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僕が行った月の話  作者: 坂本啓
一歩ずつ
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陰と光

 担任との戦いは、まだ続いている。お父さんが言っていた通り、突然すべてが良くなるってことはない。

「でもさ、子供だと思ってナメてると思わぬ反撃くらう、って分かったんじゃねえ?」

 千葉くんは、あれから毎日楽しそうだ。千葉くんだけじゃない。子供だからってだけで、黙って我慢しなくていい、大人とだって戦える。それが分かっただけで、クラス全体が少し明るくなったんだ。




「トモ、乗って! 早く早く!」


 ウサギの背中につかまって、月面を駆ける。僕がいつも降り立つ「蒸気の海」から「熱の入江いりえ」を通り、巨大なクレーター「コペルニクス」の脇を駆け抜けて「嵐の大洋」ヘ。地球から見て左側へ向かい、ウサギが四本足でねていく。

 十月八日、水曜日。今夜は皆既かいき月食だ。



 満月が地球の影に入り込む月食の中でも、皆既月食は特別だ。白く光る月がだんだん欠けていき、見えなくなるかと思えば赤く丸い月が出現する。しばらくすると左側から白く明るくなり、赤い部分が黒い影になり、それから元の白い満月に戻る。神秘的で美しい。

 三年前、僕が二年生の冬にも皆既月食があったのを思い出す。最初から最後まで見たくて窓に張りついていて、すっかり体が冷えてコタツにもぐってたら寝ちゃって、結局半分しか見られなかった。

 今回は絶対に、全部見てやる。僕は夏頃から決めていたんだ。



「よし、間に合った!」

 ウサギが止まると同時に、僕は飛び下りる。ウサギが座って構える。地球を見るときの特等席、おなかソファに背中から倒れこむ。ウサギの両前足が、僕の体をずり落ちないように押さえてくれる。

 間もなく、地球の陰になっていた太陽が、チラリとのぞいた。地球の縁に光が回る。僕とウサギがいる場所にも光が届く。まぶしくて、でも目を閉じるのはもったいなくて、僕はギリギリまで目を細めてその光景を眺めた。



 今回の皆既月食は、月が完全に地球の影に入る皆既食の時間だけで一時間ちょっとある。欠け始めから終わりまでフルコースだと、三時間を超える。全部を月で見るのは、残念ながら無理だった。

 始めと終わり、どちらにしようか。悩んだ結果、欠け始めから赤い月になるまでを地球から見て、そこから戻っていく様子を月で見ることにした。始まりが夕方六時過ぎからで、部屋で寝てたらさすがに不自然、という事情もあって。

 計画は、こうだ。晩ごはんを早めに食べて、お風呂は終わったら入ることにして、一人で観察しながら見たいと言って部屋に入る。赤い月をじっくり眺めてから、月が光を取り戻す様子を月で体験する。月食が完全に終わる少し前には地球に戻り、なにくわぬ顔で部屋から出て、お風呂に入る。ドキドキの作戦ミッションだ。


 

 月の上を、地球の影がゆっくりと通り抜けていく。そう思っていた月食が、月にいると「太陽が出たー!」って感じるのが不思議な気分だ。ずっと日陰にいて、やっと日向ひなたに出たような、そんな気持ちだった。


「僕さ、ずっと考えてたんだけど」


「うん、なんだい?」


 ウサギのおなかにもたれたまま、僕はだんだん出てくる太陽と、その手前の地球を見ている。僕は、毎日あそこで生きている。カラフルな、変わった星で。

「最初の時、ウサギに見えてるって言ったら『イメージ』だって言ったでしょ?」


「うん、言ったよ」


 この受け答えが、やっぱり八嶋先生とダブる。

「僕が、月にいるならウサギだと思ってたから、きみがウサギに見える、ってことだよね?」


「うん、その通りだよ」


「じゃあ、月にいるならカニだって思ってるカニ文化圏の人は、きみがカニに見えるの?」


「そうだよ! よく調べたね!」


「本を読んでるおばあさん、だったりもする?」


「するよー」


 そうか、やっぱりそうなんだ。このウサギは、僕の心の中に住んでるんだ。僕のイメージの中の、こうあってほしいっていう夢のような気持ちが、姿を現して目に見えてるんだ。

「だから、理想的なんだよね?」


「うん」


 大きくてたくましくて、優しくて厳しくて、子供だからってバカにしないで、でも子供な部分をビシッと指摘してくれる大人。

 僕は、そんな親戚のおじさんがほしかった。まわりにそういう大人ばっかりいてくれたらいいと思った。そして、僕自身がそういう大人になりたいと、心の奥で思っていたんだ。

「じゃあ、きみは僕だけのウサギなんだね。僕以外のウサギ文化圏の人が来ても、ウサギの見た目も性格も、全部違うってことだよね」


「そうだよ。僕は、トモだけのウサギだ。毛のフカフカ具合も、理想的だろう?」


「うん」

 もう話す必要はなかった。僕はモゾモゾ動いて、できるだけウサギの毛の中にうずもれてみる。本当にやわらかくて気持ちいい。うっかり鼻に毛が入っても、チクチクしないしクシャミも出ない。そもそも呼吸してないから息苦しくなる心配がないので、顔を突っ込んだまま寝てしまったことも、何回かあった。そんな僕を、ウサギが時々モシャモシャとなでる。



 来週には、またあの日と同じ下弦かげんの月が巡ってくる。

 僕の理想を知る旅も、あと一週間。












 

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