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其れは例えば宝石の様な  作者: 弦月 雪啼
蛇と魔術師の章
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鬼灯宿の怪 後編

「土生さん…」

狼狽えている里浜は第一発見者だろう。彼女の悲鳴により続々と宿泊者もやって来た。

最初に到着したのは田村。土生の遺体を見るやいなや「祟りよ!除霊なんてされてなかったんだわ!」と騒ぎ立てる。

次に来たのは霊群だ。彼はやや怯えを含んだ声で祟りを否定した。「私が祓ったんですよ!これは偶然だ!」と。

そんな彼等に家達は「皆さん落ち着いて。中に入らないで下さい。」と現場を荒らさない様に呼びかける。

すると、遅れてやって来た実田が土生を一瞥して状況を察したのかスマホを手にし、電話をかけ始めた。どうやら通報してくれたらしい。すぐに警察官が来てくれるそうだ。それまでの間に家達は現場を観察する。

一見すると自殺に見える遺体には抵抗した痕_吉川線が見られる為、他殺と判断出来る。そのすぐ横には丸い座卓があり、付近には倒れた椅子。それも、この部屋には似つかわしくないオフィスチェアだ。座卓も他の部屋と比べると不自然な位置にある事から動かされたのだろうと察しがつく。目測だが、座卓の上に土生を座らせた椅子を乗せると丁度彼の首に掛けられる高さまで浴衣の帯が垂れ下がっている。そして、浴衣が収められている地袋は開け放たれていた。

窓から見える宿泊客用駐車場にはぽつんと一台の車が停まっているのみ。

(あれは田村さんのものだろうか。じゃあ霊群さんや実田さんは車では来ていないんだな。)

そんな事を考えているとパトカーのサイレンが聞こえて来た。


◇◆


到着したのは長い髪を纏めた若い女性刑事だった。名前は来栖 香帆(くるす かほ)。彼女はテキパキと現場の指揮を執り、広間で関係者への事情聴取を始めた。

まずは家達からだ。職業や年齢、ここに来た経緯、被害者との関係性などの質問に答えていった。

「…では、被害者はその集まりまでは生きていたんですね?」

「はい。間違いありません。」

「分かりました。では、家達さんはその後何を?」

「実田さんと少し話してから部屋で読書をしてました。一人だったのでアリバイにはなりませんけど…」

「そうですか。ご協力ありがとうございます。」

来栖はそう締め括り次の人物に話を訊く。それは雑誌記者の田村だった。

「私は記者として霊群さんのお祓いを写真に収めて…その後は自室に戻って写真の確認と記事に書く事をまとめていました。」

「それはお一人で?」

「勿論です。まさか私、疑われてるんですか!?」

「いえいえ、確認ですよ。お話いただいてありがとうございます。」

貴方は?と続けて来栖が訊いたのは霊群だ。

「私ですか?私はお祓いで疲れたので部屋で休んでましたよ。」

彼の証言をメモした後、来栖が訊いたのは実田。

「僕は色々見て回ってました。この宿、怪奇作家としてはすごく参考になる佇まいなので。」

「何か不審なものは見ていませんか?」

「うーん…見たって言うか聞きはしましたね。自分以外の足音がしたんです。仲居さんは夕食の支度をしているみたいだったから、多分別の人じゃないかなって思ったんですけど…」

と彼は宿泊者の顔を見回した。その時

「瑞樹さん…そうよ!瑞樹さんに違いないわ!!」

ずっと口を噤んでいた里浜が怯えを含んだ悲鳴の様な声で言った。全員の目が一斉に彼女に向く。そんな事には構わず彼女は錯乱した様子で続ける。

「恨まれて当然だもの!あんな事して、きっと次は私!」

ヒステリックに叫び逃げ出そうとする彼女を、来栖は慌てて引き留めた。

「待って下さい!詳しく聞かせて頂けませんか?」

「いや!放して!殺される!」

「警察で貴方の身柄を保護します!だから一旦落ち着いて。」

「警察が幽霊から守ってくれるんですか!?無理でしょ!?いいから放して!!」

平行線の押し問答が続く。来栖はなんとか里浜を落ち着かせようと声をかけるが焼け石に水のようだ。下手に何かを言っても逆効果になってしまいそうで、何も言えずにいると、非常に落ち着いた声が響いた。

