異呪
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『HUMA・Ntte117>ババババフ盛り盛りすぎるるるうう』
ドスコイソーサラー拳握のPC・Merak Gateが掛け声とともに突進してくる姿を見て、HUMA・Ntte117が叫ぶ。
異呪格闘技"ジャドー"は、格闘技×呪術を掛け合わせた横スクロール型格闘アクションで、基本的にはBO3と呼ばれる2本先取したほうが勝ちのルールでランクを上げていく。
viride verの姿であるシノビデバッファー権現、HUMA・Ntte117の姿パンチングカッター伝助、そしてerak Gateのドスコイソーサラー拳握は、"ジャドー"で使える使用キャラ二十人のうちの三人だった。
それぞれの使用キャラには特徴があり、例えばシノビデバッファー権現は素早い動きで翻弄しながら卑劣忍法によって相手の能力を下げ忍者ならでは体術で戦うキャラだった。
ドスコイソーサラー拳握はシノビデバッファーとは対照的で、自身の能力を上昇させながら相撲で戦っていくキャラだが、その能力上昇の仕方が特殊だった。
「八卦余韻――残った、残った!」
それがこの掛け声にある。
掛け声によって自身の力を増幅したMerak Gateの強烈な張り手の連打が、HUMA・Ntte117へと向かう。
互いに異呪格闘技"ジャドー"の姿だと認識しているので有利不利ですら把握されている。
そういう意味ではパンチングカッター伝助とドスコイソーサラー拳握の相性はパンチングカッター伝助のほうが不利。
パンチングカッター伝助のスタイルはPCの世界でいうところのボクシングで、拳に風術によって風を呼び寄せて戦うスタイルだった。
つまるところ、ドスコイソーサラー拳握が頑丈になれば、拳は通らないどころか風術で発生する風圧も無視して距離を詰められる。
それでも、HUMA・Ntte117は持ち前の才能でパンチングカッター伝助の風術を回避に使って、その爆裂張り手を避けていく。
最中、その張り手が止まる。
『HUMA・Ntte117>フェ、フェイント』
そう見切ったHUMA・Ntte117が、次に来る一手を予測してフェイントに対応。
しかし、Merak Gateも"ジャドー"のトッププレイヤー。
張り手を止めたのは確かにフェイント、そこまでは予測と合っている。けれど、止めた手は、また地面について構え。
大地を蹴るようにそこからまたすり足で
『Merak Gate>八卦余韻――残った、残った!』
自身の能力を上昇させて、HUMA・Ntte117の動きを見てからの強靭な逆水平チョップ。PCの世界でいうところの相撲ではなくプロレス技だが、お構いなし。
たまに名前から連想する格闘技以外に別の格闘技が使うのも"ジャドー"の特徴だった。
フェイントすらも利用した動きにHUMA・Ntte117は骨折を覚悟。
間際、ウツボカヅラの蔓が、Merak Gateの腕へと噛みつく。
『B0DH1・5ATTA>{完全}にはずれないか』
乱レ咲ク花ハ何処のツボカの姿をしたB0DH1・5ATTAがその腕を伸ばして妨害したのだが、能力が上昇したMerak Gateを完全には御しきれなかった。
直撃は免れたものの、勢いのまま吹き飛ばされる。多少のごり押しができるのものドスコイソーサラー拳握ならではだった。
『HUMA・Ntte117>ででででも助かりました』
妨害してくれたことによってHUMA・Ntte117も風術で防壁を展開する時間ができていた。数フレームの時間でも入力が間に合えば展開できるのが風術の強みではあった。とはいえ吹き飛ばされた衝撃で、ところどころ血まみれになっている。
「すみません。お待たせしました」
「あとは下がっていいわ。あたしたちでやる」
HUMA・Ntte117がなんとか立ち上がると、後ろからそんな声が聞こえてくる。振り向くとそこにはふたりの女冒険者の姿。
正直、パンチングカッター伝助より華奢で、ドスコイソーサラー拳握の筋肉質の肉体には到底かなわないように見える。そのふたりがレシュリ―曰く援軍だとしたら、ドスコイソーサラー拳握を簡単に倒せるNPCらしいが本当にそうだろうか。
疑いたくはないが、そんなことを思ってしまったHUMA・Ntte117の横をムジカとネイレスが通り過ぎていく。
『B0DH1・5ATTA>ボクっちゃたちは{他}の{奴}らを{対応}しよう』
B0DH1・5ATTAも不安げな眼差しを向けていたが、それでもレシュリーを信じると決めているのだろう。周囲にいるPCのなかではMerak Gateが一番の強敵だが、他にも敵のPCは存在する。さすがにBuddhak's etraにばかり任せてはおけない。
HUMA・Ntte117はムジカとネイレスを一瞥して、他のPCヘと立ち向かっていく。
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「あの人の助言、なんだと思うの?」
