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IFルート 魔術師の弟子入り

「今日この街に、魔術師が来たんだって」




昼下がり。


いつものようにスラムの路地で時間を潰していた時、ハルがそんなことを言った。




「魔術師?」


「そう。旅の魔術師らしい」


「今どこにいるんだ。調べてあるんだろ?」




魔術師は金持ちが多いらしいからな。




「当然」




ハルは得意げに胸を張った。




「夕方に街へ着いてすぐ宿を取った後、さっさと飲み街の方へ歩いていったらしい」


「お、酔っぱらってる可能性もあるのか」


「たぶんな」




二人で顔を見合わせる。


少しだけ期待した。







目的の男を見つけた。




三十代くらい。


無精ひげを生やし、覇気のないローブを纏った男だ。


顔は赤らみ、足取りも少しふらついている。


腰には、じゃらじゃらと金属音が聞こえる革袋が一つ。




「当たりか?」


「当たりだろ」




男が市場へ入った。


俺は大回りしながら反対側へ回る。


そして――。




反対側から歩き、すれ違いざまに手を伸ばした。


一秒。


いや、一瞬。




革袋の紐が外れる。


そのまま袖の中へ滑り込ませた。




男は気付かない。


俺はそのまま人混みに紛れ、焦らずいつもの路地裏へ向かった。







「どうだった!?」




合流したハルが身を乗り出す。


俺は革袋を放り投げた。




じゃらり。


重い金属音。




「すげぇ!」




ハルが目を輝かせる。


俺たちは急いで袋を開いた。




中に入っていたのは――黒ずみ、あちこちがへこんだ対の籠手だった。




「…………」




沈黙。




俺たちが狙うのは現金だけだ。


物には持ち主がいる。売れば足がつく。




今の俺たちにとって、金にならないただの重石はゴミと同じだ。


「めんどくせぇ……せっかくスッたのに、ただのゴミじゃねぇか」




その時だった。




「それ、俺のなんだが」




後ろから声がした。




「「げっ」」




二人同時に振り返る。


さっきの魔術師だった。




逃げようとした。


だが身体が動かない。


まるで見えない何かに押さえつけられているような感覚。




(魔術……!)




そう考えたが、その表情を見て思わず動きを止めた。


男は怒っていなかった。


むしろ、壊れ物を見るような疲れた目で籠手を見ている。




「盗られたこと自体は別にいい。俺の不用心だしな」




男は籠手を拾い上げる。




「でも、それ、仲間の形見だからさぁ」




静かな声だった。




「今は遺品を家族に返して回ってる途中でな。それはこの街出身の仲間の家族に届ける予定なんだ」




男は少し笑った。


それは、あまりにも人間臭く、疲れたような笑みだった。




「金ならまだいい。だが、それは返さなきゃいけないもんなんだ」







沈黙。


やがて男は俺たちを見る。




だが、よく見ると妙だった。


獲物を狙う目ではない。この先何を話すべきか迷っているような、そんな風にも見えた。




「飯は食えてるか?」


「ほどほどに」




反射的に答える。


男は鼻で笑った。




「だろうな。その腕なら」




その時だった。


男の意識が、ほんの一瞬だけ籠手へ向く。


視線が俺から外れた。




「逃げろ」




その一言で、ハルは動いた。


流石はスラム育ちだ。


状況を理解するのが早い。




踵を返し、全力で路地の奥へ駆け出す。




俺は一応、一歩前へ出た。


男とハルの間に立つ。


意味があるかは分からない。


だが、捕まるなら俺だけで十分だ。




「死ぬなよ!」




ハルの叫び声だけが路地裏に響く。


やがて足音が遠ざかっていく。




魔術師は追わない。


ただ黙って見送っていた。







俺は歯を食いしばる。




「捕まえるなら俺だけにしろ」




男は少し目を丸くした。




「仲間を逃がしたのか」


「当たり前だろ」




吐き捨てる。




「どうせ捕まるなら一人で十分だ」




男はしばらく黙っていた。


そして小さく笑う。




「昔の仲間にも、そういう馬鹿がいた」




ぽつりと呟く。




「全員死んだがな」




風が吹く。


男は籠手を見つめた。




「……俺だけ生き残っちまった」




その声はどこか遠い。




「傭兵なんて仕事をしてりゃ珍しくもない話だ。だが、いざ一人になると案外堪えるもんだな。だから今は、こうしてあいつらの生きた証を返して回ってる」




男は手にした籠手を軽く持ち上げた。


「だから今は、あいつらの遺品を家族に返して回ってる」




手にした籠手を軽く持ち上げた。




「これもその一つだ」







そして不意に、男は俺を真っ直ぐに見つめた。




「俺もやっぱり、生きてた証を残したいなぁ」




少し考える。


本当に今、この路地裏で思いついたように。




「よし」




男は指をさした。




「お前、俺の弟子になれ」


「……は?」




意味が分からない。


男は肩を竦めた。




「二流とはいえ魔術師だ。弟子の一人くらい持ってみてもいい頃だろ」


「いや、なんでそこで俺になるんだよ」


「さあな」




男は笑う。




「手癖は最悪だが、仲間を逃がした。その判断の速さと度胸……魔術の制御に通じるかもしれない。」




その視線は妙に真っ直ぐだった。




「少なくとも、見込みがないとは思わなかった」




男は少し考えるように顎を撫でる。




「一応聞くが、お前、親は?」


「……一ヶ月前に蒸発した」


「そうか」




短く頷く。







「なら取引だ」


「取引?」


「ああ」




男は指を一本立てる。




「今回のスリは不問にしてやる」




もう一本立てる。




「逃がしたお前の友人についても追わない」




そして最後に、少しだけ悪戯っぽく笑った。




「その代わり――弟子になれ」




思考が止まった。




「……どこまで本気だ?」


「さあな。弟子が欲しい時に、偶然ちょうどいただけだ」


「そんな適当な理由で決めるなよ」


「飯の心配をしなくて済む、という理由ならどうだ?」




男はあっさりと言った。




「俺は弟子が欲しい。お前は捕まりたくない。利害一致だろ?」




あまりにも雑な理屈だった。




だが――。




後に世界最強と呼ばれる男の人生は、この日、この路地裏から始まったのだった。

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