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僕が行った月の話  作者: 坂本啓
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20/24

実行

「失礼します! 八嶋先生に用があって来ました!」

 この瞬間は、いつでもドキドキする。チラッとこちらを見て仕事に戻る先生、自分が呼ばれたんじゃなければ見もしない先生。

「はい、どうしたの進藤くん」

「あの、図書室の当番のことで、相談があるんですがいいですか?」

 みんなで話し合った結果、味方になってほしいのは八嶋先生だと意見が一致した。ただ、八嶋先生は六年の担任だ。職員室に訪ねていっても不自然じゃないのは、図書委員の僕だけ。やるしかなかった。

「うん、ちょっと待ってね」

 八嶋先生は僕の顔をじっと見てから机に戻り、開いていたファイルやノートを閉じて引き出しにしまう。その向こう側から担任の冷たい視線を感じるけど、気づかないふりをした。

「はい、お待たせしました。ついてきて」

「えっ、あ、失礼しました!」

 てっきり、この前の小さい部屋に行くものだと思っていたのに、八嶋先生は職員室を出て歩いていく。僕はあわててあいさつして戸を閉め、後ろを追いかけた。先生の手には、いつの間にか鍵が握られていて、カチャカチャ揺れている。見慣れた図書室の鍵ではない。なんだか不安になってくる。


「ここなら誰も来ないし、来たらすぐ分かるから」

 八嶋先生が開けたのは、図工室だった。たしかに、勝手に使えない部屋だし廊下も見える。

「で、なんだっけ?」

「あ、あの、図書委員の」

「本当に?」

 体が、ビクッと揺れる。恐る恐る、八嶋先生の顔を見る。僕をまっすぐ見ているけど、怒ってる顔ではない。少し、ほほえんでいるように見える。

「いいから、言ってごらん」

「は、はい……」

 怖い。いつも意見を言うときも、こんな気持ちになったことなんてないのに。これから僕が言うことに、作戦の成功がかかっている。そう思うと、首のあたりがヒヤッとした。

「実は、みんなで話し合ったんですけど」

「うん」

「八嶋先生に、お願いがあって」

「うん、なに?」


 なぜか僕は、ウサギのことを思い出していた。

 僕が何を言っても、とにかく聞いてくれる感じ。怒る気満々だったり、適当に聞き流したりしなくて、でも厳しいことも言ってくれる感じ。ウサギと八嶋先生は、雰囲気が似ている。

 目の前の八嶋先生が、フカフカのウサギに思えてきた。あれよりは少し小柄な、メスのウサギ。毛の色は、いつも着ているカーディガンのベージュ。


 一気に緊張がゆるんだ。

「八嶋先生に、僕たちの味方になってほしいんです!」

「うん、どういうこと?」

 真剣だけど、優しい。やっぱり似ている。

「うちのクラスの目標のことで、電話がきてると思うんですけど」

「うん」

「今日、親の代表が来るって聞きました」

「うん」

 ごまかさない。こんなところも。

「僕たちの意見も聞いてみるように、先生から言ってもらえませんか?」

「なるほど、そういうことね」

 八嶋先生は少し考えている。

「下校時間ギリギリだけど、何人残れるの?」

「今、みんなに声かけてますけど、少なくても十二人残れます」

「学級委員も?」

「はい」

「すごいねえ、きみたち」

 ほほえむ空気も、やっぱりウサギに似ている。さっきまでの緊張はふっとんで、僕は、すごくリラックスできていた。


「二つ、質問があります」

 よし、ここが大事だ。気合いを入れる。

「はい!」

「なぜ進藤くんが来たの? 損な役回りでしょう」

「それは、八嶋先生に相談しても不自然じゃないのは、図書委員の僕だけだったからです」

「そう、いじめではないね?」

「はい、違います」

 そんなことを心配してくれてるとは思わなかった。なんだか、少し泣きたくなる。

「なら良し。それと、なんで私に味方になってほしかったの?」

「僕たちのクラスで『問題』があったとき、解決のために動いてくれてるのは八嶋先生だって、親から聞きました」

「そう」

 時計を見て、先生が立ち上がる。そろそろ親たちが来る時間だ。

「じゃあ、残れる人たちで、教室で待ってなさい。呼びに行くから」

「はい! よろしくお願いします!」

 僕はダッシュしたい気持ちを押さえて、早足で教室に戻った。





「トモ、一日でずいぶんいい顔になったじゃないか」


 僕の前には、いつもの巨大な白ウサギ。


「やりとげたね!」


「うん」

 余計な説明は必要なかった。説明しようとしても、いっぱいすぎて言葉がまとまらない。ウサギのおなかにダイブして、フカフカの毛に顔をうずめる。




 下校時間の二十分前、約束通り八嶋先生が呼びに来てくれた。教室には、十八人が残っていた。

 ぞろぞろと校長室に入っていくと、校長先生も担任も、親たちも驚いた顔をした。でも、僕も驚いた。お父さんが来ていた。家に帰ってから聞いたら、男性もいた方が押しが強くなる、と言っていた。そういうものらしい。

 あとは八嶋先生の上手なリードのおかげで、担任の謝罪とクラス目標の変更を勝ち取った。目的を達成した僕たちが帰ったあとも、話し合いはしばらく続いていたようだった。




「明日から全部良くなる、ってわけではないってお父さんが言ってたし、またいろいろあるのかもしれないけど……やってみてよかったよ」

 早番の仕事が終わってすぐに来てくれたお父さん。昨日も今日も、僕とお父さんの好物を用意して待っていてくれたお母さん。それに八嶋先生。嫌いな大人もいるけど、頼りになる大人もいる。それが分かった。

 僕は、子供の頼りになる大人になりたい。


「トモなら、きっとなれるさ」


 大丈夫、大丈夫。

 ウサギの声に、いろんな人の声が重なって聞こえた。僕自身の声も、そこにあった。

 

 

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