猫がやってきた
「ね、ねえ! みんな!」
洗濯物を干していたはずの一愛は急にベランダから飛び出し、リビングで大声を出した。
「一姉、どうかした?」
「ベランダ見てみて!」
怖がるでもなく慌てるでもないその様子に、くつろいでいた3人は渋々立ち上がった。
「早く早く!」
「何があるというのだ……」
ベランダを覗いてみると、
「おー! あれは!」
それを見た瞬間、百祢は素早く駆け寄っていった。
「にゃんこかー」
「てっきり街中に怪物でも現れたのかと。学校がなくなると思ってわくわくしてた気持ちを返せ」
ベランダにいたのはまるで砂糖をまぶしたような白い毛並みの猫であった。その猫はどうやら西条家ベランダに不法侵入をし、ひだまりで気持ちよく寝ていたところを一愛に発見されたらしい。ただそんな至福の時間を邪魔されたにも関わらず、人間など背景の1つでしかないと思っているかのように4人をちらりと見ただけでその場を動こうとはせず、現在は百祢によってされるがままに撫でられ続けている。
そして2人のさっぱりとした反応に猫派たちは反論する。
「猫いいじゃん! 可愛いじゃん! 猫は人じゃなくて家に懐くって言うけど、どんどん一緒に暮らしていくことで信頼感が芽生えて甘えてきてくれるっていうのめっちゃ萌えるでしょ! ツンデレツンデレ!」
「ふっふっふ、この白毛玉は我が魔界から召喚せし使い魔!この可憐なる姿は世を忍ぶ仮の姿なのだ!」
「私、どっちかっていうと犬派」
「ちなも。命令を従順に聞く方がいい」
このままだと、どこからともなくお越しになった初対面の猫に人間の醜さを見せつけてしまうことになりそうだったので、猫派の2人は昂る気持ちを抑えつけた。
「……そうだ! 名前つけよう、名前!」
「我が決めてある! この者の名は”エンシェント・ダークネス・ドラゴン3世”だ!」
「どこからツッコめばいいの、それ」
「センスがない」
「なにぃ! じゃあ千那の案を聞こうじゃないか」
「うーん……大丈夫の丈に明星の明で”丈明”だ」
「その心は?」
「普通にかっこいいだろ」
「古風すぎないかなぁ……」
姉妹の下2人のセンスはもれなく独特らしい。
「十佳は何がいいと思うのだ?」
「私? まあ……白いから”ユキ”とか?」
沈黙。
「え、なに」
「ああいや、なんかこの流れだから大喜利的なのが出てくるか思って……」
「勝手に期待して勝手に落胆しないでよ」
「百祢のは確かにギャグだけどちなのは本気。心外。撤回を要求する」
「おい! 勝手に断言するな!」
「でもさ、日向ぼっこしてるとこを見つけたのにユキって……」
「すぐに蒸発していきそう」
「どーせ私はネーミングセンスのない女ですよーっだ。じゃあ一姉は? さぞかし素晴らしい名前を思いついてるんでしょうね」
「もちろん! この子を初めて見た瞬間、朧げながら頭に浮かんできたんだもんね!」
「その名は?」
「ミルク!」
「うん、でさ本当に飼うの?」
「講評くらいしてよ!」
姉妹の上2人のネーミングセンスは比較的まともではあるものの、悪く言えばありきたりかつ地味でパッとしないものであった。
「お母さんお父さんはなんて言うかな……」
「まあダメとは言わないと思うが……」
「でもこのベランダにはるばるやってきたってことはウチで飼われたいってことでしょ!」
「それは暴論すぎるでしょ。というか……飼ってもみんなお世話しないでしょ」
「するし!」
「一姉はご飯をあげるの忘れたり、散歩に行くのにめんどくさがったりするのが目に見えるし、千那は……そもそも無関心な感じするし」
そうやって4人が猫の処遇について考えていると、天命が降りてきたかのように急に百祢が手を天空へと伸ばした。
「はい!我がお世話する!」
「百祢が? まああんた意外と真面目なとこあるから任せられるっちゃあ任せられるけども……」
「だろう!」
百祢は自分の妙案を誇示するように猫を抱え上げて空へ翳した。
「じゃあ死なせないようによろしく」
「承った!」
「じゃあ私猫ちゃん撫でる当番ー!」
「ちなはその猫をクッションにする」
百祢は猫と顔を向かい合わせると、
「ふっふっふ、今日からお前は我の使い魔、エンシェント・ダークネス・ドラゴン3世だ!長いからダークネスで!」
「ちょっちょっちょ! その名前で決定なの?!」
「いやまあ……我が世話見るし……」
「だけど私たちもその子をダークネスって呼ばなきゃいけないじゃん!」
「それがどうした!」
「普通に嫌だよ!」
「えー! でも他にいい名前の案がなかったであろう?」
3人は沈黙した。しかしダークネスと呼ぶわけにもいかないので折衷案を生み出そうと必死に頭を巡らす。
そうして最初に口を開いたのは一愛であった。
「じゃ、じゃあさ! エンシェント・ダークネス・ドラゴン3世の3とひだまりで見つけたから太陽のsunをかけて”サン”ってのはどうかな!」
「あ、それいいー! 2文字でとっても呼びやすいし!何より響きがキュート!」
「なら燦と書いて”あきら”と読ませるのは……」
「千那はそういう名前もう諦めて!」
百祢は少し考える仕草をして、
「サン……サン……うん! なかなかいいぞ! 我が魂と共鳴したぞ!」
3人は胸を撫で下ろした。
ペットの名前とは飼い主から与えられる初めてのギフトであり、非常に重要なものだ。そのためこれが普通の状況であればこういった場合、誰が決めるかについて罵詈雑言を浴びせ合いつつ争いになるはずだが、ここで発展しなかったのは偏に世話をしたくない、という心の表れなのだろう。
もし自分が名付けてしまったら名付け親として責任を持たなければならない。そのため百祢の存在は救世主であった。
「……でもさ、さん付けすれば、サンさんになっちゃうんだよね」
「やっぱりエンシェント・ダークネス・ドラゴン3世……」
「あんた、猫にさん付けすんの?」




