710.皆と一緒に(本編完結)
「月影、ドレスのデザインを頼む」
「あらあら、ユストさん。
ちなみにそのドレスって、どなたが着るの?」
30代になった私は、今も月影としてリュンヌォンブル商会で、デザイナーをしている。
「ニルティ公爵の結婚式で、王族籍を抜けるジェシティナ様のウエディングドレスだ」
「きゃー!
とうとう、うちのお孫ちゃん、いえ、あの子もそんなお年になったのね!」
「ラビ……孫の晴れ姿に思いを馳せる婆さんみたいに……」
「もちろん、お受けするわ!
モデルのオネエ様にも声をかけなくっちゃ!」
「おーい、聞け……って、行っちまったか……」
――ニルティ公爵家の結婚式以降、また月影の名が世界に向けて広まった。
「トワ先生~!
【レッツ・エンジョイ三度目の人生】の漫画化が決まりました!
ただ、漫画家さんは最近学園での職を、年齢から引退されたとかで……」
「ふふふ。
人生100年発言をしてて、まだまだお若い方ですもの。
問題ないわ」
――この漫画は、少し若い年代に人気が出たの。
主に少年達の心をガッチリ掴んだそうよ。
あまり字を読まない、若者男子層にもトワの名前が広まり、舞台化もした。
「それから【夜王〜追い堕とす金の鷹】の大人版が好評で、そちらのコミカライズを、ペンネームがダツィさんという方にお願いしたいんです。
先日の同人誌発売会で見つけて、お声かけしたんですが、いかがでしょう?」
編集長が言いながら、私にサンプルとなるエッセイ漫画を渡す。
「ダツィ……それに、このエッセイ漫画は……」
確かダツィア侯爵令嬢が、そんなペンネームでエッセイ漫画を同人販売していたわ。
少し前だったかしら。
今やカリスマ絵師として、私の小説以外でもカバーや挿絵等々を担当するようになったヘインズが、そんな話をしながら見せてくれたのが、かのエッセイ漫画だった。
ムカデの毒の後遺症で苦しむ旦那様を、長年看護し続けた体験を描いている。
R18版のイラストなら、ヘインズよりもこのダツィ氏が描くイラストの方が合っている。
そう思ったのを覚えている。
「きっと長年の看護生活が、落ち着いたのね。
もちろんよ。
ダツィさんにお声かけを、よろしくお願いするわ」
――こうしてダツィ氏による、ねっとりした世界観にはまったアダルト世代の中でも、特にアダルト上層部から支持を受け、虎和のロゴは諸外国にも浸透した。
「エイナ子爵、いえ、オーナー!
【夜王】のコラボグッズと、限定版【夜の王様魔法具ッズ】が予約開始早々、完売しました!」
「あらあら。
それじゃあ、エイナ子爵の名前でギルドに所属する先輩達にも応援を頼むわ」
――ダツィ氏による漫画版の1巻が発売するのに合わせ、【夜王】に登場する小道具とコラボした商品を夜鳴る~で発売。
以降、新刊が発売される度、大量のコラボ商品を製作するようになった。
エイナ子爵の名前で、頻繁にギルドへ魔法具師のスケット募集をかけるようになり、一部のコアな層にお店の名前だけでなく、エイナ子爵の名前も知れ渡る。
そうして少しずつ、時間をかけて確実に、前世の夫婦である私と影虎の名前が、ロベニア国から世界中に広まっていった。
けれど40代間近となった今も、私はいつか転生して必ず会えると言った影虎と再会していない。
そんなある日の、満月の夜。
とある山にひっそり建つ家の縁側で、私は白黒の犬達と静かに月を眺める。
「「「「「「ラビ(お母さん)」」」」」」
「皆、いらっしゃい。
今日はお月見団子を用意したのよ」
私の頭にキャスちゃん。
座る私の膝枕ならぬ、膝座布団にディア。
ディアの甲羅の上にリアちゃん。
それぞれの長い胴を、それぞれが私の腰に巻きつけ、前後から左右の肩に顎を載せる、ラグちゃんとピケルアーラ。
私の足下にニョキッと生えた隊長。
「緑茶と日本酒も用意したのよ」
言いながら、向こうの和室に用意してあるお団子とほうじ茶、日本酒を指差す。
「お母さん。
最近、この家によくいるね」
とは、ディア。
「前世の旦那が恋しいのかい?」
とは、リアちゃん。
縁側で寝そべる白黒の犬達の耳が、ピクリと動くのが視界に映る。
「そうね。
恋しくはあるわ。
前世でできた家族との思い出ごと、影虎が恋しい」
この家は、前世で私と影虎が最後まで過ごした家を模している。
「俺達は皆、前世のラビの記憶を共有している。
ラビが恋しく想う気持ちも、わかる」
さすが妻子持ちのラグちゃんね。
「でもラビはもう、気持ちを整理してるよ?」
「ええ、あなた達皆が、そして今ではお兄様達家族も、私の家族になってくれたんだもの」
ピケルアーラの言う通り、気持ちは整理している。
けれど未だに影虎らしき転生者に、そして前世の家族とは2度と会えないと思うと、恋しさが募る事もある。
それで山を買い、この家を建ててしまった。
ちなみにベルジャンヌ時代の名残りのようなログハウスは、既にロブール邸から撤去してある。
ラビアンジェとして転生し、影虎の魂と再会するまで、影虎も含めて前世の家族とは誰にも、もう2度と会えないと思っていた。
それもあり、家族の中心にいた影虎と生きた時間が、何よりも影虎への想いが、10代で影虎と再会したあの日まで、ラビアンジェとして転生した後も年々、大きくなっていた。
「ラビは影虎に執着しすぎたじゃ~ん」
「ふふふ、その通りね」
隊長の言葉に苦笑する。
だからこそ影虎がすぐに転生せず、たとえば今日、転生していたら、どうだろうかと考えてしまう。
性差くらいなら、どうとでも乗り越えられる自信はある。
けれど、あまりにも年が離れていたら?
