708.黒犬と毒牙
「ラビアンジェ」
「あらあら?
お兄様もラルフ君の初舞台監督作品をご覧になりに?」
ラルフ君との一時を終え、その場を出た私は、声をかけられて振り向く。
目に入ったのは、ロブール公爵家当主となったお兄様と……。
「ワンワン!」
「何だか見覚えのあるワンちゃんね?」
思わずコテリと首を傾げる。
同時に、朱色の瞳をした黒犬が、お兄様の側を離れて私へ駆けてきた。
「ラルフから、舞台のチケットをお前に贈ったと聞いてな。
お前なら公演初日に必ず来て、ラルフに会いに行くと思ってたんだ」
「左様ですのね。
もしや何か政策に行き詰まりまして?」
「いや、お前の意見はとても貴重だが、いつもお前に会いに行っていたのは、レジルスにせっつかれたからで……」
「ワンワン!
ワンワン!」
「はあ、わかった。
秘密だったな。
それよりラビアンジェ。
この黒犬を少し前に拾ったんだが、似ているだろう?」
「まあ……ええ、それはそうですけれど……」
どこかバツが悪そうな顔のお兄様に言われなくとも、何に似ているかなんて、尋ねなくともわかる。
「キュイ~ン、キュイ~ン」
お兄様への鳴き方とは違い、その間も私には甘えた声で鳴く黒犬。
かがんだ私の手に、撫でてくれと言わんばかりに頭を擦りつけてくる。
時々する上目遣い……たまらん。
前々世で首輪を贈った黒犬のポチと、姿も仕草も激似ね。
あの時のポチは、まだ王子だった頃のレジルス大公で……つまり……。
「つまりこの子は、大公ですの?
朱色の瞳なんて、犬にも魔獣にも見られない色でしてよ。
どうして犬に?
そんな魔法は……」
「作ったんだ」
「え?」
「レジルスがそんな魔法を作って、だな……あー……」
「ラビ」
「キャスちゃん」
言い淀むお兄様を横目に、目眩ましの魔法で姿を隠すキャスちゃんが、ポンと現れる。
私達以外にキャスちゃんの姿は見えないようにしている為、行き交う人々は無反応だ。
「うわ、コイツ、何やったの」
「え?」
「獣化して、その状態で魔法のロックかけてる」
キャスちゃんが黒犬、いえ、大公を見た途端、顔を顰めて爆弾発言。
「つまり?」
「自力で人化できないと、まあ……そういう訳だ」
「「……えー……」」
ドン引きよ。
この子、何してるの?
キャスちゃんと一緒に、えーをお見舞いしてしまったじゃない。
「そこで、なんだが……すまん、ラビアンジェ!
レジルスを引き取ってくれ!」
「……えー……」
お兄様のお願いに、今度は私だけで、えーをお見舞いしてしまう。
「お兄様が引き取れば……」
「実は、妻に2人目ができた」
「そう、2人目……え、2人目?!
まあまあ、それはそれは、おめでたいですわね!
今お腹にいるなら、生まれるのは来年の春頃かしら!
前回、お姉様が夜鳴るお店にいらした時は、何も仰ってませんでしたものね!」
おめでたいお話に、ついうっかりとお得意様の情報を漏らしてしまう。
「なっ、まさか、とうとう妻までがお前の毒牙に?!」
「ふふふ、毒牙だなんて。
お姉様のように、ナイトな装いをお気に召されて購入される方も多いんですのよ。
月影とトワの、コラボデザインでしたの。
お姉様にも、よくお似合いだったんじゃないかしら」
慌てるお兄様に訂正してあげれば、お兄様が何かを思い出したような顔をする。
「ま、まあ、確かに、それで2人目ができ……いや、何でもない。
ラビアンジェ、俺の妻には鞭も蝋燭も販売禁止だ」
「心配なさらなくとも、お姉様はSでもMでもありませんのに」
「くっ、エスとエムが何かはわからないが、聞いてやらん!」
「え?」
最後の言葉は低く呟く声で、聞き取れなかった。
「いや、何でもない。
今回もつわりが酷い。
それに1人目の時は、昔治ったはずの喘息が再発していた。
その状態で獣の毛を吸うのも、妊婦に良くないが……」
「お姉様も、私と同じく動物をモフり吸いするのがお好きですものね」
「そういう事だ」
お兄様が大きく頷いたように、お兄様の奥様にして、私の義姉となった元フォルメイト侯爵令嬢は、幼少期に酷い喘息を患っていた。
動物好きでありながら、近くに犬猫がいるだけで喘息が誘発されていたらしい。
成長と共に喘息はなりを潜めたものの、長らく動物と接触を禁止された反動からか、重度のモフり好き。
ある日、私がキャスちゃんの腹吸いをしたのを、お姉様がたまたま目撃してからは、腹吸いに魅了された同士となった。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
キャス:傍迷惑系腹吸いシスター爆誕……。
ラビ:仲良しエピソードね!
ミハイル:せめてそっち方面の毒牙だけにしてくれ……。
そして本編完結まで、あと2話です!
最終話は、普段の倍近い長めのお話となるかと!




