肆■確信
何も見えない暗闇の世界。柔らかな色彩を楽しめなくなった自室のベッドの上で、私はただ黙って膝を抱えていた。
瞼は確かに開いているのに、視神経など存在しないかの如くなにも映さない、この双眸。
一日がとても長く感じられた。
毎日毎日、ただ鬱々と。
そうして晴らされる事のない鬱屈の中でもがいていると、不意にあの日の出来事が思い出された。
私から光が奪われた、あの日の――。
正直、義兄があそこまでの行動を起こしてくれたなど、数日経った今でも信じられなかった。
いつもは他人の事など意に介さない、あの義兄が。あんなに取り乱した様子になるなんてと、不思議な心持ちをしたまま眠りについた。
今の私には昼も夜もないようなものだった。
束の間の安らぎから見放されてしまった私は、何気なく両の掌を宙に漂わせてみるも、その手がなにかの輪郭を掠める事はついぞなかった。
誰かが傍にいなければ、立ち上がる事すらままならない。底の知れぬ絶望感が心を蝕む。肌にまとわりつく陰鬱な闇がこの身を深層へと沈めていくよう。
――怯えて暮らす? この私が?
許される事ではない。
常にそういった部分には厳格である自分が。
私はなにに対しても折れてはならない。
私は流行に染まってはならない。
私は何者にも感化されてはならない。
私は私の定義を無視してはならない。
私は私の信念を曲げてはならない。
私は私の規則を破ってはならない――。
私はたったひとりで己を規制してきた。
第三者には「馬鹿げた規制だ」と言われようとも、それが“私”。たとえ「独りよがり」だの「そんなものは社会不適応者の甘えだ」の罵られようとも。
幼い頃からの思想。
私が愛して良いのは、気だるい空気と退廃だけ。
そう己に言い聞かせて。
「何からそんなに目を逸らす?」
口にしたのは義兄だった。
妙に確信を突いたその言葉に、思わず私は息を詰まらせる。
母ですら……昔の父さえも気付かなかった事を、何故たった数年“家族ごっこ”をしたに過ぎない義兄が感じ取ったのか。
「何をそんなに怖がっている?」
訊ねられても、なにも答えることが出来ない。ただ、体が震えていたのは解っていた。
――ある意味において、これは運命だったのかもしれない。
運命の算段であったのかもしれない。
歯車が軋む音と、刻まれゆく秒針。
動悸がやけに激しかった。生まれて初めて、己の脈拍に苛立ちを覚える。
おそらく義兄は出逢うべくして巡りあった、己の片割れなのだろうと。
頭痛は警報、鼓動は早鐘のように鳴り響き、体に浸透してゆく。
未知数な――“相棒”と呼ぶべき人物の気配に、私はただ戸惑っていた。