丘の上の骨董品店①
聞こえる…
それぞれの海が奏でる音によって私の心が一気に飲み込まれていく…
そして、私はその海々があるであろう世界へと旅立つのだ。
その世界での私は自由だった。
空を自由に飛べるし、海の底だって簡単に行ける。
どこにだって自由自在。
何一つとしてこの世界は私を拒まない。
まるで、その世界によって私が創り出されたかのように、世界は私を優しく包み込む。
私は世界を隅から隅まで飛び回る。
そして、生きているという感覚を心の奥底から抱く。
やがて、妄想という幻の効果が薄れてきた時、ショーウィンドウに映る自分の顔によって現実へと引き戻された。
三つ編みヘアと眼鏡姿の地味で冴えない顔…それが私だ。
なんとも情けなく弱々しい表情でこちらを見ている。
私はこの顔が堪らなく嫌いだ。
ここは町外れの丘の上にある骨董品店。
辺りには青々とした木々が生い茂っている。
高校に通うようになってから、帰宅途中によくこの骨董品店に訪れてはこうして店のショーウィンドウに飾れている七つの海の絵を眺めては妄想に浸っている。
下校帰りと言っても帰り道にはなく、それなりに寄り道をしないと行けない場所だ。
夏が過ぎて制服が長袖に戻るこの時期は、店のショーウィンドウの前に立って絵を眺める時間が随分と心地よくなった。
ただその分、日が落ちるのが早くなったので、暗くなってしまう帰り道に少し不安を感じる。
「いらっしゃい七海さん」
ショーウィンドウに映る自分の後ろにふと誰かの姿が見えた瞬間、背後から声がした。
少し驚いたけれど、知っている声にすぐに安心感を覚えてゆっくりと後ろを振り返る。
「こんにちは六倉さん…すみません今日も来ちゃいました」
見上げるように目の前にいる人物に謝る。
そう、私は昨日もこの骨董品店を訪れていたのだ。
「構いませんよ。七海さんなら毎日、来て頂いても大歓迎です」
背が高くて細身の六倉さんは笑みを浮かべながら、私に優しい言葉を掛けてくれる。
六倉さんは私よりも歳上で、きっと私の親の方が年齢が近いだろう。
というのはあくまで見た目の話であって、実際に六倉さんに年齢を確認したことはない。
「良かったら、中でコーヒーでもいかがですか?」
六倉さんが店の入り口を手で示しながら私を誘った。
「い、いえ…ただ絵を見に来ただけなので…」
首を横に振って、六倉さんの誘いを断った。
「そうですか…それは残念です。ただ、もう既に二人分のコーヒーを淹れてしまったので飲んでいただけると幸いなのですが?」
と六倉さんが少し悪戯っぽく笑みを浮かべて私を困らせる。
その言動に思わず吹き出してしまいそうになるのを堪えながら、首を縦に振る。
「分かりました。少しだけお邪魔します」
六倉さんはいつもこうやって少し強引に私を店の中へと誘うのだ。
まあ、それがまたこの人の憎めないところであって、そういう六倉さんが私は嫌いじゃない。
「良かった。さあさあコーヒーが冷めないうちに中へどうぞ」
六倉さんがそう言って、店の入り口の扉を押し開けた。
そして、六倉さんに促されるように店の中へと足を踏み入れる。




