参■異変
ある日を境に、義妹が頻繁に僕の部屋を訪ねてくるようになった。
初めは敬遠しているようにも思えたのに、どういった心境の変化だろうか。
僕は学校へ行かなくてはならなかったが、義妹には相変わらずその気配がない。
「勿体ないわ、時間が」と、義妹は言う。
「時というものは無限ではないのよ。限りがあるものなの。この世界と同じにね」
僕の紫紺のソファに華奢なその身を沈めながら、義妹は視線を宙に彷徨わせた。
そうして、彼女は僕が不在の間も僕の部屋に居座る事が多くなった。
何をするわけでもなくソファに座り、膝を抱えて終始蹲っている。
学校から帰ってきた僕が「何をしていたんだ?」と訊いたところで、返ってくる言葉はいつも「これといって何も」だった。
今日も結局その調子だったので、僕は嫌味にも彼女の言葉そのままに訊き返した。
「“時間が勿体ない”んじゃなかったのか?」
コートを脱ぎながら、じっとしたまま動こうとしない義妹をちらりと見遣る。
「……そうよ。その筈なのに、私はいったい何をしているのかしら」
義妹はたった今思い至ったように、急に立ち上がった。しかし、一歩前に踏み出すも、その足下は覚束ない。
どうしたのだろうと駆け寄り、彼女の顔を覗き込むと、その視点が定まっていない事に気が付いた。
僕は幾分あわてて義妹の青白い頬を軽く数回叩く。
「おい! しっかりしろ!」
義妹はそんな僕の腕をたどたどしく手で探った。
「……義兄さん。義兄さん、よね?」
そう呟く義妹の焦点は未だに合っていない。
「おい?」
「……私、どうしたのかしら? 何だか、なにも見えなくて……」
義妹の異常を察した僕は、彼女を再びソファに預けて自室を飛び出すと、急いで我が家と懇意にしている医者を呼びつけた。
少なくとも何もしないよりはマシに思えた。それだけ必死だった。
迎えにきた医師の車で彼の診療所へ赴いて義妹の診察を終え、艶のなくなった白髪を清潔に整えた白衣姿の馴染みの老医師は、義妹ひとりを診察室に残して僕と義母を連れて廊下に出ると、ゆったりとした口調で断言した。
義妹には目の病気は見つからなかったらしい。そして、失明の原因は精神的なものだろう、とも。
居間の安楽椅子で寛いでいた義母も僕が慌てて医者に電話を掛ける姿を見て不安になったらしく一緒についてきたが、愛娘が失明したのではないかという事実に、普段はおっとりとした彼女も気が気ではないようだ。
「精神的なもの?」
顔を青くして微かに震えている義母に代わって、僕は老医師に訊き返した。冗談だろう、と鼻で笑ってやりたかった。
学校へも行かず、屋敷という不自由のない温室の中で、義妹は散々やりたい事だけをしてきたというのに。
それで“ストレスを感じている”となれば、どれだけ自分勝手なのかと、誰だって相手の神経を疑いたくなるだろう?




