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魔女の異世界戦国奇譚  作者: 浅月
9/42

咲いた盃に写る月 〜朝影〜


「そして、俺達はウルミに合流し里に向かった。我々翼人族は見ての通り空を飛べる。…俺達は急いだ。今まで出した事の無い速度で俺達は飛んだんだ。だが、辿り着いた里は…もう、俺達が知っている姿では無かった」

 

 トキワの声が震えた。


 彼の記憶が頭の中に流れた時に見た、炎に包まれる家々や田畑が私の脳裏にもフラッシュバックした。

 

 一体、どんな気持ちだったのだろう。平和な時代の日本で生きてきた私には計り知れない悲しみ、怒り、やるせなさ。

 

 かけられる言葉なんて見つからなかった。

 

 

「…宵闇は、優しいな」

 

「え?」

 

 予想もしていなかったトキワの言葉に思わず吃驚する。

 

「…謀反など、この乱世ではよくある話だ。弱肉強食、下剋上…。結果的に俺達ハーネスト家の考えが時代に淘汰されたのだ。…それなのに、貴公は…涙を流してくれる」

 

 言われて初めて気が付く。また私の頬は涙で濡れていた。

 

「あの時の炎の熱と焼け焦げた匂いが今も頭から離れない。…いや、どうやっても忘れられないだろう」

 

 懐からトキワが何かを取り出した。そしてそれを大切そうに握りしめる。

 

 



 

「俺はネリを失った」





 


 

 炎が、踊っていた。気でも狂ったかのように。

 

 それは激しく、それは楽しげに。

 

 全てを灰に帰さんと言わんばかりに、ただ夢中で俺の里を貪り食っていた。

 

 幼き頃、里の子供達と駆け回った道、小川に架かる小さな橋、里の者総出で植え付けた収穫間近の田畑、見慣れた小さな家々…。

 

 

 全部、全部、全部!!

 

 

 壊れてゆく、消えてゆく。


 これが、絶望というものなのか。

 

 黒い何かで俺の中がどんどんと塗りつぶされてゆくのを感じた。

 

 

「…若、しっかりなされよ」

 

 

 立ち尽くす俺にかけられたシャクジョの声で急速に現実に引き戻される。


…そうだ、止まっている場合ではないのだ。ネリを探さなければ。

 


 待っていてくれ、無事でいてくれ!!

 


 俺は走り出していた。




  

 

 

 

 




「ネリー!!何処だー!!」

 

 炎に包まれて変わり果てた我が屋敷の前で、声の限り俺は叫んだ。

 

 お願いだ、返事をしてくれ…頼む!!

 そなたは最早俺の半身なのだ。

 

 ネリのいない世界など、俺にはもう考えられない。

 

 

 だから!!

 

 



 その時。

 

 



 

 

 庭の一角。まだ火が回っていないその場所に横たわるネリの体を見つけた。

 

 そしてその矢先、俺はまた絶望する。


 傷だらけの身体、ぼろぼろになってしまった着物。美しかった天使と見紛うその白い羽根も無惨にススと血で汚れてしまっていた。

 

「あ…あぁああああ…!!」


 その身体の直ぐ隣に突き立てられたもの。見覚えのある一振りの刀。その柄頭に長い髪を使って結わえ付けられたネリの――――。














 


 





            慟哭。








 

 

 

 

 




 音が消えた。


 視界が歪む。


 目の奥が燃えるように熱い。

 

 喉が干上がり、口の中がカラカラになってゆくのを感じた。

 

 俺はネリの顔に手を伸ばした。

 

 体中が熱くて寒くて訳が分からない。


 ネリの顔と体を抱きしめる。

 

 その手が、腕が、肩が震えた。


 不意に、ネリの手から何かが零れ落ちた。




 それは小さな、小さな巾着袋。

 


「…これは…あの、時の…」


 拾い上げ、俺はその巾着袋を握り締める。


 ネリが俺にナイショだと笑いながら一生懸命作っていたもの。大切に握りしめていたのだろう。その巾着袋には血は愚か、一切の汚れも見つからなかった。



 ネリの笑顔が、怒った顔が、照れた顔が、浮かんでは消えてゆく。腕の中のネリはもう、笑わない。


 

 



 


「…消してやる…」



 

 

 


 俺の体から可視化する程の闘気が溢れる。


 俺の叫びで寄ってきた兵どもの姿が見えた。ゆらりと立ち上がり、兵どもを一瞥する。見知った顔も何人か見つけたが、もはやあれは俺の敵だ。




            敵だ。




 俺の心に呼応するように凶器となった闘気は飛翔し、その大半を吹き飛ばす。

 直後、反撃のつもりだろうか。何本かの矢が俺の肩にささった。

 



