鬼灯宿の怪 前編
八月十日午後四時頃、土砂降りの雨の中で家達はとある民宿へ赴いていた。郊外にある、木々に囲まれたその民宿は古い二階建ての日本家屋をリノベーションしたもので、独特の懐かしさと不気味さを感じさせる佇まいをしている。
何故こんな天気の中、彼が此処へ来たのか。
それは一つの依頼が理由だった。依頼主は田村 祥子と言う雑誌記者。「祟られていると噂がある民宿の謎を解く」と言う企画に参加して欲しいとの事だ。この“祟り”と言うのが何とも纏まりが無く、例えば四年前には従業員の女性が民宿内で自害をしていたり、二年前には宿泊客が交通事故に遭っていたりなど、決まった日付に不幸が起こるのだと。
この企画には霊能者を名乗る霊群 士門も参加するらしい。大方寂れた民宿が宣伝の為に、雑誌はおもしろ可笑しく取り上げようとしているのだろう。
つい二ヶ月前までならくだらないと断っていた。やはり実物を見た事で大きな影響を受けたのだと実感する。
「本日はこんな天気の中、ご足労いただきありがとうございます。家達様。」
「いえ、こちらこそお世話になります。」
雨で少々ぬかるんだ地面を踏み越え引き戸を引くと、土間の先に木製の床とカウンター、鍵付きの下駄箱が見える。飾り棚には生け花が飾られている。少々暗い様に思うのは天気のせいだろうか。それとも元々そういう照明なのか。
内装を眺めていると作務衣姿の四十代の男_宿の主人である土生 雅也が出迎えた。にこにこと笑顔を浮かべて彼は宿泊の手続きを済ませて家達を部屋まで案内しようとした。
その時。
「家達さん、すみません!!遅くなってしまって…」
息を切らせ、一つに結んだ長い髪に水を滴らせて飛び込んで来たのは半袖のワイシャツにスラックスを着た女性_田村だった。その様子から相当急いで来た事が覗える。
「いえ、全然。俺も今来たところですから。」
「田村様、大変だったでしょう。途中の道路で事故があったみたいですから。」
電車とバスを乗り継いで来た家達は知らなかったが、どうやら付近で車がスリップ事故を起こしたらしい。その影響で通行止めになった道路があったのだ。田村はその影響で遅れたのだという。
世間話をしながら予約されていた部屋に向かっていると、廊下の先に困った顔でうろうろ歩き回っている一人の少年が見えた。顔の左半分を前髪で隠した、小柄で中性的な雰囲気の…身長からして中学生くらいだろうか。その場にいた三人はそう判断した。
親と逸れたのなら声を掛けた方が良いだろうか。
家達がそんな風に考えていると彼の目がこちらを見た。正確には土生の姿が目に映ったのだろう。眼鏡の下の瞳に歓喜の色が映った。
「すみません!従業員の方ですよね?迷っちゃって…」
「お部屋の番号は分かりますか?」
「えっと、202号室です。」
「えっ?」
家達と田村に断ってから対応した土生だったが、部屋番号を聞いて困惑の声を漏らした。
「失礼ですがお客様。202号室は一人部屋なのですが…親御様は…?」
「親御様って…!これでもれっきとした成人です。一人で此処まで来ましたよ。」
「し、失礼致しました!」
「ホントにね…もう…みんな中学生だの女の子だの……!」
口を尖らせむくれているせいで余計に幼く見えるが、どうやら彼は成人男性だったようだ。
(マジか…)
これには家達も思わず心の中で呟いた。洒落た響きを持つ気だるげな声は、確かに変声期を終えている事を示していた。しかし、何とはなしに容姿との乖離を感じてどこかチグハグな印象を受けた。
部屋が家達と隣だった事もあり、一緒に行く事になった。道中、せっかく知り合ったのだからとお互いに自己紹介やこの宿へ来た目的なんかを話していた。
彼の名前は実田 裕。普段は海外で暮らしている怪奇作家で、この宿の噂を耳にしており興味本位でやって来たのだと言う。
「にしても…ホントに雰囲気ありますよね~。お化けとか出そう。」
「…“出る”と言ったら、どうします?」
「え…?」
脅かすような口調で土生が言った言葉に皆して彼に注目した。聞いていた噂は不幸が起こるという内容で、幽霊などが出るといったものではなかったからだ。
「出るんですよ。それも、幼い女の子の霊がね。」
そう言って、彼は内緒話でもするかのように語り出した。
「この近くにね、加賀地村って言う村があったんですよ。そう、六年くらい前に大火事があった村です。ニュースにもなりましたね。その火災が神様の祟り…この宿に不幸を起こしているモノと同一だと思っているんです。…きっと私に憑いて来たのです。
話が逸れましたね。火災でたった一人、行方不明になっている子がいまして。綱手 采花という当時12歳の女の子なのですが…聞いた事ありませんか?ここに出るのはその子の霊なんです。」
「そんなお話があったんですね!」
「ふーん。」
わざとらしい程に興味津々といった様子で身を乗り出して聞く田村とは対照的に、実田は意外にも冷めた目で土生を見ていた。
◇◆
荷物を部屋に置いた後、家達は広間に向かって歩いていた。広間で霊群とも合流し改めて土生から祟りについての話を聞く事になっていたからだ。
年季の入った床は時折ギシリと音を立てて不安を煽る。外の嵐が不気味さを際立たせて怪談にはぴったりのシチュエーションを演出している。
畳張りの広間には座卓と座椅子が並べられ、奥に見える暖簾の先はキッチンになっているようだ。丁度そこには夕食の準備をしている仲居の里浜 凛子が居た。遠目からでもそわそわして落ち着かない様子が見て取れる。
(…なんだ?何かに怯えている様な…もしかして祟りを信じているとか?それとも別に何か怯える様なものが…?)
