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僕が行った月の話  作者: 坂本啓
往復
12/24

手の中の月

「朋哉、どっか行きたいとこあるか?」

 日曜の朝九時。少し遅めの朝食を食べていると、お父さんが聞いてきた。

「え、今日?」

「今日」

 僕は、シリアルのおかわりに牛乳をかけながら考える。日曜の朝食は、好きなものを自分で用意するのが、うちのルールだ。お母さんは、もうスーパーのパートに出ていった。


「お父さん、疲れてない? 日曜は、いつも寝てるじゃない」

 お父さんは、オーブントースターで食パンを焼いている。バターたっぷりにハチミツと、とろけるチーズたっぷりにハム。なんで太ってないのか不思議だ。

「ここんとこ、ピーク過ぎて残業減ったからな。あー、たしかにいつもはこの時間寝てるかー」

 サクッ、と焼きたてのトーストをかじり、チーズがのびるのを面白がっているお父さん。それを見ながら、僕もシリアルを食べる。牛乳にひたって、ほんの少しやわらかくなったあたりが好きだ。


 ゆっくりコーヒーを飲みながら、僕はどこに行こうか考えた。お父さんと出かけるのは、本当に久しぶりだ。

「何か欲しいものないのか?」

「本」

「本以外で」

 僕が「本」って言うのはいつものことで、お父さんだって本は好きだし買ってくれる。だけどもっと違うことを期待されているのも、なんとなく分かる。

「おもちゃとかゲームは?」

「いや、特には」

「お菓子は?」

「お母さんが買ってくれるので足りてる」

「服とか靴とか」

「あんまり……」

「スポーツ、しないよな……」

「そうだね……」

 困った。お父さんが、だんだんしょんぼりしてきている。何かないかな、本以外で、たとえば月とかウサギとか……。

「あ」


「お!? 何かあったか!?」

 急に、頭の中にいろいろ降ってきた。そうだ、昨夜ウサギといろいろ話したからだ。興味があることや好きなことのまわりに、欲しいものがあるって。

「お父さん、予算って」

「なんだ? そんな高いのか?」

 なんだ、とか言いながら、お父さんの目が元気を取り戻してる。

「とりあえずいいから、言ってみな。高かったら、誕生日かクリスマスだ」

「うん、じゃあ……」


 僕は、思いつくままに並べてみた。とりあえず本以外で。

「月の地図、天体望遠鏡、パソコンかダメなら電子辞書、地球儀、あと……でっかいウサギのぬいぐるみ」

 言いながら、高いものばっかりな気がしてきた。たぶん本の方が安い。

「本なら、いっぱいあるんだけど……」

「なあ、月球儀げっきゅうぎはどうだ?」

「え?」

「地球儀の月版だよ」


「そんなのあるの!!」

 想像して、僕はものすごく興奮した。

「学校で見ないか?」

「ないない!! なんかこう、太陽と地球と月が回る、ちっちゃい模型みたいなのしか見たことないよ!!」

 自分でもびっくりするくらい、早口で大きな声でしゃべっている。お父さんも驚いた顔をしている。

「たしか、そんなに大きくはないけど。十センチくらいかな。だからあんまり高くもないんだ。星座が分かる天球儀ってのもあるし、もっと小さいのなら火星や木星とかのも、たしかあるよ」

「月のが欲しい! 見に行こうよ!」

「朋哉がそんなに言うの、珍しいな。じゃあ、探しに行ってみようか」

「うん!」

 僕は冷めたコーヒーを飲みほし、カップと皿とスプーンを洗って、と猛烈に出かける準備をした。お父さんは、なんだか嬉しそうに僕の様子を見ていた。


「ここか、でっかい文具屋ならたぶんあるから。もしなかったら、ネットで見てやるからな」

 車で一時間ほどの、でっかいおもちゃ屋に着いた。僕は二回しか来た記憶がないけど、お父さんは時々来てるって、車の中で言ってた。コレクションしてるミニカーは、ここで買っているらしい。

 お父さんは迷わず、まっすぐ目的地に向かっていく。その背中を追いかけながら店内を見回すと、色とりどりのおもちゃがぎっしり並んでいる。小さい子が、しゃがみこんで真剣に選んでいる。僕にも、あんな頃があったんだろうか。


「ほら、あったぞ」

 その声で、僕の心臓がドキンと鳴った。お父さんの手の中に、月がある。直径十センチメートルくらいの月が、台に載っている。

「……見たまんまだ……」

 僕は、月を手に取った。一周探検をあきらめた月が、手の中にある。ウサギと会った場所や一緒に歩いたクレーターは、どのあたりだろうか。


「いつも見えてる面は、ここだよ。ここがウサギの耳、顔、おなか、足? かな」

 お父さんが指差して教えてくれる。昨日買ってきた本と合わせて見れば、月のことがもっと分かる。そう思った。

「お父さん、これ、欲しい」

「ほんと、朋哉にしては珍しいなあ。いいよ、安いし」

 値札を見ると、二千円ちょっとだった。せっかく来たんだから、と店内を見ていると、大きなウサギのぬいぐるみを見つけた。毛が少しかたいし、色がグレーだから微妙だったけど、お父さんがさっさと抱えて買ってしまったので黙っておいた。

 今日のお父さんは、すっごくご機嫌で、僕も久しぶりに休日って気がした。ファミレスでお昼を食べてドライブして、日帰り温泉にも入っちゃったりして、さすがにお母さんにおみやげのお菓子を買って帰った。お母さんは「ずるーい」「いいなー」を連発していた。

 

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