 

        それがなんだというのだ。

 



 

 矢傷など、ネリの苦しみに比べたら何でもない。

 

 烏一文字がまるで自分から飛び出したかのように俺の手に滑り込む。

 

 

 …そうか、お前も怒ってくれているのか。

 

 

 無慈悲な迄にその刃が冴え渡る。憤怒に、小刻みに震える。

 

 俺は無言で烏一文字を振るった。無数に飛ぶ斬撃が一瞬で残りの兵どもを一人だけ残し、その首を跳ね飛ばした。

 

 

「…スオウは何処だ…」

 

 

 腰を抜かした兵の首元に刃を突きつけ、問い詰める。

 

「お…お…教え、教えられるか…!!」

 

 そうか。主たる俺に対してこの物言い。突発的な裏切りなどではない。スオウの計画性をそこに垣間見た。

 

 

「ならば、消えろ」

 

 

 言葉とほぼ同時。そこに慈悲など微塵もない。迷いもなしに、唐竹割りに引き裂いた。この世のものとは思えぬ絶叫が辺りに響く。

 


「…スオウの事だ。やるなら完璧に。…父上の所だな」

 

 

 父上の館の方角を見る。少し小高い丘の上のそこだけは火がまだ回っていない。軍勢の旗指物が館を取り囲んでいるのが見えた。

 

「付いて来い。奴らを尽く皆殺しにし、父上をお助け申す」

 

 ここ迄来るのに皆相当翼を酷使して、もはや飛べる状態ではないのは分かっていた。

 

 だが、俺は行かねばならない。

 

 俺を突き動かすのはただ、憤怒。









          ただ、憤怒のみ。 


 




 

 


「トキワ様、いけません!!」

 

「殿、どうか鎮まり下さい」


 ウルミとツルバミが俺の前に立ちはだかった。


「…何故だ?何故止める?皆の、ネリの仇を俺は討つ。それこそがハーネストの長たる俺の役目、ハーネストの誇りだ!!そうだろう、シャクジョ!!」

 

 二人に止められた意味が分からない。二人は俺を良く知る郎党ではないのか。

 俺はハーネストの棟梁なのだ。皆の無念を晴らさずして何が棟梁だ。俺はシャクジョに同意を求めた。

 

「行ってはならぬ。若」


 静かに、そう言った。


「鎮まるがよい、若。主の言う通り、主はハーネストの長、棟梁だ。なればこそ主は生きねばならぬ。ここでハーネストの血を絶やすな」

 

 シャクジョが俺の肩に手を置いた。皺が刻まれた、だが力強い大きな手を。

 

「…ワシはこの地に生まれ、死ぬ時もこの場所でと思い生きてきた。よもやかような事になるとは思わなんだが…。里を枕に討死するもまた一興よ。…征くのは老兵一人で十分じゃ」


「待て、何でそうなる!?お前一人を行かすなど、俺には出来ん!!止めても俺はゆくぞ!!」

 

 

 


「落ち着かんか、トキワ!!!!」

 

 

 

 

 シャクジョの怒声が鳴り響いた。

 

 幼き頃に俺を叱りつけた時と同じように、厳しく、そして優しく。

 


「トキワ。草であれ。踏まれようと、抜かれようと何度でも命を守り育てる草であれ」




 壊れる時は何時も一瞬だ。

 

 それがどんな小さな物でもどんなに大切な物でも別け隔てなく平等に、そして無慈悲に。


 俺に力があれば。

 

 皆を守れる力があれば…!!



 

 悔しくて、口惜しくて、枯れた涙が血に変わる。




「トキワよ。…生きよ。生きるのじゃ。生きてその誇りを守り抜け」


 追いつけず、届かぬ大きな男が俺を抱きしめる。




「ウルミ、ツルバミ。トキワを…いや、若を頼んだぞ」  

 

 

 直後、俺の首筋に鈍痛が走る。

 

 

 薄れゆく景色の中最後に俺が見たものは、炎の中我が子を慈しむかのような微笑の、偉大な武士の姿であった。

 

 


 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 何故戦争は起こるのか。古来より人の歴史において戦火の絶えた試しなどない、とどこかで昔聞いた事がある。実際、テレビのニュースで戦争の話が上がるのを私は何度も目にしてきた。

 

 私は歴史が好きだ。戦国時代の群雄割拠、栄枯盛衰。武士たちの生き様。

 私にとっては遠い過去の話で、紛れもなく、そう。


 それは『物語』だ。学ぶもの、読み物。そんな所だ。

 

 だが、それは『だった』に変わった。ううん、現代の日本に生まれ、当たり前のように学校に通い、当たり前のように就職して、そうして全てが当たり前のように感じて私は今迄生きてきたんだ。


