弐■枯渇
どうして、家の天井を馬鹿みたいに高くするのか。
掃除をする時に、大変だとは考えないの?
私は心の中で悪態を吐きながら、溜め息を漏らした。
高い天井はキライ。
果ての見えない空もキライ。
目眩を起こしそうだ。
――嗚呼、気持チ悪イ。
鏡に向けた自分の顔は蒼白だった。
白と桜色で彩られた、華やかな自分の部屋は大好きなのに。
地平線が目に入る、この部屋の位置はキライ。
私はボスっと、真っ白な枕に顔を埋めた。
――やっぱり今日も学校に行きたくない。
私はいわゆる“不登校児”というヤツだった。
学校へなんて行かなくても別段、不自由など感じた事はない。
教科書だけは買ってあるし、専属の家庭教師も義父が雇ってくれた。
年相応に、知っている事は知っている。それで充分。
他の時間は趣味に没頭していたいだけ。
――ああ、そうだった。
明後日には私の十三歳の誕生日が控えている。
「……憂鬱、だわ」
年は取りたくない。ずっとこのままが良い。
無理と承知で、なおも願う。
夢は老いる前に死ぬこと。一番うつくしい盛りに生を終えたい。盛りを過ぎれば、あとは腐るのみ。
だから、そうなる前に時を止めたい。ただ、それだけ。
醜い姿のまま生き長らえるのは嫌だった。
不老長寿なんてものはありえないから、いっそ美しい姿の時にこの世から去りたいと思うのだ。
長々と生き続けるのは、苦痛を伴う退屈に満ちているから。なにか没頭できるものを見つけて暇潰しをしないと。
偽りの華やかさに、頭までどっぷりと浸かる。
枯れてきて、もうドライフラワーのような気だるさ。
すべてがベールがかったようにセピア色に見え、現実感などなくなる。
実の父とは違って、義父はありあまるほどの金を所有し、投資などで未だ財産を増やし続けていた。
資産家の暮らしもすっかり染み付いて、使用人達に「お嬢様」と呼ばれるのももう慣れた。
幼い頃とはまるで違う生活。
義父は突然できた義娘が可愛くて仕方ないらしく、私にとても甘かった。
義兄は、というと……。
何を考えているのか全く解らない人だった。
表情というものをあまり見た事がない。
常に無表情で。
義兄の部屋を訪ねる事もあるが、黒・白・灰色などで纏められた無彩色の部屋はいつ見ても奇妙なものだった。
薄暗い部屋に溶け込むように、義兄は静かに存在していた。
まるで、精巧な蝋人形。
私は黙って部屋を見渡した。
「……どうした?」
椅子に座っている義兄に、訝しげな調子で訊ねられた。
「この部屋は陰や区切れが判りにくいから、天井の高さを感じさせないのね」
気付いた事をそのまま声に出すと、義兄は僅かに首を傾げて口の端だけで笑みを作ってみせた。
私が初めて見た、義兄の表情のある顔だった。