八卦
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『vitin>やばい、こっちに来るヨウ』
『SUISWE>ってか、待って。なんでタヌキもこっちに来てるの。え、なんで?』
ぽんぽこLifEのPCたちが全滅し、ルルルカとアルルカの姿を捉えたPCが絶叫。それに気づいたPCがさらにぽんぽこLifEの本体を失った分体タヌキがふたりについてきているのを見つけて絶望する。ルルルカたちに攻撃を加えないところを見ると、分体タヌキはNPC側についたとみるべきだった。
『SUISWE>ってか、本体やられてんのに、他のタヌキが消えないのバグでしょ。え、なんで?』
『vitin>もうそういう仕様と見るべきしかないヨ。他のでも本体やられてたら消滅しないやつとするやつ、2種類あるヨウ。ぽんぽこLifEは消滅しないほうなんだヨウ、きっと』
『SUISWE>ってか、え、待って。でもじゃあなんでこっちの味方じゃないの。え、なんで?』
『vitin>いや、ぽんぽこLifEは快適度下がった結果の反乱だからヨウ、きっと。反乱の後、自由意志を得たタヌキは理由は分からないけどNPC側についたんだヨウ』
概ね、vitinの推測は合っていた。それでも、大量のタヌキと一緒にルルルカとアルルカがやってくることに整理がつかないのか、
『SUISWE>え、待って。え、なんで?』
疑問ばかりを投げかける。
vitinの返事はもうなかった。
『SUISWE>え、待って。え、なんで無視するの?』
無視に憤ってようやくそこでvitinのほうを見て、気づく。
『SUISWE>え、待って。待って待って待って!』
vitinの姿はすでに消滅。代わりに眼前にはルルルカの姿がある。
当然、待ってなどくれない。
SUISWEにルルルカの操る匕首が襲来し、さらにルルルカを追い越してタヌキたちが倒れたSUISWEを踏みつぶし、蹂躙。SUISWEの後ろにいたPCたちへ襲いかかっていく。とても楽しげに。
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Merak Gateは目の前のNPCふたりを怪訝な目で見つめる。
自分の相手をするには力不足ではないか、ふとそんなことを思った。
ドスコイソーサラー拳握の姿と比べればひ弱なうえに、NPCふたりとも終極迷宮では見たことがない。
ネイレスは特典を持っているので終極迷宮での目撃例はあるが、件数が少なく、ムジカはそもそもまだランク7に至っていない。
だから、Merak Gateがそう思ってしまうのも無理はない。
けれどトッププレイヤーたるMerak Gateはすぐにその慢心を打ち消す。
いつも通り、戦えばいい。
転生しようとする姿によって、突入時のランク制限がかかるが、異呪格闘技"ジャドー"の姿はレートがグランドマスターであればランク7と設定される。
そして使用キャラであるドスコイソーサラー拳握は素の身体能力が高く、さらにその身体能力を底上げできる。ランク7以上のパフォーマンスが発揮できるのだから勝ち目があるとMerak Gateは考えていた。
『Merak Gate>八卦余韻――残った、残った!』
再び、自身に能力上昇させるかけ声を吐き出して、突撃しようとして――Merak Gateは違和感に気づく。
能力が上昇していなかった。
それでもその動揺を悟らせずに、ネイレスへと張り手を連打。一方のネイレスはムジカを守るように上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕でその張り手を弾いていく。
「素の能力でこれって、結構きついわね」
ネイレスがぼそっとこぼした言葉がMerak Gateの耳に入り、後退。
『Merak Gate>どうして、知っているでごわす』
「その魔法、って言っていいのかしら。もう仕組みは知っているのよ」
「詳しい仕組みは分かりませんが、その効果は運頼みだって聞きました」
「だから発動しないわよ。この子がいる限り」
そう言ってネイレスはムジカを指す。
ドスコイソーサラー拳握が使う、八卦余韻の呪法は当たるも八卦、当たらぬも八卦という言葉に起因し、能力上昇するかしないかの判定を八回行い、能力上昇すると出た分だけ能力が上乗せされる。
つまり、八卦余韻の呪法のかけ声「八卦余韻――残った、残った」というのはある意味でその呪法の効力を意味していた。
かけ声とともに八回の能力上昇判定が行われ、最大4倍にまで能力上昇が行われる。
そのときの強さはけた違いだが、だいたい一回の使用で1.2~2倍が平均値と言われている。
最大4倍が出る確率も相当低いが、能力上昇が行われない、つまり1倍のままの確率も相当低い。
