランさんは私が居ても問題ないの』
どうなんだろう。問題といえば問題…ないか、ここですべてが決まるわけでもない。
『問題ないわ。いい意見が聞ければ助かるし』
『じゃあ、居るわね』
まずは、飲み物や食べ物を話し合いながら決めていく。
『では、さあ来い。ドンと来い』
『かえって、言いにくくなるんじゃないそれじゃあ』
『「森林」はイマジニア攻略を止めるかもしれないのです』
ぶっーっとユーロさんがクロネさんに飲み物を吹きかける…
『うわっ、汚いわね』
『水も滴る…いい女?』
『しかも、疑問系って』
やはり今の世の中で、イマジニアの攻略を止めるということは鉱石の力に頼らないという事。誰もそんな事をしようとはしないだろう。
『2人に言うのは何だけれど、危険な事も理解しているの』
『バランスが崩れる事になるわよ…』
『ええ、それでも。イマジニアによって民が傷ついているのも事実…バブエ様はそれを気にされていると思うのです』
『そういう気持ちならポント様も同じかもしれない。優しい人は苦しむのね』
「荒野」の王も苦しんでいるのか…
「でもね」とクロネさんは続ける。
『ポント様は歩みを止めないわ。鉱石の力は今後を、そして今の民の生活を良くするためにも必要だから。ポント様は苦しくても止まらない』
すがすがしい顔でそう言い放つ…それは王として正しい姿勢なのだろう…
私は「森林の王、バブエ様」が心配なのではない、「私の愛しい人、バブエ様」が心配なのだ…
国は関係ない…そうか、そうなんだ。これが私の気持ち…
『クロネさん、ありがとう。私は私を理解した。私は「森林の王」になるわ』
『ええっ、なんで私の話しからそんな話しになるのよぉ』
『…愛に生きる。その覚悟天晴れ…』
そう言うと、ユーロさんは懐から紙の束を取り出しその中から複数枚の紙を取り出し、トントンと揃え私に差し出す。
『この紙に書かれていることはきっとこれからのフランの役に立つ…持っておくといい』
その紙束を胸に抱え、立ち上がる。
『2人とも、ありがとうございました。このフラン愛に生きます』
私は頭を下げ、店を飛び出た。
『結局、私はよく解らなかったのだけれど…どういうことなの』
『フランは覚悟を決めたのだ。真に優先すべきものに気づいたのだ』
『ふーん、それよりもこのたくさんの料理どうすのよ』
『喰らうのみ』
テーブルの料理は綺麗に食べられたのだった。
その日から半年後には「森林の王 フラン」は誕生するのであった。
新しい王の誕生のニュースに世界は動揺する事も無く。
やはり世界は平和なのであった。