話し掛けようかと考えていると土生が入って来た。その後ろから田村と胡散臭い雰囲気の二十代後半程に見える髪の長い男_霊群が続く。そして田村は家達に気付くと
「家達さん、こちら霊能者の霊群 士門さんです。」
と彼に手を向けて紹介する。続けて家達を指し、霊群に向けて紹介する。
「こちらは探偵の家達 律槿さんです。お二人共、本日は宜しくお願い致します。」
全員が席に着いたところで始めに田村が手帳を見ながら六年前の火災の概要を語り出した。
「8月10日夜中、加賀地村にて火災が発生。通報を受けた消防が駆け付けた時には既に炎は消し止められていた。
村にだけ大雨が降った様に地面は濡れ、川付近では怪しげな集団や住民の溺死体が発見された。炎から逃れる為に飛び込み、そのまま溺れてしまったのだろうとみられる。
当時交番に勤めていた葛城 巧明巡査が火災の初期段階で住民の避難と応援の要請、消防や救急への通報を行った記録が残っており、約四分の一の住民はこの段階で避難している。逃げ遅れた住民の身元も判明しており、残る一名_綱手采花さんのみ、現在行方不明となっている。
…だそうです!」
読み上げた彼女が顔を上げると、土生は神妙な顔つきで頷いた。
「その火災を生き延びた私は四年程前にこの民宿を経営し始めました。そして、その年の8月10日に…従業員だった瑞樹 沙和が亡くなったんです。それからというもの、毎年何かと不幸が付いて回っていて…」
「そういう事ならこの私!霊群 士門にお任せ下さい!」
霊群は土生の話を遮る様に意気揚々と名乗りを上げる。
(やっぱ胡散臭いなこの人…)
家達は思わず引き気味にジト目で見てしまった。
「早速お祓いの儀式をしましょう。田村さん、準備を手伝って貰えますか?」
「は、はい。」
そう言って二人は暖簾の先に消えていった。暫くして戻って来た彼等の手には様々な道具があった。田村は人数分コップとやかんを乗せたお盆、霊群は何やら仰々しい模様の入った鏡と平皿をそれぞれ持っている。田村はお盆を机に置いてカメラを取り出し、霊群はそれらを土生の前に並べ儀式を始めた。
皿に水を入れ、鏡に土生の姿を映し、何やら古めかしい祝詞らしきものを唱える。それが終わると、田村が持っていたコップにやかんで水を注ぎ、土生に渡す。土生が水を飲むのを見届けて儀式は終了した。
何枚か写真を撮っていた田村は労いの言葉をかけながらコップを配り水を注ぐ。
「お疲れ様でした。良い画が撮れましたよ!」
「いえいえ。どうです?土生さん。少しは良くなったでしょう?」
霊群はそれを飲み、土生に問い掛ける。
「いやぁ…どうでしょう。なんとなく肩が軽くなった様な気はしますが……」
土生は困った顔で歯切れ悪く答える。
(そりゃ困るだろうな。俺もこんなよく分かんねー儀式に感想求められたら困るし…)
家達がそんな事を思っていると、土生が立ち上がった。
「私は仕事に戻りますね。どうぞごゆっくりしていって下さい。」
彼はそう言って広間から退室した。彼に続いて霊群も休むと言って部屋に戻る。
「じゃあ家達さん、また夕食後に。」
「ああ、はい。」
本格的な探索は夕食後だそうだ。
(正直、この集まりに俺必要だったか?)
家達は疑問に思いつつも広間を出た。すると
「いや〜なんだか面白い事してましたね。」
実田が壁に背を預けて立っていた。
どうやら先程の儀式をこっそりと覗き見していたらしい。
「俺はああ言うのは詳しくないので、よく分からないんですけどね。」
「まぁ、あんま真に受けない方が良いと思いますよ。オカルトってのはフィクションとして楽しむものですから。
ツチノコとかネッシーとか…あとアルカナとか言う石ころ。ああ言うのは“有るかもしれない”ってロマンが良いんです。どうせ存在しないんだから本気にして破滅しちゃだめですよ。…ね?」
「そうですね。」
怪奇作家を名乗る割にはとても現実的な忠告に深く頷いた。どうやら彼はかなりのリアリストらしい。“本物”を見た事のある家達もあれが一生に一度有るか無いかのレアケースだと自覚しているので、これが正常な考えだと思ったのだ。そんな彼の言葉の中で引っ掛かった物があった。
「…アルカナって何ですか?」
ツチノコやネッシーはUMAの代表格として知っていたが、これだけは聞き覚えが無かったのだ。
「あぁ、ネットの噂とかはあんまり詳しくない感じです?十年…もうちょい前くらいからあるっぽい話です。丁度ネット掲示板の怖い話が流行ってた時にぽんっと投稿されてて、今になって拡散されてるんですよ。なんか“願いが叶う神秘の石”って言われてるみたい。高価な宝石のどれかで、太陽光に当たると緑色に輝くんだとか。
まあ、これも有ったら良いなっていうロマンの話ですね。」
「そんな話があったんですね。」
家達は相槌を打ってはいたが、内心それどころでは無かった。余りにも思い当たる節があったからだ。
(十年くらい前、宝石…偶然にしては重なり過ぎじゃないか?もしかして、怪盗アルセーヌの目的はアルカナってやつか?いや、んなもん手に入れて何をするってんだよ…)
◇◆
実田と別れ、部屋でアルカナの事をネットで調べてみたり、読書をしたりして夕食までの時間を潰していると。
「キャーーー!」
悲鳴が響き渡った。何事かと思い、駆けつけた先はとある客室。そこには……首を吊て亡くなった土生の姿があった。