『Merak Gate>戯言を言うなでごわす』
だからたまたま運が悪かったとそう思うがゆえにMerak Gateはムジカとネイレスの言葉を吐き捨てた。
ムジカ相手に、たまたま運が悪かった、などという言葉を通用しない。
再度土俵入りするように、四股を踏んで、構え、
『Merak Gate>八卦余韻――残った、残った!』
かけ声を発して、前進。ネイレスへと頭突きを放つ。
ネイレスはムジカとともにそのまま後ろへと後退。それだけで加速の足りてない、頭突きは避けられてしまう。
能力上昇が行われないがゆえに、いつもと感覚が異なりそれだけでMerak Gateが動きづらい。
コジロウがクロスフェードと戦った際の状況に似ている。
あの時はコジロウがかつての感覚を取り戻すのに苦戦していたが、Merak Gateもそうだ。
だいたい平均値の1.2~2倍の能力上昇がかかった状態でドスコイソーサラー拳握は動いている。
こんなにも長い間、能力上昇がない状態のほうが異常なのだ。
『Merak Gate>やりにくいでごわす』
頭突きを避けられたMerak Gateはネイレスを睨みつけたまま、もう一度手を地面につける。
頭突きの前に使った八卦余韻の呪法も不発だった。
「だから言ったでしょ。その魔法もう使えないわよ。ここからは実力勝負。押し切ってあたしが勝つわ」
『Merak Gate>なるほど。こちらも仕組みは分からぬでごわすが、そちらの女子が何かしているでごわすな』
「どうかしらね」
『Merak Gate>誤魔化しきれてないでごわす』
そう言ってMerak Gateは視線をムジカに向ける。それは何らかのサインだった。
『Merak Gate>1対2というわけではないでごわすからな、利用できるものは利用させてもらうでごわす』
途端に、上空へと跳躍した薔薇人間――乱レ咲ク花ハ何処のデンロの姿をしたPCがムジカへ向けて茨の腕を伸ばす。
瞬く間にムジカの体を締め上げ、着地と同時に、振り回しながら上空へと放り投げる。ガーデンローズのデンロは
『Merak Gate>どこまでが、あの女子の効果範囲でごわすか』
にやりと笑い、
『Merak Gate>八卦余韻――残った、残った!』
かけ声とともに自分に発破をかける。全身全霊の突進。
「ムジカをお願いっ!」
ネイレスが叫び、レシュリーが反応。即座にムジカは【転移球】で救出され、ムジカを放り投げたデンロの姿をしたPCは近くにいたBuddhak's etraが刀で切断。
一方でネイレスの眼前、避け切れない距離にまでMerak Gateは接近。もし土俵があれば一気に客席まで吹き飛ばす勢いの超突進が迫る。
『Merak Gate>あれ、なんで地面が見えているでごわすか?』
本来なら、ネイレスに激突しその身を吹き飛ばしているはずだった。けれどそうはならなかった。
それどころか、Merak Gateはなぜか地面に激突しそうになっていた。
絶対的有利の興奮によって冷静さを欠いていたMerak Gateは激突間際にそのことに気づき、受け身すら取れない。
「ムジカの〈幸運〉の範囲なんてあたしは知らない」
顔から地面に衝突し意識が朦朧とするさなか、Merak Gateにだけ聞こえるようにネイレスは告げる。ムジカの〈幸運〉の範囲なんてものをネイレスは考えたこともなかった。
それにネイレスには〈幸運〉も関係ない。
「あたしの初回突入特典〔乱数無しの実力勝負〕もあなたには有利だから」
〔乱数無しの実力勝負〕は周囲にいる〈幸運〉〈不運〉〈悪運〉の冒険者の影響を受けないという効果だが、それはNPCに対しての話。PCも、運頼みで勝負を挑む姿が存在する。
八卦余韻の呪法は運が良ければ八回の能力上昇が発生する運頼みの魔法と捉えることができる。
そう言った要素はネイレスの前では排除される。単なる能力上昇だったら勝負は分からなかった。
そうとは知らずにムジカを遠ざけたことで能力上昇が発動すると慢心したMerak Gateはネイレスの【影縛刺】によって激突よりも早く、足を拘束されていた。結果、まるで段差に足を引っかけたかのように態勢を崩され、突進の勢いそのままに転倒。顔から地面に転倒したのだ。
さらに追撃で、ネイレスは【|強影分身《オルター・エゴー〈リード〉》】によって作り出した分身を使ってMerak Gateを無理やり起こして、
「ムジカを狙った分、容赦はしないわよ」
体術と忍術【顎割】を組み合わせて、顎に強烈な一撃を入れる。舌を嚙んだのか口から血を流して、Merak Gateは消滅していく。
『Shr@vaka>恐っぽいらしいな』
リアンと【転移球】で転移してきたムジカを守りながらその様子を見ていたShr@vakaが思わず声を漏らす。