「大丈夫ですよ。大丈夫。お化けなんて居ませんから。」

穏やかでやけに心地の良い声の発生源を辿れば、実田と目が合った。彼はニコリと笑って続ける。

「深呼吸しましょう。はい、吸って~吐いて~。そうそう、上手。大丈夫ですよ~。」

そんな風に彼が宥め続けると、里浜は次第に落ち着きを取り戻していった。そのまま彼が促すと、里浜は少し不自然な程に素直に証言を始めた。

「土生さんが亡くなった部屋、あそこは瑞樹さんが亡くなった所でもあるんです…それで、その…パワハラって言うんですかね?酷い事言ったり、時には手が出たり…土生さん、瑞樹さんにそういう事してたんです。私も、その、見てみぬフリをしてて。そしたら、あの部屋で瑞樹さんが首を吊ってたんです。

だから私、瑞樹さんが恨んで出て来たんだと思って……」

ポツリポツリと語られたのは瑞樹沙和の死因。こんな事があったのなら、土生は人から恨みを買う事が多かったのではないかと予想出来る。

家達はさっと周囲を見渡してみると、田村の顔色が少し悪い事に気が付いた。

事情聴取を終え、一旦は待機となった。


◇◆


田村がお手洗いにと席を外した時、家達は気になっていた事を里浜に訊いていた。

「そういえば、里浜さんはあの椅子に見覚えないですか?」

「椅子…?ああ、あれはスタッフルームにあったものと同じものだと思いますけど…」

「では、押し入れの襖の取り換えとかって今日してました?」

「え、いや、してませんよ。」

「そうですか。ありがとうございます。」

(やっぱり犯行に使われていたのか。)

家達は見つけていたのだ。犯行現場の部屋には備え付けの押し入れがあったのだが、その地袋の襖が一枚無くなっているのを。

何処へ行ってしまったのだろう。探しに行きたいと思っていると、田村が戻って来た。先程から優れない顔色が気になっていた家達は彼女に声を掛けた。

「田村さん。顔色が優れないようですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。…こんな事中々ありませんから、緊張してるのかもしれません。」

ははは、と力なく彼女は笑った。

「ところで、あの部屋何か変でしたよね?」

その場に居た他の三人にも聞こえる様に聞いてみた。すると彼女は確かに、と頷き言った。

「襖が一枚無かったですね。」

「そうなんですか?僕は椅子とか遺体が気になってそれどころじゃなかったですよ。よく見てますね、記者さん。」

会話に割り込む様にそう言ったのは実田だった。

その言葉にピシりと固まり、視線を彷徨わせた田村の左手人差し指の先には先程まで無かったはずの絆創膏が巻かれていた。

「え、ええ。これでも記者ですから…」

そんな風にぎこちなく言う彼女はそこはかとなく怪しい。とは言え証拠も無いのだからこの場では何も言えない。

家達は確証を手に入れる為にこっそり調査を始めた。

そして、とある場所で()()を見つけて犯人を確信した。


◇◆


「犯人は貴女ですね。田村さん。」

戻って来た家達は彼女の目を真直ぐに見据えてそう告げた。

「な、何を言っているの…?」

狼狽える田村に対して、更に続ける。

「貴女、俺が“あの部屋変でしたよね?”と聞いた時真っ先に“襖が一枚無かったですね”って言ったんです。他にも場違いな椅子があったり、机が動されていたりと不自然な点はいくらでもあったのに。田村さんはパッと見ただけでは開けっ放しになっているように見える襖を指摘したんです。