もしくは血が濃い血縁者として、転生してしまったら?
転生した影虎との、ままならない関係に堪えられなったはず。
転生した影虎の気持ちも無視して、拉致監禁も辞さないくらい、暴走したかもしれない。
だって私は、初代ロベニア国王であるヴェヌシスの子孫ですもの。
「ねえ、ラビ。
ラビアンジェとして生きている間に、影虎に会えないのは嫌?」
「キャスちゃん。
確かに、もう今世で影虎に会えないかもしれないけれど、今世でなくてもいいと思えるようになっているわ」
頭に鎮座するキャスちゃんを、腕に抱え直して抱き締める。
「私自身、何度か転生しているし、アヴォイドが私に誓約をかけていたからこそ、私は来世も記憶を保ったまま転生する。
けれど影虎は、違うかもしれない。
なのにラビアンジェとして生きる間に影虎と会えば、私は転生した影虎に、前世の影虎のような態度を期待してしまうかもしれない」
そんな私は、私らしくない。
何より、楽しくないわ。
転生した影虎も、そんな私とは出会いたくないはずよ。
「何より、今世では前々世であんな別れ方をした、キャスちゃんとラグちゃんとの時間を充実させたいわ。
前世で月和として生まれて、死を迎える時まで、そう考えていたのよ」
影虎と再会するのが今世でも、来世でも、もっと何度も転生した後でも……。
「いつかは必ず、転生した影虎と会えるわ。
再会した時、私と影虎の関係が夫婦になるのか、血の繋がった家族になるのか、友達なのか、もっと違う形なのかわからないけれど……」
言いながら見上げれば、空に浮かぶ美しい満月が目に映る。
「三度目の人生を楽しんだ先に、転生した影虎が待っていると確信しているの。
これは魔法師としての勘ね」
思えば1度目の人生は側に誰がいても、独りで全てに結論を出して生きていた。
2度目の人生で両親や夫、子供や孫達ができた事で、家族がいる事に安心感を覚えた。
3度目の人生である今世は、月和として得た家族と今生の別れを自覚して、少々やさぐれた反動ではあったものの……。
「だからこれから先も、何度生まれ変わっても、私は皆と一緒に人生を楽しむわ」
影虎からの愛情のような、慈しむように優しい月光を浴びながら、人よりも寿命が長かったり、私より短いかもしれない家族皆に、そう告げた。
「「「「「「ラビ(お母さん)」」」」」」
「「ワン!」」
「んぶっ、ぐっふ」
感極まった家族達の、突進やら、絞め上げやら、顔面(口)へばりつきやらで、死にかけたのは秘密。
3度目の人生は、受け取る愛が重い……のかもしれない。
―本編完結―
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
そして、これまで本作を長らくご愛読いただけたことを、心より感謝し、お礼申し上げます。
これにて稀代の悪女の本編は完結です。
最後はシリアスで絞め上げ、んんっ、締めくくれたと思います!
狙い通りです!
本日、本作書籍版(最終巻)が発売されました!
ぜひご購入をお願いしますm(_ _)m
※WEB版とラストを変え、多々あるオリジナルシーン(月和と影虎の一瞬のラブをわかりやすいところに配置etc)をプロローグから入れております。
※ぱぴこ様に描いていただいた口絵が公開されてます。
男子3人の真剣な顔(ミハイルは何か言いたげにも見えます)に対し、ラビアンジェののんきな寝顔は、書籍本文通りです。
https://x.com/kadokawabooks/status/2004115901939859806
最終話が長くなったので、詳しくは活動報告に書きます(っ´ω`c)