「ゴという頭文字と、相手を不快にするもの、でしたよね?」
「正直、あのアレしか思いつかないの」
「あ、声に出さないでくださいね。見たくもないですから」
「それは同感なの。けど、仮にあのアレだとして、そんなものどこにいるの、って話なの」
「そうなんですよね。だからそれは見当違いということで、その話題はやめましょう」
アルルカらしくもなく早口だった。冒険者でも、"ゴ"がつくあのアレを苦手にしている冒険者は多い。
「前提としてyahksさんは私たちと終極迷宮で戦ったことあるPCの方だと思いますよ」
「そうなの?」
「ええ、もちろん姿は違いますが」
ルルルカは覚えてないが、アルルカはyahksを含め、PCの中に見覚えがある名前があった。
当然、そのPCたちは終極迷宮でふたりに敗れ、使用した姿を消失している。
それでも名前は一緒だから同一人物には違いない。そう推測したうえで、
「つまり、yahksさんは私たちを知っているという前提で助言を出したとも考えられます」
「そのうえでゴがついて、不快にさせるもの?」
しばらく考えて、
「なるほどなの」
「ふふ……」
ふたりとも思いついたのか、思わず笑みが零れる。
「今度から何気ない会話でも、きちんと消失を確認してからしたほうがよいかもしれません」
「確かになの。まさかの盗み聞きされていたの」
とはいえ、そのyahksの盗み聞きがこの戦いでの助言に繋がっていたのだから、不思議な縁ではあった。
yahksの名誉のために付け加えると、yahksも盗み聞きしたくて盗み聞いたわけではない。
終極迷宮でルルルカとアルルカと戦ったyahksが使用した姿が完全消失する前に、ふたりが雑談していたために、yahksの姿がその声を拾ってしまっただけである。
だから、yahksはNPCの――冒険者の豆知識のようなものを知っていて、それをぽんぽこLifE攻略の助言としたまでだった。
「何にせよ、やるだけなの」
ルルルカの威勢のよい声にアルルカも頷いて、勢いよく動き出す。
ふたりは左右に分かれて【収納】からゴミ袋を取り出して、まき散らす。
それはふたりが溜めていたゴミであった。
冒険者――特に終極迷宮のような長期にわたり洞窟に滞在する際、自分たちが食事したあとにはどうしても紙屑などのゴミが出る。
それを冒険者たちはゴミ袋に詰めて、【収納】しておく。
冒険が終わり街に帰ってきたタイミングで、そのゴミ袋を処分するのが、冒険者の常だった。
アルルカは終極迷宮からこの戦いに直行し、ルルルカの本体はまだ終極迷宮に常駐。
つまり、ゴミは大量にあった。
ゴミがまき散らされると同時にぽんぽこLifEのPCたちが慌てだす。
快適度が2下がりました。快適度が3下がりました。快適度が4下がりました。快適度が1下がりました。快適度が8下がりました。快適度が1下がりました。快適度が1下がりました。快適度が1下がりました。
快適度の低下は、ぽんぽこLifEのPCの弱体化に繋がる。いやそれだけではない。
『tan Pop>ばーやば、ばーやば、早く快適度あげないとまずいいいいいいい』
ぽんぽこLifEのPC、tan Popが叫びながら、同じ葉っぱを乗せた分体のタヌキに掃除の命令を出す。
快適度が60まで下がり、自身も攻撃をやめて、掃除をこなしている。
「なんだか昔、一緒に遊んだときみたいなの」
「はしゃぎすぎて他の子どもたちに引かれましたね」
次元が違っても、それぞれ幼少に同じような思い出があるのか、まるで色褪せていない共通の思い出のように楽しげにルルルカとアルルカのゴミをまき散らす。
その速度は、タヌキたちの掃除を超える。
tan Popの画面に表示された快適度が40を切ったのを見て、tan Popは諦めた。
分体タヌキが、tan Popの出していた命令を無視して暴動を起こす。
ぽんぽこLifEのゲームオーバーのひとつが快適度の低下による分体タヌキの反乱だった。
もうそうなったらtan Popができることはない。
本体であるPCが倒れるまで、分体タヌキは攻撃してくる。
ぽんぽこLifEのPCたち全員が分体タヌキの的になっていく。
「同士討ちが始まったの」
「姉さん、もうここは大丈夫でしょう。時間切れまで、別のところに」
その提案に頷いてルルルカはアルルカに続く。
ぽんぽこLifEのPCたちを全滅させた分体タヌキたちはなぜかルルルカたちの後ろ姿を見て、それぞれが顔を見合わせる。
そしてルルルカたちを追うように後へ続いていく。
ルルルカたちはゴミをまき散らした張本人であるが、その姿は楽しげだった。
一方で、分体タヌキたちは本体に命令され、快適な生活のために仕事を強要されていた立場にある。その抑圧が反動になって楽しげなふたりと一緒に楽しみたい、そう思ったのかもしれない。
とにもかくにも命令を受け付けなくなった分体タヌキたちはルルルカたちと行動をともにするのを選んだのであった。