それだけ、襖を気にしていたんですよね。自身の犯行を裏付ける何かが残ってしまっていたから。」

そう言って、家達は部屋の外に立て掛けていた一枚の襖を持って来る。何らかの傷がついており、よくよく見るとそれにはほんの僅かに赤いシミが付いている。

「そ、それ…」

「貴女の部屋にありました。貴女は土生さんを帯を使って絞殺した後、スタッフルームからオフィスチェアを盗み遺体を座らせ、襖をスロープの様に使って机の上に移動させた。そして、帯を鴨居から垂らして土生さんが首を吊ったように見えるように括りつけて椅子を倒し、机をずらした。

衝動的な犯行だったのでしょう。手袋も何も用意していなかったから襖を外す際には素手だったせいで指先をささくれで切ってしまった。その血液が付いてシミになってしまったから隠すしかなかったんですよね?

…自首して下さい。まだ間に合います。」

家達は言い逃れの出来ない証拠を提示し説得を試みる。

衝動的な犯行で、その後も酷く動揺していたことから犯罪には縁の無い人だったのだろうと推測できたからだ。

何か大きな理由があるはずで、それによっては情状酌量の余地もあるだろう。

そんな事を考えていたのだか…

「……まだ…まだよ…!」

田村は震えた声でそう呟くと、ポケットからカッターナイフを取り出し、くるりと向きを変えて襲いかかった。その先に居たのは霊群だ。彼は突然の事態に驚き固まってしまった。

家達も行動が出遅れてしまい、その刃が届いてしまう。

…そう思われたが、次の瞬間には田村は地に伏せ、取り押さえられていた。

間一髪のところで間に割って入り、カッターナイフを弾き飛ばし、彼女を組み伏せたのは実田だった。

彼が田村にしか聞こえないように何事かを囁くと、彼女は憑き物が落ちたように抵抗を止めて、ハラハラと涙を流し始めた。

そのタイミングで物音を聞きつけた来栖をはじめとする警察官が駆けつける。

「大丈夫ですか!?」

「刑事さん、この方がちょっと…」

実田が取り押さえた体勢のまま、応対しようと口を開いた時。

「ごめんなさい。私が、やりました。」

ポツリと田村が言った。彼女はそのまま動機を語る。

「私、前にここに勤めてたんです。沙和と元々仲が良くて一緒に働いてたんですけど、キツくて逃げちゃったんです。その後…出版社に就職したくらいの時に、沙和が亡くなったて聞いて……絶対パワハラのせいだって思いました。でも祟りのせいになってて、霊能者のお墨付きまであって。

そんなはずないと思って、取材って体でお酒を注いで、その事を問いただしたらあの男、「話題性が出て良かった」って言ったんですよ!

もう許せなくて……」

拳を握り締め、昂る感情のままに捲し立てた彼女は警察に連行されて行く。

「御協力ありがとうございました。」

事情を聞いた来栖は実田に対して深々と頭を下げた。

「いえいえ。僕はできる事をしたまでですし、犯人を特定したのは家達さんですから。」

彼はにこやかにそう言って、ね?とこちらを向いた。

「確かに推理はしましたけど、実田さんが居なかったらどうなってたか分からないですよ。」

「そうなんですね。お二人共御協力ありがとうございました。」

彼女は再び頭を下げたが、続いて

「でも、犯人を刺激するような事はあんまりしちゃダメよ。危ないんだから!」

と少し眉をつり上げて言った。

「すみませんでした。」

これには家達も素直に謝罪を口にした。先走った行動のせいで人を危険に曝してしまった事を反省していたのだ。

すっかり意気消沈した面持ちの家達を見た来栖はそれ以上言及しなかった。


警察が撤収した後、帰りがけに実田が呆然とする霊群に話しかけていた。

「そうだ。霊群さん、無責任な事を言い広めて中途半端な儀式をするのはお止めになった方が宜しいかと。

…本来ならこんな事件は起こり得なかったのだと確と心に刻みなさい。いいですね?」

酷く冷たい目で霊群を見る彼の言葉には節々から怒りが見て取れた。その威圧感と先の出来事で完全に萎縮してしまった霊群は蚊の鳴くような声で「…はい……」と頷いた。

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