咲いた盃に写る月 〜花紫〜
かつて翼人族はこの天空を、あの雲のように留まることなく自由に飛んで過ごしていたという。
それが何時の頃からかこうして大地に根ざし、土地を切り拓き、田畑を作りその生活を営むようになったそうだ。
故に先祖伝来守護してきた土地はそれぞれの一族にとって譲る事の出来ぬ大切な物なのだ。我らハーネストも例に漏れず、古来よりそうして里を守ってきた。
自分達が食っていける分だけでいい。不必要に土地を求めず、降りかかる火の粉は払うが他国の侵略に関与しない。それが開祖であり、翼人族をこの地に導いた英雄アサギ・ハーネストの教えだ。そうして我々は生きてきたのだ。
ファルウルスが本当に和平を望むのなら、こちらにとっても本望だ。確かに土地は大切だ。だが、それより何より大切なのはそこに住む民ある。それを守る事こそ我ら武人の本領であり、存在理由だ。民無き主など価値は無い。
どう転ぼうが今回も上手くゆく。俺は英雄とあの父上の血を引いているのだ。
「トキワ様、お顔が恐いですよ?」
側に控えていたウルミに声をかけられた。
「今日は和平交渉ですよ?それじゃまるで最初から戦をするみたいですよ」
気付かぬ内に表情が強張っていたようだ。確かに未だ相手の出方は不明瞭な部分が多い。しかし、緊張したまま会談に臨むのは褒められた物ではないだろう。相手に足元を見られる訳にはいかぬのだ。
俺はふっ、と笑うと両の頬をはたいた。
堂々としていれば良い。ネリにもそう言われたではないか。
「では会場に入るとしようか。シャクジョとツルバミは俺について来てくれ。後の者はウルミの指示に従うように」
『御意に、殿』
皆、一斉に姿勢を正した。
今日会談を行うのは我らハーネストとファルウルスの領土の堺に位置し、管轄はファルウルス側になる関所だ。つまり、敵陣に赴くのと同義である。
流石に関所だけあり、武装した者が多いが、それでも部隊と呼べるものは見当たらず、突然の奇襲の気配は感じられなかった。だが暗殺という手段もありえる。棟梁を襲われたとあればハーネストの名折れ。故にシャクジョとツルバミを連れてゆく事にしたのだ。シャクジョは言わずもがな、ツルバミも俺の幼少の頃からの郎党。信頼を置く家臣だ。
「しかし、少々遅くはないか?」
隣に控えるシャクジョに聞いてみる。会談の部屋に通され早半刻ほど。あちらの要望に応えて参じているのに待たされるのはどうなのか。少々嫌な予感がする。
「確かに、少々不気味じゃな…。予想通り、という所かの。ツルバミよ、不測の事態に備え何時でも若を守れる心積もりをしておけ」
「はっ」
二人は殆ど唇を動かさず会話した。
…やはりこうなるか。
俺は予めかけていた通信魔術で外にいるウルミに連絡をとる事にした。
通信魔術は便利だが、長距離や大人数に対しての発動は高等技術だ。残念ながらそんな魔術を行使出来るとしたら伝説の宵闇の魔女くらいのものだろう。
つまり、無茶な話なのだ。それにそんな派手な魔術がもし使えたとしても相手方に傍受された時全て筒抜けになってしまう。故に今回魔術によって連絡可能なのは俺とウルミ、そしてウルミと本隊の指揮をとるスオウ。俺は平静を装いつつウルミとの回線を開き、頭の中で話しかける。
「ウルミ、聞こえるか」
「はい、トキワ様。いかがされました?」
ウルミの声が頭の中に入ってきた。伺ってはきているが、その声は強張っている。連絡が入った事で概ねの予想が出来たのだろう。
「恐らく、戦になる。待機していた本隊に連絡をとれ。そしてお前たちも戦闘の用意を」
「分かりました、どうぞご無事で」
要件だけ簡潔に伝え、回線を閉じた。そして俺は魔力を集中しはじめる。
俺の扱う流派・閃翔剣は魔力の集中が要だ。そう、もういつでも刀は抜ける状態。
出来ることなら平和的に事を収めたかった。
だが、もう無理だろう。やはり、相手はあのファルウルス。翼人族の風上にも置けぬ、下郎共。他を欺き、他を滅し、他から奪う。
そのようなやり方など、誇り高き翼人族には相応しくない。
いい機会かも知れない。やつらをこのまま放置するのは翼人族はおろか他の魔族の里にも迷惑がかかる。俺が、ハーネストの棟梁としてファルウルスの暴挙を止める。
そう決意したその時だった。再び、ウルミからの回線が繋がる。何かあったのだろうか。再度の連絡が早すぎる。
何とも言えない、まるで抜身の刃が迫りくるような感覚。
悪い予感ほど、よく当たる。
「トキワ様、トキワ様!!返事をして下さい、トキワ様!!」
「どうした、ウルミ。取り敢えず落ち着け」
ウルミは相当取り乱していた。一筋、冷や汗が流れる。
「一方的に通信魔術を解除されています…。スオウ様と、連絡が取れません!!」
「どういうことだ!?」
「今、本隊の方に…うぅ、向かわせた隠密から連絡が入ったのですが…ぐすっ」
言いづらそうに言葉を詰まらせる。嗚咽混じりの声だった。
「スオウ様、謀反です…。本隊がハーネストの里に引き返した模様です!!」
!?