 だけど、自分の外の世界ってそうじゃない。当たり前じゃないんだ。漠然とは分かっていたつもりでいた。つもりだったんだ。自分には関係無い…言い方は悪いけどきっとそういう事だ。


 でも『物語』と思っていた事も本当にあったことで、そこには沢山の人の思いがあった。確かに『物語』の登場人物達はそこで生きて、闘って、そして散っていったんだ。


 他人事なんかじゃない。当たり前じゃないんだ。トキワくんの話を聞いて私は強くそれを感じた。そしてそれに今更気付いた自分がどうしようもなく恥ずかしくて、それとともに自身に怒りさえも感じた。


「…俺はいつかハーネストを再興させたい。シャクジョに生かされたからな。…といっても先の闘いで命を捨てる所であったがな。戦闘となると熱くなって周りも約束も見えなくなるのは俺の悪い癖だ」

 

 ふっと笑いトキワは盃に残った酒を飲み干した。きっと約束を忘れた訳じゃない。守るために必死だったんだ。

 


「ねぇ、トキワくん。私達と一緒にこない?」


 

 私はトキワくんの話を聞きながら考えていた事を口にした。何だか、放っておけないし。当然、トキワくんは困惑の表情を浮かべた。でもね、ちゃんとした理由もあるんだ。

 

「私達…ていうか、レイちゃんとバースさんに私、頼まれたんだけど、行き先はアウベルスなんだ」

 

「なに、アウベルスだと!?あそこは確か」

 

 トキワが目を見開いた。


 流石は元々一族を率いていた棟梁。アウベルスの単語ってだけで大方の内容を把握したようだ。どうやら情報の収集は怠っていなかったみたい。

 

「うん。コルフォーナって国とファルウルスが睨み合ってる緩衝地帯?…ていうのかな?私、そのアウベルスを守ってほしい、て二人に頼まれたんだ。それでね、トキワくん」

 

 言葉を切って私は彼を真っ直ぐ見つめる。

 

「突然二つの国に取って得体の知れない人間が現れたらきっと何かしら事態が動くと思う。しかもそれが…」

 

 多くは語らない。自分で自分の事を言っているのもそうだけど、トキワくんは分かってくれるはず。

 

「…恐らく両国はそれを大義名分に利用するだろうな」


 顎に手を当てて、真剣な顔付きになる。やっぱり思った通り。里の事を決める時、きっといつもこうだったんだろう。

 

「うん。だからね。私があなたとスオウとの戦いの場、用意してあげる。その代わり、道中の護衛をお願いしたいな」

 

 交渉とは、相手にとって旨味のある話を提示して初めて成立する。


 こちら側だけ有利な条件ではそれは交渉ではない。ほぼほぼ同じ様な目的ならば一緒に行動する方がお互い大きなメリットがあるはずだし。


「…はっはっは!よもや宵闇の魔女と契約する事になろうとは!!…いいだろう。その話、乗ってやる。貴公らの護衛、このトキワ・ハーネストが引き受けた」


 豪快にトキワくんは笑った。上手くいくかは分からない。だけど味方は多い方がいい。


 うん、頑張る理由が増えた。私はこうなったらもう、止まらない。

 

 …ところでさ、気になる事がただ一つ。



「魔女と『契約』って言い方、まるで私悪魔みたいじゃない〜!!」

 

「む、契約…で合ってないのか?」


 さも当たり前かのように不思議そうな顔をする。レイちゃんとバースさんもそうだったけど、皆もうちょっと言い方ないかなぁ。ちくしょう、どうせ私は破壊王の魔女だもんねっ。


「トキワ様、エル様は女の子なんですよ。もうちょっと言い方を変えないと」


 いつの間にかウルミちゃんが目を覚ましていた。ふと空を見ると、私がレイちゃん達と出会った遺跡の方角が生まれたての太陽でまるでオレンジ色のオパールのように輝いていた。

 

 朝日に洗われた新鮮な空気を胸に一つ大きな伸びをする。


 突然の出会いと哀しいお話。何だか長い一日だったな。私、頑張らないと。 


 私、魔女にはなったけど根底は変わらない。これでいいよね?花織。

 

 なんだか大所帯になっちゃったけど、まぁ大丈夫でしょう。


 ほら、昔から旅は道連れ世は情けって言うし。


 …て、これで合ってたかな?

 

 まぁ、いっか。


 

トキワの過去編終了てす。

ネリに関しては最初に考えていた内容より悲惨なものとなりました。なので書いていて辛くて辛くて…。だけど書きたい所でもあって…。

描写がまだまだ下手っぴだと思いますが、読んで下さっている方々に感謝です。




8月3日加筆修正致しました。

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