俺は目を見開いた。
有り得ぬ、有り得ぬぞ!!
少し皆よりも血の気は多いがアイツは誇り高きハーネストの男、それより何より我が弟ではないか!!
まさか…まさか…まさか!!
一体何が起こっている?
俺の中の何かが叫びだす。
里が危ない。
我が民が、父上が…、
…ネリが、ネリが!!
不意にネリの笑顔が頭を過る。俺との休暇を楽しみとはしゃいだ、あの笑顔が。
「…シャクジョ、ツルバミよく聞いてくれ。…スオウが謀反を起こした…。やつは軍を里に引き返したそうだ…」
「まさか、そんな!!」
ツルバミが勢いよく立ち上がる。信じられない。そんな顔だ。
「…スオウめ、図りおったな…」
額に手を当て、シャクジョが俯く。要するに、最初からスオウがファルウルスと密通していたという事。和平交渉も俺を軍から引き剥がし、完全にハーネストを掌握するつもりだったのだ。
「おやおや、もうバレてしまったのかな?流石ハーネストの棟梁様だ」
突然、部屋に声が響いた。そう感じた矢先、目の前の空間が歪み、一人の男が滲み出るように現れた。
「ご機嫌麗しゅう、皆様方。お初にお目にかかります。ワタクシ、皆様の接待を仰せつかってておりまするファルウルスが棟梁付魔術士、クーフェイと申す者で御座います」
嫌味をふんだんに込めての恭しく優雅な一礼。
「…以後、お見知り置きを。最も、本日で皆様とは永久のお別れとなってしまいますが…」
「…マイティ・フレイム・スピア…!」
顔を上げ、ニヤリと不気味に微笑むとクーフェイは呟くように小さく叫んだ。
直後、クーフェイの周りに魔方陣が展開され炎の槍が形成されてゆく。
アレはどう見ても中級魔術…!!しかも無詠唱であれだけの数を安定させて形成するだと!!明らかに翼人族の能力の範疇を超えている。
「ワタクシの二つ名は焔人。この魔術を極めるため全身に魔術の術式を刻みつけております。さぁ、貫いて綺麗な灰にして差し上げましょう!!」
伸ばした腕をまるで蚊でも払うかのように振り下ろす。その動きに合わせて炎の槍がこちらに目掛けて飛んでくる…!!
しかし、それが俺達に当たる事は無かった。
「ぬるいぞ、クーフェイとやら」
いつの間にか、シャクジョが目の前に立っていた。
抜き放たれた紅蓮に輝く刃。シャクジョの愛刀、曼珠沙華。
長年に渡り魔力に晒された武具は魔霊神器と呼ばれ、特殊な力が顕現し、人格すら宿る。
曼珠沙華には大抵の炎の攻撃を無効化する効果が生まれた。炎を喰う、そう言った方がいいかもしれない。
「炎とはこう扱うのじゃよ。目に刻みつけるが良い」
瞬間、シャクジョが消える。
次にシャクジョが現れた時、クーフェイの首はこの世から存在を消された。
喰らった炎と刃から生み出す炎を合わせて斬りつけた部位を燃やし尽くす、シャクジョの秘剣・瞬炎華誇。
血を噴き出すその様は、まさに咲き誇る紅蓮の華。
「では、急ぐとしようかの、若」
何事もなかったように刃を納める。そこにあったのは紛れもなく、翼人族最強の武士の姿であった。
「あぁ、一気にゆくぞ、ツルバミ、遅れを取るな」
一刻も早く里へ。
ウルミ達には本隊に近づかぬ程度に先行させて行軍を命じた。
合流後、一気に詰める。
魔力を闘気に乗せて爆発させる。建物も、残っているファルウルス兵も、関係ない。
すべて吹き飛ばして飛ぶのだ。黒き翼が風をはらみ、俺に味方する。
そして。
「行くぞ!!」
轟音の残り香だけが、その場に留まった。
最新話更新です。
今回はエルさん出番無しです。




